悪役令嬢で忌み子とかいう人生ベリーハードモード

狂気的な恋

I have a good day ?

 
「 この本を片付けてきて。」
「 はい。」
「 あと、このサルトルの経済論という本を持ってきてちょうだい。」
「 承知しました。」

 私はこの間、専属侍女となったミケラを顎で使っていた。いや、でも仕方がない、私だって自室にわざわざ本を持ち込んで読むのは面倒なのだ。書庫にでも行ってそこでゆっくりと読みたいのだが、私が歩くと周りが萎縮するため引きこもっているに限る。ミケラに私のそんな姿を見て欲しくない。

「 こちらを。」
「 ありがとう。」

 仕事の時のミケラは非常に静かだ。物音一つ立てないでそっと側にいるといった体で、侍女の鏡のようだ。この若さで専属となるだけにとても優秀だ。最初は面倒ごとを押し付けられただけかと思っていたが案外ちがうのかもしれない。

 王都に来てから三ヶ月経った。忌み子になってから丁度、半年だ。その頃と比べて、できることはだいぶ増えたが全く足りない。何もかもが欠如している。強さも知識も未熟としか言いようがない。

 焦燥感が身を焼く。10年という生命が保証された期間のうちにどこまでできる?ひどく時間が短く思え、心許ない。不安の影が常に心をちらついている。

「 ふぅ…… 」
「 休憩なされますか?」
「 ええ、そうするわ。」

 今のところミケラの存在が救いになっている。勉強で疲れているときや体調の悪いときに察して私を休ませてくるので非常に助かる。そういった気遣いは精神的にも救いとなる。彼女がいなかったら精神疾患になっていたかもしれない。

 目の前にソーサーとカップが置かれ、いつのまにか用意されていたティーポットから澄んだ赤茶色の液体が注がれる。少量の湯気が鼻にすっと入り込み、香ばしい茶のにおいが広がり、心が安らぐ。

「 ミケラも一緒に飲みましょう?」
「 いえ、私は……」
「 あら、私を一人で寂しくお茶させる気?」
「 もう、わかりましたよ。」

 しょうがないといった雰囲気を隠しもせずに私の向かいに座る。罪悪感を煽る言い方をすれば仕方なしといった体で一緒にお茶してくれるのだ。ここ四半期で判明したことだ。嫌がってはいないので大丈夫だろう。彼女は押しに弱く、懇願すれば大体の事は聞いてくれる。

 ミケラは家名を言わないので平民だろう。本人は自分のことを口にしたがらないので無理強いしないが、何か言いたくない過去でもあるのだろうか?私も自分の秘密は話していないのでお互いさまだが。

 本を読んで、魔法の研究をして、疲れたらミケラと他愛ない話をしながら休む。そんな日々を繰り返していた。

「 王宮から呼び出しが来ました。」
「 はぁ…… 」

 月に一度のペースでアドルフとは顔を合わせている。2〜3時間ただ黙々と茶を飲むだけの苦行だ。殿下はずっと下を向いて俯くだけなので非常に気まずい。正直、とても憂鬱だ。

 乗り物酔いで吐き気を催しているので茶や茶菓子もあまり喉を通らない。体調も悪くなるし、雰囲気も良くないので行きたくない。

 とは言っても、王宮から直々のお達しなのですっぽかしたりなんかしたら厳罰ものだ。王族から顰蹙は買いたくないので大人しく行くしかない。

 見馴れた家の装飾、使用人のこちらを見る目に馬車から見える風景、慣れない馬車の揺れと乗り物酔い。ここの道路は舗装されているのでマシではあるが、それでも馬車には衝撃を消す仕組みがないのでダイレクトにくる。将来、ゴム車輪とサスペンション開発を絶対にすることにした。


「 …… 」
「 どうなされたのですか?」

 今日は昼食を食べて直ぐに出発したので症状がひどい。顔を青ざめて黙る私をおかしく思ったミケラが声をかけてきた。彼女には乗り物が弱いことを言いたくなかった。理由はない。しいて言うなら、ただの見栄だ。今日は虚勢をはる気力が残っていない。口を押さえて込み上げる吐き気を抑える。

「 ああ、乗り物酔いですか。食事を召し上がったばかりでしたからね。」
「 うう…… 」

 なぜか湧き上がる羞恥心。その恥ずかしさから俯く。ミケラはその様子を見てクスクスと笑った後、右手をこちらに差し向けてきた。

「 異なるを正へと導け 〈 正常化ノーマライゼーション 〉
「 ……っ!」

 差し出されていた右手から魔力の煌めきと共に若草色の光が飛び出る。攻撃かと思い魔力障壁 ー 魔法の威力を減衰させる魔力の壁 ー を張ろうとしたが間に合わない。もろに光線を身に受ける。

