黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

8話 道標

「……なるほどねぇ。新人狙いかい」


「はい。その上、僕は黒髪なのに身なりが良かったから狙ったと言われました」


 僕が自分の身に起きた事をミストレアさんに話して1時間ほどが経った。僕のたどたどしい説明にも、ミストレアさんは僕の話を真剣に聞いてくれた。


 ベッドの上で胡座になって座っていたらいつの間にかロポは胡座の上で寝てた。何でこんなに懐かれているのだろうか?


「許せないわね、そいつら」


 ヘレネーさんは僕の話を聞いて怒ってくれている。


「その件についてはレパントに話しておこう。それで、レディウスはこれからどうする?」


 そうだ。起きたからにはここを出ていかなければ。これ以上お世話になるわけにはいかない。それにベーネたちを探し出し、剣を取り返さないと。……あれ、そういえばここってどこなんだ?


「その前にここってどこなんですか? アルバスト王国のどの辺りになるのですか?」


 僕がミストレアさんに尋ねると、ミストレアさんはヘレネーさんの方を見る。するとヘレネーさんはあっ! て顔をして僕の方を見てくる。な、なんだ?


「伝えてなかったのかい?」


「ご、ごめんなさい。忘れてた」


「全く、ヘレネーはどこか抜けているのだから。レディウス、ここはアルバスト王国じゃない」


「……は?」


 僕はミストレアさんの言葉に素で返してしまった。


「ど、どう言う事でしょうか?」


「ここは、アルバスト王国の南の大草原、山脈を越えた向こうにある、『ディスファニア王国』だ」


 僕は目の前が真っ白になりそうだった。何でそんな遠くまで来ているんだ? それにどうすれば良いんだ……。


「そう落ち込む事はわない。別に帰る手段がないとは言っていないだろうに」


 僕が落ち込んでいると、ミストレアさんが呆れた声で、僕にそう言ってくる。何か帰れる方法があるのか!?


「もしかして、帰れる方法があるのですか!?」


 期待を込めた目で見ながらミストレアさんに尋ねると、ミストレアさんは頷いてくれた。はぁ〜、良かったぁ。もし帰る手段がないと言われたら、山を越えるか、他の国々を通っていかなければならなかった。そうなれば最低でも1年はかかるだろう。


「それで帰る方法とは?」


「私の光魔法のゲートで移動出来る。これがあれば一度行ったある場所へは移動出来るようになるからね」


 光魔法のゲートかぁ。便利だなぁ〜。僕には一生使えないからこそ良いなと思ってしまう。


「だが」


「え?」


 僕が帰られる事に喜んでいたら、ミストレアさんが真剣な目で僕を見てくる。何だろうか?


「レディウスは帰ってどうするんだい?」


 どう言う質問なんだ? 帰ったらベーネたちを探し出して、剣を取り返して冒険者を続けるに決まっているじゃないか。僕がそう言おうとした時に


「確か、新人狙いどもに大切な剣を取られたと言っていたね?」


「はい、だから戻ってあいつらから剣を取り戻さないと」


「死にかけたのに?」


「っ!」


 ……そうだ。僕はベーネたちに手も足も出ずに殺されかけたんだった。いや、ミストレアさんたちが来なかったら死んでいただろう。それなのに、僕は剣を取り戻す事ばかりに執着して忘れていた。


「戻ったところで、そいつらを見つけたところで、殺されるのがオチだね。わたしゃあ、わざわざ助けた奴を死ぬとわかっているところに帰すつもりもない。それに、万が一取り返して冒険者を続けたとしても、黒髪のお前を侮って、他の奴らに狙われるだろう。それでも良いのかい?」


「……」


 僕は答えられなかった。確かにこのまま戻ったとしても、剣を取り返せるかもわからない。その上、この髪のせいで、無能、忌子と蔑まれ続けるだろう。でもそう簡単に解決すれば誰も悩まない。それならどうすれば良いんだ。


「まあ、直ぐにはわからないかもねぇ。取り敢えず体が動くまではゆっくりしておきな。後は自分でどうするか考えるんだい。もしそれでもアルバスト王国へ帰りたいと言うのなら送ってやろう」


 そう言いミストレアさんは部屋を出て行ってしまった。自分で考えろか。どうすれば……。


「何悩んでんのよ?」


 僕が悶々としていたら隣から呆れた声がする。そして僕の隣は座るヘレネーさん。


「……どう言う事でしょうか?」


「あなたは何を悩んでいるのよ。答えは既に出ているわ。あなたが気が付いていないだけ。さっきの会話にも何度も出てきたじゃない、あなたがしないといけない事」


 ……僕がしないといけない事。


「まあ、これ以上私が言ってしまったら意味が無いから言わないけど。後は考えなさい。この部屋は自由に使って良いから。夕食が出来たら呼びに来るから。ロポ、行くわよ」


「グゥ〜」


「……何でそんな嫌そうな顔をするのよアンタは。ほら行くわよ」


 ヘレネーさんは僕にそう言いロポの首根っこを摘んで部屋を出て行った。僕はベッドに寝転び、天井を見上げる。先程ミストレアさん、ヘレネーさんに言われた事を思い出す。


 このまま帰っても死ぬだけ。このままいても、今後も蔑まれ生きていかなければならない。そうならない為にはどうすれば?


