罪歌の乙女

神崎詩乃

戦場をかける花

 十か二十か何秒たったか何分たったか忘れてしまった。
 夢中になって槍を振り回した。壊さないように最大限注意を払って。

「ひっバケモンだ!」
「怯むな!こ、攻撃を!」

 既に敵方はあらかた潰走。固めた空間の壁を叩き絶望に包まれている。

 しかしどこの軍にも少しは骨のある人間がいるようで、潰走した連中を囮に少数の分隊が組まれ抵抗してきている。

 しかし、彼らは銃を持っていた。帝国では失われて久しいあの喧しい銃火器だ。まぁ、そんなもの私の皮膚を貫通することは出来ないしさせるつもりもない。

「さて、掃除しないと。」

 槍を振り回す。先端には私に傷をつけた例の咒式が刻まれているナイフを加工してつけた。故に敵の装備ごと一刀で切断できる。

「うわっあぁああああ」

 狂声を上げ、弾幕だけを張る兵士。
 仲間諸共爆裂魔法を使う魔術師。
 神に祈るもの、こちらを悪魔と罵りナイフで自害するもの。手榴弾を抱え、突撃を敢行する者。

 ありとあらゆる手段を用いて私を殺しに来る敵。

 迎え撃つは圧倒的暴力。

 槍のおかげである程度遠くの敵でもらくらく殺れる。戦いにすらならない。
 児戯と呼んでも過言ではないだろう。本当にその程度の他愛のない敵。

 そんな中一人だけ。たった一人私を驚かせる逸材がいた。
常に逃げ惑う軍集団の後ろに立ち、私の攻撃を躱しながら逃げていく。追いかけるとそこには味方ごと発動する罠が仕掛けてある。そして、私の足が止まった瞬間。大質量の銃弾で襲ってくるのだ。見失えば死角から弾を撃つ。それこそ時間を止めなければ対処すら出来ないだろう。

 しかし、頼みの綱の空間支配用の魔力はもうない。そもそも、敵の姿が分からない。何時もちょこちょこ走り待っている。そしてたまに気配が消え、死角から大質量の弾が飛んでくる。空間を伝わる振動から察するに恐らく対戦車用の火器だろうかなりの重さがあるはず。そうポンポン撃てるものでは無いはず……。

「422。敵の中対戦車火器を担いでいるような奴はいる?」
「いいえ。今のところ確認できておりません。」
「先程から砲撃に似た攻撃を受けてる。気をつけて。」
「分かりました。姉上もお気をつけて。」

 422が見えていないのなら相手は火器を使っていない。という事はこれは魔法弾か……。
 しかし、それにしては妙だ。人間が放てる魔力量では無い。何らかの方法でブーストさせたとしてもきっと届かないだろう。
「何者だよ……。多分碌でもないんだろうけど」
 魔力量が減ってきているが相手の数も減ってきており、隔離する空間が少しずつ狭まっている。嘆き苦しむも良し、抗うもよし。死は平等に彼らを貫いていく。

 盾になる友軍も消え、いよいよ先程から喧しい『敵』を見るとそこには薄気味悪い笑みを浮かべた人間がいた。
「信じられない。私の弾が君を傷つけられないなんて……。ねぇ、君はどうやったら死ぬのかな?」
「さぁ?生憎死に方は習ってないんでね。」
 悪寒を感じた。私は本能的にこの敵を脅威と認識した。私が……だ。恐らく姉も同じことを思うだろう。こいつはやばい。
 故に短期決戦を決め、空間を切り取り抹殺する手段をとった。
「んーそれはあまりにも急ぎすぎだな〜。」

 確かに空間を切り取った。頭と胴体だ。生きているわけが無い。にもかかわらず、人間は私の背後を取り、銃口を突きつけた。

「接射なら死んでくれるかな?」

 自分の周りの空間を切り取り、転移する。壁を作っても良かったが既に魔力が限界に近く、耐久性に難があった。

 発射音とほぼ同時だったがこめかみの辺りを弾が通り過ぎ、皮膚が初めて裂けた。
「やってくれんじゃん。人間とは思えないね。」
「人間?いつから私が人間になったのやら。あんな短命種族と一緒にしないでくれ。これでも500年は生きている。君たちとはくぐってきた場数が違う。」 
「そう。なら気をつけることだね。」
既に数箇所。空間を引き裂いてある。不可視のトラップのようなものだ。
「人間でないのに何故戦う?」
「小銭稼ぎの為。もっといえば……私は戦争が大好きだから。」
「あっそ。」

