悪役令嬢で忌み子とかいう人生ベリーハードモード

狂気的な恋

第2話 高いところから落ちる痛み

  男が記憶付きで女に転生。これが他人事なら爆笑していたに違いない。だが他人事ではないのだ。全く笑えない。そのうえ前世やってた乙女ゲームの悪役令嬢に転生。膝が笑ってきた。


  姉がやってた「 神霊の導きと聖者の行進 」はRPG色の強い乙女ゲームだった。前半は学園編として攻略対象との仲を深め、後半の魔王討伐編では一定以上の好感度を稼いだ攻略対象とパーティを組んで各地を巡る。俺は後半パートが好きで結構このゲームをやりこんでいた。攻略対象は自由にパーティを組めるようにするためか多めの十人。能力値が高めのキャラは攻略が難しく、低めのキャラは攻略が簡単にできていた。また、好感度が高ければ高いほど、レベルが上がったとき能力値の上がりが良くなる。前半にどれだけ頑張るかで、後半の難易度が変わってくる。乙女ゲームらしく悪役令嬢という物語のスパイスとなる悪役兼かませ犬のキャラもいる。グラフィックも綺麗でストーリーも面白い。大人気のゲームとなり知らない人がいないくらいだった。


   なぜ俺がそんな超大作のゲームに転生ししたのか、なぜ前世の記憶を思い出せたのかというのは謎だ。こちらのリリアーナとしての記憶もあるし、感情もある。1つの肉体に2つの精神が宿っているような感覚だ。


  目の前の鏡の中には、呆然とした表情を浮かべる幼い女の子の姿が映っている。自分だ。自画自賛になるが、本当に整った顔立ちをしている。日光を受けキラキラと輝く銀糸。目はやや釣り上がっており気の強い印象を与えるが、愛嬌の1つだろう。ただ今日は1つ違うことがあった。アルビノ然とした深い血の色をした双眸の片方が全てを吸い込んでしまいそうな暗黒色になり、黒と赤のコントラストが妖しい存在感を放っている。


  "忌み子 ”


  忌々しい子供、呪われた存在であることを示す言葉だ。なんともなしに頭の中に浮かんできた。そして追随するように6歳の、私の感情が俺を呑み込む。明瞭な感覚だ。それと同時に先ほどぼんやり見ていた黒目を凝視する。


( わたしが忌み子 ……? )


  私は大いに青ざめた。これがどれほどのことか知っているからだ。乙女ゲームによくある悪役令嬢に対する過激な反撃よりなお残酷な仕打ちを受ける。正直、私が悪役令嬢であることは私を安心させるほどだ。ゲーム通りに進むなら、私は16才まで生きながらえることを保証しているためだ。すぐにでも殺されるものなのに。控えめに言っても奇跡だろう。忌み子は貴族にとって最大級の汚点、秘密裏に処刑されるか、教会に渡され目も覆いたくなるような酷い目にあってから殺されるのが当たり前だ。


 だが、殺されないからといって平穏が訪れるわけでわない。この黒い眼球がある限り、嘲笑に塗れた日常を送る羽目になるのは子供ですら容易に想像できる。


  ( 左目が無ければ…。)


 混乱した頭の中で1つの思考にたどり着く。そうだ。そもそも、私が忌み子になったことが誰にも知られずこの忌み子の証といえる変色した左目を潰せばいいのではないだろうか。たしかに、私は傷持ちといわれ日常生活に支障をきたすだろう。だが、日常的に命を狙われるよりはマシに違いない。視界の端にある万年筆が目に入る。いつもより素晴らしい物に見えるのは錯覚なのか。フラフラと夢遊病患者のような足取りで近寄り、両手で持ち上げる。


  怖い怖い怖いこわいこわいコワイ


  鋭利な先端を己に向けると体が震えた。この凶行がどれほどの痛みを与えるのか考えると躊躇しそうになる。それでも私は決心する。私は親しい彼らにに嫌われたくないのだ。


「 ふーっ、ふっ、はぁっ…! 」


 怯えて覚悟が露と消えてしまう前に万年筆を左目に突き立てる。


「  ぐぅっ…ぅぅ‥。」
  
  燃えている。そうとしか表現できない刺激が眼球を駆け巡る。痛みで自律神経が狂い冷や汗が湧き出てくる。食いしばった口からは堪えきれずに苦悶の声が漏れ出る。今世では荒事とも無縁の生活だったため、痛みに慣れていない体が過剰に反応している。ガクガクと震え何もしてない右目からは涙が洪水のように流れている。今にも気絶してしまいそうな刺激の荒波の中、私は確かに安堵していた。自分の人生に暗い影どころか、チェックメイトをかける要因が消滅した、そう思ったからだ。


