悪役令嬢で忌み子とかいう人生ベリーハードモード

狂気的な恋

第5話 悪魔に求めるは前人未到の叡智なり

 私がこの世界で生き残るためには常に努力をする必要がある。暗殺に対抗するための武力、毒殺に対する毒への知識と対抗、謀殺を防ぐための人脈と知恵。貴族令嬢としての礼儀、作法。これら一つでも並み以下ではいけない。最高の水準にする必要がある。少しの隙が命を散らす凶刃となりうる。死線で踊り狂う日常。だが、知ったことか。私は生きたい。ゆえに最善を尽くすのみだ。


 私の最善は何か自問自答する。権力、武力、知力、財力、魅力……etc、どれが一番必要か。それらはどのようにしたら手に入れられるか。ぐるぐると犬と同じくらいの容量をした頭で考える。


 武力、武力だ。武力は自衛の最たる道具。どれほどけ権力や知力、財力を持とうが圧倒的な暴力の前では無価値。どれほど偉かろうが、どれほど金を持っていようが、どれほど頭が良かろうが当たりどころが悪ければ人は素手で殴られただけで死ぬ。暴力にはそれを上回る暴力でしか身を守れない。どうすれば最強になれるだろうか。答えは思いのほか簡単に出た。考えついた手段は非常に業腹であるが、最善を尽くすと決めた私は感情を押し殺し行動に移す。


( おい精霊寄生虫強くなれる方法を教えろ。最初は魔法についてだ。)
( なんと傲慢な頼み方なのだ。)
( ごちゃごちゃ言わず答えろ、精霊ごみ


 こいつは元凶であるが、精霊なのだ。知識や力は人智を超え、矮小な人の身には欠片ほどしか理解できないだろう。精霊とは大自然の一部、神の使いであるとされている。その人を超越した存在の知恵を手に入れ、カケラでも自らの血肉としたならば人外の如きチカラを得られるだろう。全てを薙ぎ払い打ち倒す怪物となれるだろう。


 …誰にも縋らず生きていけるだろう


( 断る。俺は既に祝福を与えた。お前のような不遜な輩に教えることはない。頼むには代償を寄越せ。)
( …っ‼︎ なに、っを、さしだせばいい…?)


 この黒い瞳が宿代とは随分と安く見られている。精霊は俺を怒らすことが得意のようだ。明るい人生だけでは物足りなかったみたいで更に何かを要求してきた。屈辱だ、無様だ。俺が一番鬱陶しく思っている存在に対価を払い、教えを乞う。なんとも腹立たしきことか、なんとも惨めなことか。湧き出てくる激情を堪えながら震えた声で尋ねる。お前はこれ以上俺から何を奪っていくのか?と


( 髪を一房と魔力、それを捧げれば魔の叡智を授けよう。)
( それだけでいいのか……?)


 些か拍子抜けした。体の一部、もしくは五感を要求されると思っていた。髪は女の命とも言うが俺は元男なのでさほど抵抗はない。それよりも精霊くそったれに物をやる方が嫌だ。こいつにくれてやるのは拳と鉄で十分だ。髪と魔力だけで魔法の知識が手に入れられるなら辛抱できるが。


( どうやってお前に渡せばいい?)
(意識するだけでいい。こちらで勝手に抜き取る。)


 腰まで伸びる輝く白糸を一掴みし護身用短剣ー貴族は5歳の誕生日の時に必ず短剣を親から貰うーで切り離す。つながりを失った髪は重力に従い床に垂れる。


 意識するだけと言われたものの困惑する。なんか言った方が良いのだろうか?それっぽいことを言って実はいらなかったですとかは死ねる。とりあえずさっさと持っていけ、と念じる。すると体中から色とりどりの蛍火のような光がポワポワと湧き出し、白糸の束を包んでいく。周りの光に照らされ極彩色に輝く絹糸に目を奪われる。煌めきは完全に白糸を呑み込み、クリスマスのイルミネーションの様相となっていた。次第にそのチカチカと優しくない輝きは萎む様に縮小されていき、ついには消失する。


