罪歌の乙女

神崎詩乃

クライス平原

 聖教国を出て車で2日ほど進んだ場所帝国帝国領あるフェレーネ山岳地帯。
地理的に丁度中程に位置する今回の目的地クライス平原。普段は自然が豊かな平原が広がっているのだが、今は別のものたちが広がっていた。
 地鳴りのような音を立てて進軍するのは聖教国所属の戦闘人形ドールを載せたトラックだった。幾ら無線通信でドールを遠隔操作できるとはいえ、せいぜい範囲は半径200メルトル。その範囲に通信設備を設けた機体を配備し、超広範囲の独自ネットワークを構築していなければ操作などできない。

『こちら荷車。哨戒機より入電!敵は自国の麓に広がる森にてゲリラ戦の準備に入った!繰り返す……』

 トラックに備わっている無線機がけたたましく状況を知らせる。だが、その無線に誰一人として反応はしなかった。いや、出来なかった。

 『どうした?応答せよ!繰り返す応答せよ!』
『やぁ。すまないな。下はあまりに平和なもんでみんなで昼寝をしてたんだ。OK了解。対ゲリラの用意をしておく。』
『おいおい。サボりは程々にしておけよ。引き続き任務を続ける。』
「ふぅ、何とかごまかせたね」
『少々無茶振りが過ぎていますよ?』
「ありがとう。420姉」
「それにしても意外なまでにあっさりと敵の輸送機を確保してしまいましたね。」
「そうだね。少し妙な感じがする。」
『417、今の通信でバレた想定で作戦を続けて。』
「もちろん。皆。この輸送機は今420の管轄になってる。積荷のことを考えると奪還しに来る可能性は低いけど、何らかの行動に出てくると思っていい。」
『鹵獲したドールを数機、本部に送ります。』
『了解。』
『通信!来ました。敵国本部からです』
『こちらジョンソン。輸送第一に緊急司令。今から送る座標に向かってくれ。』
「バレたね」
『バレましたね。間違いなく罠です。』
「だよね。どうしようか」
『……向かって返り討ちにしたら?』
「簡単に言わないでよ。416今の戦力考えてる?」
『417、418、419、422、424が居て何言ってんの?過剰戦力でしょ』
「敵の数もわからずに突っ込むのは流石にまずいと思います。」
『417、422で偵察、418は応急救護、419、424が攻撃。頑張って。』
「妹遣いの荒い姉様だ。了解。420、座標地点の様子は?」
『衛星画像によると敵性ドールとドローン、地雷、兵士と彩り豊かですね。画像送ります。』
 数秒後、視界端に画像が表示される。
「ちょっと行ってくる。皆は後で来て。416、何処までやっていい?」
『両腕までの解放はいいよ。それ以上はダメ』
「わかった。それじゃ420、皆の輸送は頼んだよ。」
『お姉様、ご武運を。』

 いざ転移しようとした所、422が手を挙げた。
「姉上、私もお供します。今はまだ光があります。きっとお役に立てるかと」
「んー。わかった。422一緒に行こうか。」

 指定された座標に飛ぶとそこは周囲を断崖に囲まれた特異な地形が広がっていた。
「地形が……。魔法でしょうか?」
「あぁ。しかも上級魔導師が10人以上で術式を編む高等魔術だね。一筋縄では行かなそう。」
『攻撃が来ます!』
「なっ」
 周囲の空間を引き裂き、盾にする。すると次々と太陽のような火球が直撃した。
「何故!?」
「魔術工房があるんだと思う。中に入った物なら見えてなくても認識できるのかも!」
「すみません、姉上……。」
「いいよ。それより地上を焼き払う準備して。合図を送る。」
「了解です。」

 魔術工房。フェラルドが以前魔術について解説していた。太古の昔から人々の生活に関わっていて、その力は魔導師を一騎当千の化け物に仕上げる程のフィールドを作り出せるらしい。
 運用の難点として地脈が集中していないと維持が難しく、工房を作れるのは高等魔導師でなくてはならない。高等魔導師は数が少なく、育成にも時間がかかる。熟達した技術が使われているそうだ。

