罪歌の乙女

神崎詩乃

三○○部隊

「やれやれ……今回もまたボロボロじゃないか。」
 戦いで右腕の腱を撃ち抜かれ、姉にボコボコにされたあと、報告としてフェラルドの元を訪れた。
「損害の大部分は姉のせいなんだけど」
「……。それで?敵兵の中に『ハンター』がいたと聞いたけど?」
「腕と足を1本ずつ切り飛ばした」
「普通の人間なら戦闘不能だね」
「『普通』ならね」
「更には……失われて久しい銃……か 」
「私達に銃弾が効く子が居ない」
「417は条件付きで効くけど条件が果てしなく厳しい」
「416は素の鱗が硬すぎて通らない」
「君達に銃器を持ち出しても勝てないだろうね。寧ろ他部隊が厳しいかな。いくつか持ち帰ったんだろ?」
「合計36丁持ち帰り、兵器研究所と工廠にそれぞれ渡してあります。」
「そう。なら解析待ちだね。417は暫く休養。」
「えー」
「417?」 
 姉たる416がキッと睨みを利かせるが何処吹く風と受け流す。
「休養と言って君が素直に休むとは思ってないから別の仕事が用意されているよ。」
「えー……。」
「帝国には君たちのような部隊が他にもあるのは知ってるよね。通称300番台『人獣部隊』の視察に行ってきて。」

 視察……ね。
 私達はつけられているナンバーから400番台と呼ばれる。この世界に居るとされる幻想種と人間の間に造られた生命である。幻想種と人間になると生物としての格が違いすぎて実験は失敗を重ね、最終的に無事生まれたのは416〜424までである。この実験は帝国としても拭えない黒歴史となっている。
 時同じくして帝国は獣と人間の掛け合わせにも挑戦した。獣の特性を得た超人を作り出し、戦争で活用する為に。
 今にして思えば戦争機械であるドールに人間の脳みそを載せるのと大して変わらないだろう。
 そうして生まれた人獣部隊。ついているナンバーから付いた通称が300番台。彼らは戦時となれば百人力と言われ、実力至上主義の部隊として威張り散らしているらしい。

「何が目的?」
「表向きは隊員交流。裏は彼らへの戦闘教育かな。彼ら荒っぽい割に雑だから。」
「了解。」
「他に何人か付けますか?」
「そうだね。2人くらいつけてあげて。止められる子を……。」
「流石。よく分かってる」
 416とフェラルドの冷たい視線が突き刺さった。
「場所は?」
「帝都から南に60キロほど離れた山奥に特殊訓練場がある。彼らの本拠地でもあるから振る舞いには気をつけるように。」
「出発は?」
「準備含めて3時間後ホール集合。いいね。」
「……右腕動かないんだけど……。」
「トラブっても解放はなしだよ417」
「トラブル前提はちょっと腹立つけど解放するまでもないって事?」
「解放したら大惨事でしょうが!」
 ゴッ!!
 416が部分変異させた腕で頭を叩く。どうやらまだ怒っているようでフェラルドも顔が引き攣っていた。
「痛い……メンバーは?」
「私と424と417。」
「硬い……。」
「ま、まぁ、その二人なら417を止められるだろうし……でも、部隊長と副隊長が抜けて大丈夫なのかい?」
「そもそも飾りのようなものだから……直接の命令だけこっちに来ればあとは問題ないと思う。」
「OK。それじゃあよろしく頼むよ。」
「了解。」

その後ややあって翌朝、私達は山奥の訓練施設に無事到着した。

「うーん。緑を見るのは久しぶりだね。」
「緑ごと破壊してたしね。」
「帝国内とあって無事にこられましたしね。」

 施設に到着すると直ぐに管理している帝国兵が上官を呼びに行った。

「ふむ……。416視えている?」
「うん。あれは透明化能力かな。」
「え〜見た感じカメレオンの環境擬態能力でしょ」
「お姉さま?何の話を?敵ですか!?」
「そう身構えなくていいよ424。大方今日着任した兵士の顔を拝んで後でマウントを取りに来たんでしょ。『俺の姿も見えないような連中が?笑わせるね!』くらい言いそう。」
「417、偏見は良くないよ。本当にただ興味本位で近寄ってきただけかもしれないでしょ」
「そうだといいね。」
「貴殿らがあの400番台か?」
伝令が走っていってから暫くすると今度は狼のような顔をした男が音もなく歩いてきた。
「えぇ。特別偵察部隊400の隊長。416と申します」
「同じく副隊長417です」
「同じく424です。階級はありません。」
「こりゃご丁寧にどうも。帝国陸軍特殊広域支援科人獣隊隊長ウルフだ。番号は300 今後よろしくな。」
「えぇ。よろしくお願いします」
「隊員交流と聞いているが貴殿らは部隊を抜けて問題ないのか?」
「えぇ。問題ないかと。」
「そうか。ならまずは交流試合だな。そっちの人数と同じくこちらから3人だそう。俺とメレイン、イーグルでいいか。」
「……血気盛んなことで……いででで。」
「417?本気はダメだからね?」
「ふぁい。」
「では順番は424、417、私の順で出ましょうか」
「ほほう。ならイーグル!」
「はっ」
 声は空から聞こえた。空を見上げると鳥の翼を生やした男が急降下し、砂埃と共に着陸してきた。
「302番。イーグルと申します!以後お見知り置きを!」
「場所は第一訓練場で良いな?」
「えぇ。勿論です。ルールは?」
「殺さなければなんでもいい。俺は貴殿らの力の一端が知りたい。」
「そうですか。」