  ふと、違和感を覚えた。血が出ていないのだ。いままで感じていた湿っぽい触感あったがそれはこぼれ落ちる涙だった。なぜ?と鏡を見ると


  そこには何事もなかったように、キラキラと宝石のように輝く黒き眼球が映っていた。
  
  まるで先ほどの自傷行為が存在しなかったように。万年筆は先から半ばまで消失しており滑らかな曲線を描く断面を晒していた。


  あまりの異常事態に固まる。視線か鏡の中の自分から離れない。暗黒色の瞳がブラックホールがごとく引力を放っているのだ。徐々に現状を認識し始める脳みそ。


  私の覚悟と望みは無視されたのだ。痛みだけを残して。


  「 は、ぇ、なんで左目、痛かった、万年筆は? 」


  認識したからといって理解できるとは限らない。混沌とした思考の中、私はただ左目を取り除こうとした。小枝のように細い指を突き入れた。ぐちゃりと、腐った有機物を足で踏みつけてしまったような音を出す左目。切り傷に赤熱するほど熱した鉄棒をぶち込み好き勝手にかき混ぜるような痛みを訴えてくるが、私はそれを気にする余裕はない。私の左目は壮絶な痛みを与えてくるのに反して全くの影響を受けていなかった。幻に触れているかの現象に夢でも見ているのではないかと思ってしまう。もちろん、悪夢の類だが。


  ( 無駄だ。お前の左目は半魔力体になっている。精霊のような魔力生物以外どうにもできない。 )


  脳の伝達回路が混線しているなか、中性的で厳かな声が静かに語りかけてきた。だが、この部屋にはもちろん、近くにも人はいないはずだ。では、この声はどこから発されているのか?第三者の目があることを知り急速に冷える頭。それと同時になにかが切り替わる。


  ( 俺は混沌の精霊。お前の左目を宿とする者だ。)
「 お前のせいで…そこからでてけ!左目を元の赤い色に戻せ!! 」


  冷えた頭はすぐに沸騰することになった。原因は今語りかけているこいつなのだ。しかも、平然と俺に話しかけてくるどころか、悪びれもしない。


  ( 断る。お前ほど適正のある者はいなかった。仮に出ていったとしても戻らんぞ。 )
「 ふざけんな…!勝手に人の体を弄りやがって!寄生虫が! 」


  元凶いわく俺の左目は元の色に戻す事も、潰すこともできない。つまり俺は一生忌み子として生きていくしかないということだが。その事実はあまりにも残酷で救いがなかった。家族からは殺されるほど疎まれ、他人からは蛇蝎の如く嫌われる忌み子。その人生は重暗く極細な道だろう。踏み外したら地獄に真っ逆さま、果ての見えない綱渡り。絶望的といえる未来は確実に迫り来る。  


  「 なんで俺なんだよ…。私は何も悪いことしてないのに…。なんでなんでナンデナンでェェエ…⁉︎ 」


  それはまさしく悲鳴だった。前世の記憶を取り戻しても情緒の基礎となったのは今世の精神の方だった。前世の記憶を取り戻したことをきっかけに精神は成長したものの、未だ幼い者だった。それに対して思考力は大人以上もあろうかというほどに発達し、幼い精神に見合わないシビアな未来図に感情が爆発する。意図せず言葉の羅列が口から漏れ出る。人から悪意を向けられることの恐れ、未知の存在に対する怯え、死が身近にあることの絶望。あまりに膨大な恐怖に気が狂ってしまいそうだ。いっそ気狂いになってしまえば楽になれるだろうか。


  ( なぜ、そこまで嫌がる。精霊と契約など人間にとって名誉なことだろう。 )
「 てメェ…! 」


  精霊の傲慢かつ惚けた言い方に俺の怒りは業火と化す。あまりの怒りにどうにかなってしいそうだ。


  「 それは黒と紫以外の色だけだ!黒と紫は忌色で悪魔がついてるとされてんだよ!これは大罪人の証になんだよ!てメェのせいで俺は差別対象だ! 」


 目の色が変わるのは本来「祝福」と呼ばれる珍しくもおめでたい現象だ。魔力の量が増え、魔法を扱う腕も良くなるといいこと尽くしだ。だが、黒と紫に変色することは「 悪魔憑き 」や「 咎付き 」とされ忌み嫌われている。どちらも十年に一人出るか出ないかの頻度で出てくる。そんな低確率に当たってしまった俺はやりきれない気持ちで一杯だ。俺以外にいなかったのか?殺人犯のところに行けばよかったのにと。


  ( ふざけるな!悪魔だと⁉︎俺をあんなおぞましいものと同列にするな! )
「 知らねぇよ!俺にとってはお前が精霊でも悪魔でも変わんねえよ!結局、迫害されるからな! 」


  俺にとってこいつがどんな存在でもどうでもいい。真実がどうであれ俺が不遇の状況にさらされる羽目になるのはこいつのせいだ。それこそ殺したいと思うほどには憎んでいる。 


  「 勝手に契約して、勝手に俺の体をいじって、勝手に俺の人生を変えた!俺にとってお前はただの害悪だ! 」  
( 待て!俺は…!)
「 うるさい!」  


  もう何も聞きたくなかった。その場にうずくまり耳を塞ぐ。自分の将来が決して明るいものではないことを知っていたが、今この時だけは何も考えずに感情を吐露したかった。
  

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