「 なにを……したの?」


 突発的に発生した幻想的な出来事についていけない。精霊が何かしたのだろうが、その何かが全くわからない。高ぶっていた精神が冷や水でもかけられたように平時の状態に戻る。テレパシーの会話で済むのに、声を出してしまうほどに動揺した。


( さて、対価は貰った。それに報い、望む物を与えよう。魔力や魔法がどのようなものか直接刻み込む。しばし我慢しろ。)


 精霊は私の問いを無視し話を進める。未だ放心状態から立ち直れていない私は、あまり消えていなかった。不穏なことを言っていた気がする。


「 ぁあ…⁉︎ イタイ痛い⁉︎ ぁぁぁ!! なにこれぇぇ……⁉︎! 」


 左目が熱をはっしたかと思った瞬間、頭に激痛が走る。頭蓋を踏みつけられたかと錯覚するような鈍痛と脳みそをかき混ぜられらような不快感。何かが流れ込んでくる。だが、それが何であるかを知覚できない。濁流のように流れ込んでくるそれは脳内を瞬く間に埋め尽くし、圧迫する。もう一杯だ、やめろ、もうやめてくれ、拒絶の言葉が思わず口から漏れ出る。あまりに膨大な量を詰め込まれ、頭は空気を入れすぎた風船のように破裂しそうだ。


 ひたすらに耐えていると潮が引くように我が身を襲う苦しみが消えていった。未だズキズキと鈍い痛みを発するも我慢できない程ではない。あの尋常ではない苦痛は時間の流れを狂わせる。あれからどれほど時間が経ったのか知るすべはないが体感的には1〜2時間はあった。


 こいつは俺のことを殺す気だろうか?怒気を込めて精霊ゴミクズに文句を言う。


( あと一歩で御陀仏になるとこだったぞ、テメェ!なにしたんだよ! )
( 魔の叡智を授けただけだ。頭が痛くなったのは直接、脳に知識を刻み込んだ反動だろう。それぐらい耐えろ。)
( こいつ… )


 こいつは本当に腹立たしい。多分、高位の存在だからだろう。傲岸不遜でこちらの話を聞かない。やる事は大体が事後報告で悪びれもしない。俺をなんだと思っているのだろうか。殺意が増していく。


 だが、貰う物は貰った。魔法や魔力がどんなものか分かれば、こいつは用済みだ。金輪際話しかけない。俺は心に固く決意した。頂戴した知識を見ようと意識を向ける。脳裏に文字が浮かんでくる。ネットで検索しているような感じだ。


( っは……⁉︎ )


 だが、全く分からない。確かに自分の脳内には新たな情報が埋め込まれた。しかし、その情報が見たことも聞いたこともない文字で構成されている。全く理解できないのだ。抽象的な絵と意味不明な記号の羅列。発音すら分からない正体不明の言語が浮かび上がってきた。いや、一つわかったことがある。


( 騙しやがったな!)
( 騙した?何を言っている。ちゃんと知識を与えただろう。)
(こんな悪戯書きみたいな文字読めるわけないだろ!何語だよ⁉︎ )
( ああ、そうか。今の人間は精霊の言が読めないのだな。)
( はぁ?ふざけんな。そんなん読めるわけねぇだろぉぉ!)


 精霊の言とは古代神聖語ー遥か昔、人と精霊が良き隣人であった時に使われていたとされる言語ーと呼ばれ、未だ完全に解読されずにいる謎の言語。そんな難解な言語を6歳の俺が知っているわけがない。というか、ごく一部の人間でも単語ぐらいしか理解できていない。


( 本当に役立たずだな!)
( お前が要求してきたのではないか。)
( 俺は使える、魔法の、知識が、欲しかったんだよ‼︎ 読めねぇ文字で書かれた理解不能な情報なんかいらねぇんだよ!普通翻訳してよこすだろ!)