 一行は場所を移すとコロシアムのような形をした訓練場の観客席に座った。もちろん、424はこのエキシビションマッチに駆り出されている。
「お姉さま、ご注文は?」
「第一条件『死なせない』
第二条件『殺さない』
第三条件『残さない』が守れればいいんじゃない?」
「かしこまりました。」

 424はとにかく硬い。本人もそれを自覚しており、それを使った戦い方を好む。普段は怪力の419と組んで振り回されているが単独での戦闘力のえげつなさは群を抜いている。

「では……始め!」

 先に動いたのはイーグルだった。彼は素早く飛び立つと即座に424を掻っ攫い、空高く飛翔する。
「さぁ、諦めてください。呆気ない幕切れで恐縮ですがこの空で貴女が勝つ手段は……ゴフッ」

 しかし、424も負けてはいなかった。寧ろ彼女は硬いのだ。きっとあの程度の高さから落ちたとて怪我もしないだろう。だから、掻っ攫われた後に自身の身体から毒物を分泌し、それを揮発させて相手に吸い込ませたのだ。
 毒物吸い込んだ途端にイーグルは上空で身体の自由がきかなくなり、真っ逆さまに落ちてくる。

「416、あのままじゃ死ぬんじゃない?」
「大丈夫。あの子はうちの中で比較的優しい子だから。」
 優しい……子ねぇ……。
 424はイーグルよりも早くに落下を始め先に地面に到達する。すると地面にクレーターが形成された。424は何食わぬ顔でイーグルの落下地点に向かうと彼の身体を包み込むような薬液球を分泌し球状にして上手く受け止めた。

「しょ……勝者424!」
「ごめんなさい。この状態で安静にしていてね。死にはしないけど暫く動かない方がいいと思ますわ。」
「……うっ……ゴフッ」

 シンと静まり返る訓練場。皆424が何をしたのか分からないと言った面持ちである。
「次は私か〜」
「417?殺しは無しだからね?」
「どう戦った方がいいのかな?殴ったら多分壊れちゃうし」
「ある程度の怪我なら回復薬でどうにかなりますが……お姉さまの場合相手が即死なので……。」
「424も意外とエグいよね」
「お褒めいただき光栄ですわ」

 さて、面倒なルールである。そもそも私は今右腕が使えない。これみよがしに雁字搦めにされており、オルトリンデ監修の緊縛呪文が書き込まれている。
「次!メレイン!」
「けけっ。あっしの姿が見えない連中にゃ何が起きたか分かりゃしないだろうに」
「見えない……ねぇ。」
「では……始め!」

 メレインは周囲の環境に体色を合わせて本人曰く消えていく。
 確かにその場に潜むなら気づきにくいだろうがよく見れば目までは擬態できないらしく黒い瞳だけ宙に浮いている。

「なら、パフォーマンスといこう。」

 見えないものを見せる。しかし、凡そ私の能力自体は使用禁止。怪力だけで彼を戦闘不能にする必要がある。

 だから私は歩き方を変えた。わざと砂埃を起て環境擬態を暴く。
「おや?こんなに早く見破られたのは初めてですな。」
「見えてなくても分かるんだけどね。」
 地面に左の拳を叩きつけ衝撃波を引き起こす。
「うわぁぁ!」

 精一杯加減はした。この訓練場を破壊しないように。しかし、メレインは大分勢いよくぶっ飛び、観客席に激突していった。

「しょ、勝者417!」
「どうも。」 
「……417?相手が生きているか確認しなさい。」
「大丈夫。生きてるよ。損傷も残らない。」
「……。本当にすごいね。意味ある?その鉄環」
「私より怖い人に言われてもなぁ……。相手殺さないようにね416」
「君じゃあるまいし私は大……丈夫 ……信じてないね?」
「お姉さま!ファイトです」

 メレインが観客席に激突する前、私は限定的に空間支配を使いメレインの周りに流れる時間を止めた。その後怪我が残らない程度に細工したのでオーダー全てクリアのはず。
竜眼で見た私の魔力量から推測したのだろう。

「つ……次、ウルフ!」
「やれやれアイツらもまだまだだな。」
「……死んでないだけ十分だと思いますよ。」
「あんたはどうなんだ?」
「殺さないように十分気をつけさせてもらいます。」
「言うね!」
 一呼吸の間に間を詰めるウルフ。しかし、416の尾が横合いから鞭のように撓りウルフを弾き飛ばす。弾かれたウルフは残像を残しながら訓練場の壁を破壊した。
「ぐおっ」
「さて、どうしたものか」
「へへっまだまだァ」
「あら、頑丈なのですね」
「頑丈なのが取り柄なんでな!」

 ウルフは再度距離を詰めると尾の届かないギリギリの場所で砂を撒く。視界を塞ぎたかったのだろうが竜眼で全て見えている為無意味だろう。

 やはり近づいたタイミングで尾がウルフの胴を薙ぎ、再び彼を地に転がす。
「……いってて……。毒に剛力更には竜ときた……。勝ち目ねぇだろ。」 
「止めますか?」
「冗談。」

 ウルフはにやりと笑うと再度間を詰めにかかる。416はまたかと思いながら尾を振るが、ここに来てウルフは尾を躱した。
「1本は返させて貰うぜ!」
 間を詰めきったウルフは鋭い爪を416の首につき立てようと貫手を放つ。しかし、その手より早く416の手が動く。同じく貫手の要領でウルフの首筋を捉えた。
 
ギィン

 金属と金属を打ち合わせた様な音が響き、ウルフの爪が416の首筋で止められる。どうやら爪の方が耐えることが出来なかった様で砕け散った。

「参った」

 どうやらうちの姉は正面から鼻っ柱を折に行ったようだった。

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