「420、質問あるんだけどいいかな?」
『はい。何なりと。』
「敵集団に魔導師らしき人間っていた?」
『いえ、発見出来てはおりません。』
「魔術工房が張られてる。どこかに必ず張ってる奴がいるはずなんだけど……」
『範囲はどの程度でしょうか?』
「ちょっと待って……複数を同時展開?できるのそんなこと」
『おかしいですね。何かあるとみて間違いないかと思われます。』
「魔術工房の複数展開……そんなの膨大な魔力がいる。ドールで賄うのは無理……どうやって……」
 こんな時、416の眼があれば地脈の流れから何かわかるはずなのに……。
 自分にはない能力をねだっても仕方がない。今すぐ姉の元に飛んで姉だけ連れて来ることは可能だが、姉はこの後会議に参加しなければならない。
『417、落ち着いて。君ならわかるはずだよ。魔術工房は円形に展開されているんだよね?』
「う、うん。」
『ということは円の中央を探してみると良いんじゃない?』
「なるほど。じゃあ、探してみるよ。ありがとう。」

 魔力の流れ、空間の境目を強く意識する。角を伸ばし、自分の魔力を薄く広げて展開し、1つの魔術工房の範囲を把握していく。
暫くして、1つの地点を絞り込むことが出来た。
 すぐさま転移し、上空から眺めるとそこには多数のドールがひしめき合っている。
 その砲門一つ一つがこちらに向けられ、一斉に放たれていく。

 雷鳴のような音と共に空が紅く彩られる。
「いてて……流石に無傷とは行かないかな……。」

 そう呟いた次の瞬間陸上に向けて一条の光が流れた。
『姉上!ご無事ですか! 』
「あぁ。大したことはないんだけど……」

 地上は422の放った光線で数十のドールが溶けた。局地的な温度差による突風が全てを薙ぎ倒し、中心地点の大地が赫く溶けている。

「ほんと……末恐ろしい妹たちだよ。残骸の中にあるかな……魔術工房の秘密……。」
『すみません。合図もなく放ってしまい……。』
「良いよ良いよ。気にしなくて。第二波が来たら相当やばかったし。」
『417、損害は?』 
「……えーと、火炎砲撃による火傷が数箇所、裂傷そこそこ。出血もまぁ、そこそこ。」
『それでわかると思ってる?』
「戦闘続行に問題ありませんサー」
『ならいいんだけど……。念の為418の診察を受けるように。』
「はぁい。」
『相手の損害は?』
「壊滅かな……少なくとも眼下は焼け野原」
『また地図書き換えたの?そろそろ地理院が泣き出すよ?』
『お姉様、そろそろ会議の時間です。支度を。』
『おっと、もうそんな時間か。417、慎重に現場を調査して。魔術工房の複数展開……私も気になるから。』
「了解。まぁ、ほとんど残ってなさそうだけどね」
「すみません……。貴重な情報を……。」
「まぁ、あのままだとやばかったし助かったよ。ありがとう」
 地上をサッと見渡してもそこには何も無かった。先程までの草原も、塹壕も、ドールも兵士の姿すら何も無い。全てが等しく焼き払われ、突風により遥か彼方へと飛ばされた。大地は一部融解し、地層が露出している。


「……。私より広域殲滅力あるんじゃない?」
 422を呼び寄せ、まだ陽の光があるうちに聴いてみる。
「私の能力は天候に左右されます。姉上の方がその点何にも阻まれない。ですが…やりすぎました。」
「良い?422。どんなときも落ち着いて行動しなさい。私達はそう簡単には死ねないのだから。」
「姉上に言われるのも…何か違う気がするのですが……。」
「そうかもね。」

 指摘通り、私は少々やりすぎてしまう事が多い。確かに422に言えた口では無いだろう。
「姉上!なにか来ます!」
「分かっていれば対処出来る。どうやらどこかにまだ高等魔術師がいるね。」