 使えない情報など脳のキャパシティを無駄にする以外使い道がない。ゴミ以下
 だ。産業廃棄物よりも害悪ですらある。期待して裏切られた分、余計に俺を苛立たせる。殺したい、ぶっ殺す、絶対に殺す。ひたすら殺意を送る。


( まぁ、なんだ雑な仕事はしない主義だ。精霊の言も刷り込んでやろう。)
( ⁉︎まじか。嘘とかじゃないだろうな?嘘とかだったら将来、必ず殺すからな。)


 精霊の一つ良いところを発見した気がする。今まで長所を見つけられなかったためか、とても感動している。例えるなら砂漠を三日間てぶらで彷徨い続けて死にかけているところにオアシスを見つけたような気持ちだ。ゴミの存在価値が百害あって一利無しから電源のつかないスマホぐらいには評価が変わる。いちいち上から目線で殺気が湧いてくるが。


( 貴様のような弱者に殺されるはずがなかろう。愚かなことを言っていないで気を張れ。)
( はぁ⁉︎ 嘘だろ⁉︎ )


 先程の危ない鈍痛を味わうのは勘弁したい。あれはヤバイ。まじでヤバイ。どれだけヤバイかと言うと語彙力が枯渇してしまう程にヤバイ。もうヤバイとしか言えないぐらいヤバイ。


( 痛くない方法とかないのか?)
( 面倒だ。)
( なんでそこを手ぇ抜くかなぁぁ⁉︎ )


 この精霊の拘りはよく分からないが面倒臭がりなのは分かった。宿主の為に無償で働こうという気は無いのだろうか?無いんだろうな……。傲慢で話聞かない奴だしなぁ…。


( いくぞ。)
(ちょっと待って…。いぎゃあああゝああぁぁぁ‼︎⁉︎ )


 俺の制止を無視して知識の抽送が始まる。先の激痛が襲い来る。いや、それ以上の痛みだ。頭から首、心臓へと痛みが広がり前後不覚に陥る。息が乱れ、視界が歪んでいく。脳裏に走る不快感は幾千の虫が這いずるが如く。この身に走る痛みは死神の抱擁とすら思える。苦痛という信号が洪水のように脳内で溢れる。


「 あっ…ぁぁぁ……‼︎ 」


 声にならない絶叫を漏らす。時間の進みを忘れる。思考を忘れる。我を忘れる。意識は闇に誘われる。


「 はぁ、はぁ、はぁ…… 」


 意識が朧げに回復する。どれくらいの時間が経っていたのか。痛みが幾分かマシになっていた。死ぬような痛みから後頭部を鈍器で殴られたような痛みにだが。手足は重りを付けたようにだるく、どことなく意識が散っている。目からは涙が溢れ、口からは涎が垂れている。血の代わりに砂でも詰まっているのではないかと思うほど体が重たい。これぞ死に体と言うべき状態だ。


 だが、悲惨な目に合うだけの見返りはあった。難解な言語であった古代神聖語を余すことなく理解できた。言葉を思い浮かべるだけで勝手に解釈されいく。まるで頭の中に翻訳アプリでもインストールしたみたいだ。刷り込みみたいなものだからあながち間違いでは無いだろう。


( へぇ…… )


 俺の体に宿る精霊から得た知識はとても興味深いものだった。リリアーナはまだ魔法を習っていなかったが、この知識はそこらの魔法使いより余程造形が深いものに思える。世間一般で使えたら一人前とされる魔法が、精霊の知識では誰もが使える生活魔法と同等の扱いだ。