「 いきなり何を……!」
「 いえ、乗り物酔いに効く魔法をかけただけですよ。聞いたことありませんか?」
「 あれ ︎ たしかに治ってる。」

 気付くと吐き気が収まっていた。乗り物酔いに効く魔法があったのは驚きだ。

 私もいろいろと試していたが意味を成さなかったのだ。〈 低級回復レッサーヒール 〉や〈解毒キュアポイズン 〉は効果がなかったし、〈 感覚強化センシティブライズ 〉は逆効果だった。なので、乗り物酔いの特効薬ならぬ特攻魔法はないものだと思っていた。

 〈 正常化 〉、いまいち使い道の分からない魔法であった。あるべき姿へ戻すという不親切な説明だったので後回しにしていたが、こんなに有用ならばもっと早く調べておけばよかったと後悔。まぁ、試行錯誤した副作用として回復系統こ魔法を覚えたので一概に悪かったとは言えないが。

「 ミケラ!ありがとう!私、乗り物にほんとうに弱くて …… ありがとう!」
「 え…… ええ。」

 感極まった様子でお礼を言ったらドン引きされた。私にとっては死活問題が解決されたので感謝し足りないくらいだ。今日のお茶会が終わったら〈 正常化 〉を習得することにしよう。

 上機嫌に王宮の門をくぐり、いつもの庭園へと向かう。ミケラは警備の関係上、別室待機だ。

 案内の使用人が嫌悪の目でこちらを見てくるが、今日は気にならない。ルンルンだ。 今なら第二王子の暴言すら笑って許せそうだ。

「 御機嫌よう。」
「 …… 」

 できるだけ柔らかく流れるようでありゆっくりとした声音で話しかける。殿下は今までと同様に返事をしない。いつもならここでイラッとしてこちらも黙るのだが、今日の私は一味違うのだ。

「 今日は天気も良く心地よい気分になりませんか?」
「 …… 」
「 このような日和に外で優雅に読書するのも乙なものですよ。時たまそよぐ風が心を穏やかにしてくれますし、何より自然の美しさを知ることができます。」
「 …… 」
「 読書と言えば殿下は何をお読みになられますか?最近、私は聖女伝説という昔に実在した話をまとめた伝記にはまっておりますの。主人公が旅の途中で仲間を集めながら魔王を倒そうとする心踊る物語です。勉強に疲れたときに読むと丁度いい気分転換になっていいですよ。」
  「 …… 」

 全てガン無視されたが、私は見逃さなかった。本の名前を出したときにこめかみ辺りが微動した。これ幸いと話を続けていく。

「ドラゴン退治のところは話の展開がドラマティックでとても興奮しました。ドラゴンの分厚い鱗を貫通させるための魔法を詠唱するための時間を稼ごうと戦士が決死の覚悟で、一撃でも食らったら粉々になるのを恐れず、剣一本でかの邪竜に立ち向かうシーンは素晴らしかったです。」
「 …… 」

 日本の娯楽本を知っている身からすると王道テンプレな展開であったが、それっぽく言う。話のきっかけを掴むのは共感できる話題が無いと難しい。男の子なら誰かを庇い強大な敵に立ち向かうシチュエーションなど大好物だろう。

 案の定、食いついた。こめかみが頻繁に痙攣して、そわそわ落ち着きがなくなった。聖女伝説は貴族の娯楽本の一つなので殿下も読んでいるに違いない。私とその話をしたいがプライドが邪魔してできないのだろう。子供の意地というやつだ。

「 世界中の秘境や絶景にも心惹かれました。知性ある龍のみが住む古龍の里に、世界樹を足場としたエルフの楽園、水晶でできた洞窟、森の最深部にある名もなき古代の神殿。そこがどのような場所か考えるだけでワクワクしませんか?」
「 …… 」

 このガキいい加減にしろよ……。こっちはそろそろネタ切れだ。これ以上はあまりいい言葉が思い浮かんでこない。まぁ、必死に我慢しているのを見ると怒りも収まるが。いくら大人びていても、やはり子供なのだな。

「 殿下も聖女伝説をお読みになられては?地方の特色が詳しく書かれていて勉強にもなりますよ。」
「 …… そうだな。そのような低俗な本はあまり興味は湧かないが、一度読んでみる。」

 ダウト!ダウト!お前、絶対に内容知ってるだろう。そんなに言うなら仕方がなく読んでやるよみたいな顔してるけど口元にやけてっから。

「 そうですか。次の機会に感想を聞きたいです。」
「 あぁ、また今度な。」

 まぁ、私は大人なので此の子供特有の見栄はスルーだ。無理にその虚勢を引っぺがしても、拗れるだけでどちらも得をしないことはわかりきっている。面白そうだが。

「 ところで殿下は普段どんな本をお読みですか?」
「 俺か?俺は帝王学や魔法の教本を読んでいるな。最近よんだ本で特に興味深かったのは魔法陣による詠唱破棄だな。魔法陣をあらかじめ紙などに描いておいて、魔法行使の際にそれへ魔力を通すことで詠唱無しで詠唱ありの魔法と変わらない威力を出せるというものだ。」
「 殿下は博識でいらっしゃいますね。私は( 現代 )魔法については無知ですのでとても興味が惹かれます。」
「 そうか!そうか!」