男の持つ火器は近接になれば銃身が短くなりショットガンのように扱える。離れれば大質量魔法弾。打つ手が限られてくる。
『姉上、加勢しますか?』
『いや、やめておきな。422。奴はあわよくば君も狙ってるよ。』
『わ、分かりました。』
『あと、今回は邪魔したら後でシバく。』
『ひっ』
『姉様、その男の素性が割れました。
気をつけてください。その男、ハンターです。』
『ハンター?』 
『殺しのプロです。種族問わず……の』
『幻想種でも例外じゃないか。なるほどね。』
「鬼ってやつはさ。空間認識能力が異常に高いんだろ?どこにいてもバレてしまう。」
 頭部に大質量魔法弾が迫る。もしかしたら……奴は鬼の急所……角を狙っている……?
「200年くらい前かな。君みたいな鬼の里と戦争になって。里をひとつ滅ぼしたんだよね。」
「そう。」
「拍子抜けだったな。鬼と言うからにはかなりの強敵と期待したんだけど。居たのは脳筋のゴリラみたいな連中だけだったし。」
「私には関係ないね。」
爆音と共に弾が迫るが私の数歩手前で軌道を変え大地に突き刺さる。
「……念力か?それに近しい能力か……。」
「さあ、当ててみな!」
 その一瞬の思考が明暗を分けた。
 銃身を短くし、引き金を落としきる前に私がハンターの利き腕を落とす。

「グアッ」
 鮮血が迸り既に赤黒い大地をさらに濡らす。
「どうした?さっきまでの威勢は?」
「君、意外と真っ直ぐなんだな……。」
「あれこれ色々考えるのは苦手だね。それは認める……よ。」
「あー、休戦……しない?」

 確かに引き金を落とす前に利き腕を落としたはずだった。しかし、私の肩に弾丸が貫通し、腕の腱を抉りとって行った。
「お互い腕一本の損失って事で手打ち……ね?」
『姉様!?腕が!』
『姉上!くっ』
「随分と魅力的だね。形勢が逆転したらその潔さ。うんうん。」
「……それじゃまたどこかの戦場で……。カヒュッ」
「おっと。足を一本落としたみたいだね。次は落とさないように気をつけた方がいいよ。」
「……。バケモノが……。」
「私達に二度と関わるな。命を無駄にはしたくないでしょ?」
「命をかけるだけの価値と中身しだいだ。次は殺す。」
「腕と足を治したらまた来れば?その首切り落としてやる」

 男は乱暴に死体を退けるとその場に横になった。傷口からドクドクと流れ出る血のせいか顔は青白くなっている。
『姉様。お戻りください。』
「あぁ。さすがに疲れたし戻るよ。」
 姉から418達の元に戻るように指示を受け、周囲の魔力をかき集めると転移した。
 転移は何とか成功した。視界が開けると妹たちに抱きとめられて即座に拘束される。
「足は縛った!?」
「もちろんですわ」
「よいしょっとやぁ皆。元気そうでなにより」
 妹達が私を押さえつけるべく右往左往している所に416が合流してきた。ご丁寧に竜形態である。
「ぐえっ416……中身が出ちゃうよ。」
「いっそその方が大人しくなってくれてお姉ちゃん助かるな〜。」
「お姉ちゃん。冗談は真顔で言わないでくれる?」
『お姉ちゃん!?417姉様が416姉様をお姉ちゃん!?』
「可愛い」
「そんな呼び方してたんですね。意外です。」
「普段名前呼びでしたしね。」
「可愛いって言ったのは誰?シバくよ?」
「ひっ」

「やれやれ……。怪我の状態は?」
「ボチボチ……ぐえぇッ」
「ちゃんと答えて?」
「……肩を撃ち抜かれてて……二、三日動かせない」
「分かった。それ以外は?」
「えーっと、肋が数本と内臓に……いだだだ」
「全く困った妹だねぇ……。毎度毎度ボロボロになって……心配かけて。」
「ほんとにさ……痛い。」
「417、君が優しいのは知っているけど、もう少し頼りになりすぎる妹たちを頼ったら?」
「……。」
 司令部からここまで急いで飛んできたのだろう。妹思いの姉はその双眸を細めると穏やかそうな表情をうかべた。

「おかえり。」

 無論私の腹部を脚で押さえつけたままである。
「た……ただいま。」
「422、ありがとう。417とともに行動してくれて。」
「いえ、当然です。姉上は少し頑張り過ぎますから。」
「ふふ。君もね。」
「……そろそろ足を退けて貰えないでしょうか?」
「魔力回復したら勝手に逃げ出すでしょ?」
「……。」

 416の竜形態はその後も続き、一日中拘束されていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品