 特に魔力の知識は奥が深い。人間の中で魔力は魔法を使うための燃料されている。だが、それはごく一部の使い道でしか無い。魔力はこの世界ーガイアーの中心から漏れ出て来る超越エネルギーである。生き物や物質は空中に漂う魔力を吸収して内部に溜め込んでいく。溜め込んだ魔力はより高度な存在に進化する為に使われる。生き物はより強く、賢く。物質はより特性が顕著になっていく。だから、この世界ではエルフやドラゴンといった長命種は強い傾向にある。生き物は溜め込んだ魔力の上澄みを自らが持つ魔力総量として誤認しているらしい。


 魔力をより多く溜め込む為には長生きする以外に、他の生物を殺して奪うという手段もある。生き物は命を落とすと溜め込んだ魔力を周囲に撒き散らす。空気中の魔力濃度が異常に高まり大量に魔力を吸収できるのだ。RPG風に言うとモンスターを倒してレベルアップということだ。あまり短時間に膨大な魔力を身に溜め込むと魔力酔いという現象が起きるそうだ。一時的に体調不良、気分の高揚、理性低下、身体能力低下、吐き気、目眩など、体に不備が起きるのだ。これは体内の魔力の流れが乱れることによって引き起こされるので安静にしておけばすぐに治るらしい。


 魔法は魔力を消費して自らが望む現象を引き起こす。一見すると万能に見えるが、効果に見合った魔力量が必要だ。人間はゴミみたいな魔力量しかないので詠唱やら触媒を使って底上げしなければ大規模な魔法は使えない。人間の中でも才能の差があって、一般人なんか全魔力を振り絞っても火の玉一つが限界なのに対して。歴史に名を残した魔法使いは山を吹き飛ばしたり森を焦土に変えたりなど地形を変える程の魔法を扱える。天と地よりもなお酷い差が存在している。虚しきかな。


「 火球ファイアボール 」


 手に入れたたらとりあえず使って見たくなるのが人の性で、初級の魔法を撃ってみる。すると、体からするっと何かが抜けたような感覚と同時に野球ボール大の黒炎が生まれた。黒炎はその色に似合わず、かなりの光量を有しているようでこの薄暗い部屋を明るく照らした。リリアーナは“ 忌み子 ”になった影響で魔法が黒く染まるのはゲームと同じなので問題無い、はず。作り出した火球は1分ほど俺の前方で停滞した後フッと蝋燭の火のように消えた。初めて魔法を使ってみたがあまりなんとも思わない。大して体に影響が出ることもなく、感慨を覚えこともない。こんなものかと意外と冷めた感想だ。握り拳ほどの火の玉、それも地味な黒色だったからかもしれないが。


 魔法を使った時に感じた虚脱感は魔力を消費したためだろう。あと2〜3回ほどは撃てそうな余力はある。知識による一般人の大人同じかそれ以上の魔力量があるかもしれない。精霊と契約しているからだろうか。だとしたら数少ないメリットの1つだな。


 精霊の影響はやはり大きい。負の影響しかり良い影響も。魔力量の増大に固有魔法の獲得、魔法や瞳の変色、役に立つものもあれば無意味なものまで。強くなるのに役立つものが多いのはせめてもの救いだろう。特に固有魔法はかなりの強みになる。精霊と契約しているものだけが使える強力無比な自分だけオンリーワンの魔法。知識には未来視や時間停止などのチート臭い能力があったらしい。


 とりあえず、強くなるための知識は手に入れた。最先端を一歩や二歩どころか五世代くらいはかけ離ししたものだ。魔法行使や知識の過剰抽送で疲れた体を休めようと椅子に座る。硬い木質と冷たい感触が背中から伝わってくる。私はそっと目を閉じて、思考を止める。頭に残っていた鈍痛が少し和らぐ。


 モヤモヤした不快感と胸を掻き毟るような焦燥が我が身に宿る。落ち着いてくると不安がぶり返してくるようだ。全力で生き残る、それだけ。そう考えることで不安が少し鎮まる。気休めと言われればそうなのだろうが、私に縋れるのはたった1つ、己の決意だけなのだ。そうでもしなければ、私はいつか狂ってしまうだろうから。







コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品