 取り敢えず殿下をヨイショしておく。お茶会に呼ばれて気まずい思いするのも面倒なのだ。どれだけ嫌われても面会の頻度は変わらなかったし、そこに乗り物酔いの対処もできるようになった。問題は殿下とのわだかまりだけだ。

( 魔法陣ねぇ…… )

 魔法陣は魔法を発動させる必須の要素ではない。前もって魔法の発動準備をしているだけだ。

 魔力を込めるというワンプロセスにすることで脳の処理に空きを作れる。魔法陣なしでは魔法の選択や詠唱、威力を高めるための想像が必要となり結果あまり多重併用できないのだ。

「 ただ魔法陣を使うと魔力の消費量が多くなる。また、魔法陣も精密に描いていないと発動しない。」
「 意外と不便なのですね。」
「 そうだ、教本でもそのことを問題にしていた。魔力の消費量は紙とインクを魔力が通りやすい素材に変えることで改善していた。」

 紙はそこらに売っている出来の悪い植物紙から魔物の皮を剥いで整えた魔皮紙、インクは術者の血と魔物の血を混ぜたものだ。これからわかることは魔法陣のデメリットは金も手間もかかることだ。メリットは安定した威力と手数が多いことだ。王族かねもちで暇な殿下には向いているのではないだろうか。

 私は魔法陣にそこそこの興味がある。それは魔法陣による魔法行使の分野ではなく、付与魔法に興味がある。

 付与魔法は物体に特殊な魔法陣 ー 付与魔法陣 ー を刻むことで物体に不思議な効果を及ぼすものだ。

 身近なところで付与魔法が使われている例は王都の外壁だろうか。なんの計算もなしに石を積み上げてもあまり堅牢な防護壁にはならない。おそらく石材のブロック一つ一つに硬化の付与をしているだろう。

 場があたたまったころ。


「 この前の、殿下への暴言を心の底から謝罪いたします。」
「 …… 」
「 すいませんでした。」

 相手が話を聞いてくれるうちにわだかまりを消し去ろうと謝罪をする。椅子から立ち上がり、殿下の側へといく。殿下は驚きで目を大きくしていた。手を胸の前で組み頭を下げる。この国で1番の謝罪だ。レベル的には土下座と同じだ。

「 こちらもすまなかったな。」
「 っえ……?」
「 忌み子と言ってすまなかった。あの時は気が立っていたのだ。別にお前のことは見下していない。」

 私は大いに困惑する。プライドが高くそびえ立っている殿下が謝ってきたのだ。突然とのもあるが理解できなかった。思わず顔を上げてしまう。

「 私は気にしていません。その後に大分言い返したので。」
「 あれほど面と向かって悪く言われたのは初めてだった。」
「 すいません…… 」

 たしかにあれは言い過ぎであった。いくら禁句を言われたからといって、あそこまで言う必要はなかった。

「 いや、こちらも口が過ぎていた。謝る必要はない。」
「 そうですか。」
「 双方、謝罪したのだ。これで和解としよう。」
「 では、そうしましょうか。」

 謝ったことが功を奏したのか和解までできた。わたし的には自分だけ謝って殿下は謝罪しないと思っていたので意外だ。権威に甘えたクソガキではないことが素直に好感を持てる。

 殿下は照れ臭そうに顔を背けている。構って欲しい猫のような態度にほっこりする。こういうのをみるのは存外と和むかもしれない。

「 茶がぬるくなる。早く飲んでしまおう。」
「 はい。」

 私の生温かい視線に気づいたのだろうか。焦ったように話を逸らそうとする様子が微笑ましくてささやかに笑ってしまう。それを見て更に顔を赤くする殿下。

「 チッ…… 」

 まるで俺様?ツンデレ?みたいな反応をしてくれる。そこそこ面白い。こういう時間ならいくらでも過ごしていいと思えた。

「 殿下 」
「 なんだ?」
「 これからよろしくお願いします。」
「 ああ 」

 どうせ婚約破棄するであろう男の子でも仲良くしようと思った。何事も起きていないうちに拒絶するのは嫌だった。それこそ私が憎む偏見そのものだ。ここで過ちに気づけたのは僥倖だった。

 殿下と和解でき、彼の意外な一面も見れた。乗り物酔いの治療法も見つかり、天気も良い、お茶も美味しいし、庭園も美しい。

 ああ、今日はいい日だ。

 だから、この胸に燻る焦燥は気のせいだ。そう、そのはずだ。

 今日はいい日のはずだ。





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