 僕の元々の目的は? 冒険者になって生活して行く事だった。


 その為には? 強くならないといけなかった。


 黒髪の事は? 冒険者として強くなれば、この事で手を出してくる人はいなくなると思っていた。


 ミストレアさんは何者? 元S級冒険者の魔剣王だったっけ? うろ覚えだ。


 今しないといけない事は……そういう事か。命を助けて貰っていて、このお願いをするのは、厚かましいが、僕の中ではこの方法しかない。だけど僕にも出来るのだろうか。


 そんな色々な事を考えていたら


「レディウス、入るわよ」


 とヘレネーさんが部屋に入って来た。あれ? さっき出て行ったばかりなのに。


「ヘレネーさん、どうしたの? 何か忘れ物でもした?」


 と尋ねると、物凄く変な顔をされた。それがちょっと可愛いと思ったり。


「……一体何を言っているの? 頭でもぶつけた?」


「いや、だって、さっき部屋を出て行ったのにまた戻って来たから……」


「さっきって昼間の話の時の事? あんなの大分前わよ。あれからもう5時間は経っているわ」


「ええっ! あれから5時間も経っているの!?」


 まさか、それ程考え込むとは思わなかった。ここには窓がないから外時間帯がわからなかったからね。


「全く、考え込み過ぎよ。まあ良いわ。夕食出来たからご飯にしましょ。立てる?」


 そう言いヘレネーさんは手を差し出してくれる。僕は右手は動かし辛いので左手で掴もうと


「うん、大丈夫、ってあれ?」


 手を伸ばしたらスカッと掴み損ねた。


「あ、ごめんなさい、レディウスは左目が見えなかったのよね。はい」


 そうだ。左目が見えない事を忘れてた。右目だけだから距離感が掴めなくて外したのか。すると、ヘレネーさんが僕の左手を掴んでくれた。


「はは、ありがと……うおっ!」


「きゃあっ、大丈夫レディウス?」


 ヘレネーさんに手を掴んでもらい立とうとした瞬間、膝に力が入らず、転んでしまった。これは、1ヶ月も寝たきりになっていたからだろう。このままだと、いろいろと不味いな。


 ヘレネーさんに助けてもらいながら立ち上がり、部屋を出る。窓からの景色は外が真っ暗で見えない。明日見せてもらうか。


「やっと来たね。夕食が冷めちまうよ」


 ようやくリビングに辿り着いたらミストレアさんが何か飲み物を飲みながら待っていてくれた。ロポはむしゃむしゃと野菜を食べている。


 僕も席に座り、さあ頂こうと思った時に、右手が使えない事に気が付いた。左手でフォークを使うけど、綺麗には食べれない。カチャカチャと音も鳴るが許してほしい。


 そして食事が終わった後に僕の考えを聞いもらう。うぅっ、緊張するなぁ。これを断られたらどうしようか。取り敢えず話してから考えるか。


「ミストレアさん。今お話良いでしょうか?」


「ん? なんだい?」


「昼間の事です」


 僕がそう言うとミストレアさんも真剣な表情で僕を見て来る。


「もう、答えが出たのかい?」


「はい、僕なりに考えた結果です」


 そして僕は立ち上がり、ミストレアさんに向かって


「ミストレアさん! 僕を鍛えて下さい! お願いします!」


 と頭を下げる。これが僕の考えた事だ。このまま戻っても殺されるだけ。生き残る為には強くならなければならない。そこに元S級冒険者のミストレアさんが近くにいる。その人から教えを請うたら強くなれるのでは? と考えたのだ。


 もちろん生半可な気持ちじゃない。僕の人生を賭けた決心だ。こんな子供が何をと思うかも知らないが、それでも僕にはこの選択が運命を左右すると思う。


「私の弟子かい? 理由は?」


「強くなりたいからです。誰からも馬鹿にされず、自分の護りたいものを守れるように」


 僕はミストレアさんの目をジッと見る。ミストレアさんもジッと見返して来る。隣では心配そうな顔で僕を見るヘレネーさん。腕の中では既に夢へ旅立っているグポがいる。呑気だね。


「私は基本、志願した弟子は取るが、今まで弟子を卒業出来たのは、ヘレネーを合わせて10人いかないぐらいだ。何でだと思う?」


 ん? 突然話が変わったが、何でだろう。わからないので首を振ると


「私の修行は、全部真剣でやるからさ。ポーション類で治る怪我はいくら負ってもいいと考えているからね。家にも大量にポーションがあるから遠慮もいらないし。そのせいで元S級冒険者の弟子という箔をつけたかった貴族の子息どもは、1週間しないうちに逃げたが。それでも良いなら弟子にしてやる」


 今更考える事ではない。どうなろうと決めていたのだから。


「もちろんです。よろしくお願いします」


 僕は再び頭を下げる。僕は何としてでも強くなって見せる。


「わかった。先ずは1週間耐えてみろ。それが出来たら弟子にしてやる」


 僕はこうして仮だけれどミストレアさんの弟子になったのだ。

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