 効かないのが分かっているのか飛来してきた物体は急な角度で曲がり、大地に深く突き刺さった。
「何でしょう……。」
「さっきの攻撃を生き残るってどういうことなんだろう。」
「確かに、出力を誤りましたが……熱量だけなら戦団魔法級でした。」
「恐ろしや恐ろしや。さっきの砲弾の飛んできた方向から察するに……あの辺か。行くよ422。敵がいるだろうから光学迷彩はきちんとしていこう。」
「はい。姉上」

 大凡の当たりをつけて転移するとそこには人間の集団があり、天を睨みながらなにか喋っている。

『クソっ悪魔共め!』
『さっきの熱線は何だ!?あんなの見た事もないぞ!』
『撤収だ!早く!奴らがこっちに来る前に体勢を立て直すぞ』
『了解!』

「……だってよ。どうする?420」
『お姉様?彼らをどうしたいのですか?』
「さぁ?」
『取り敢えずその地点は領外ですし事情を知っていそうな者を拉致してはいかがでしょう。』
「尋問の人選は任せるよ」
『分かりました。お任せ下さい。』
 数人を隔離し、本部へ転移させる。あちらはあちらで準備しているだろうから問題はない。
『おい、ドッコルの野郎を見なかったか?』
『お?さっきそこの箱の上に。あれ?見間違いか?』
天幕を見遣れば箱型の何かを運んでいる兵士とその上官らしい兵士がいた。
 恐らくあれが魔術工房の秘密なのだろう。微弱ながら魔力を感じる。『人間特有』の。
「……反吐が出る。」
「姉上?どうなさいました?」
「胸糞悪いことが分かった。それだけだよ。」
「あの箱ですか……?」
「あぁ、あれからは微弱な魔力が出てる。『人間特有』のね」
「……確かにいい気はしませんね。」
『え?そこにいるのは人間では無いのですね』
「420、視界共有していいよ。見れば大体分かるだろうから。」
『分かりました。』
『それの材料として人間が使われている感じ?』
「あれ?416もう会議終わったの?」
『あれはもう会議とは言えないよ。話す気力も失せてるからこっちに参加させてもらった。』
「姉上、如何しますか?」
「数個は既に送った。あとは……こいつらをどうするかって感じだよね。418達は今どこに居るの?」
『作戦指示のあった場所で待機しています。』
「あぁ。そう。なら……殺る必要は無いか……。」

 無意味に血を流す必要は無いだろう。

「姉上!後ろ!」

 背後に空間結界を張るのと銃声が上がったのはほぼ同時だった。

「数が多いな。」
 タタタッタタタッと子気味よく発射される致死の銃弾は空間の裂け目に吸い込まれ、消えていった。
「姉上!」
「問題ないよ。にしても……どうして君らは私たちが見えたのかな?」
「……っち化け物め」
「あぁ、ねぇ422。光学迷彩中の私たちの体温ってどうなってるの?」
「え?えと……私の力では体温そのものは操作できません。あらゆる光学的な物を操作しているに過ぎないですから。」
「なるほどね。」
 足元に転がってきた手榴弾も空間ごと囲って銃声を聞いて集まってきた敵兵の真ん中に転移させる。
「何があった……ぎゃぁぁ」
「何だ!何が。うわぁぁ」
「……。化け物め。」
「その言葉そっくりそのままお返しするよ。君たちの国は人間をなんだと思ってるんだい?」
「彼らは!彼らは我が国を支える礎になったに過ぎん!」
「ご立派な考えだね。」
「化け物には伝わらない道理よ!」
「ところで君はアレらの事を『彼ら』と言ったね?知っているんだアレらの材料を。」
「グッ」
『417。君の言う通りだ。この魔術工房の材料は……。』
「人間。それも老若男女問わず。」
『……その通り。』
「この聖戦を勝利へと導く礎として彼らは使われるのだ!元々我が国で罪を犯した不浄なる輩。当然の働きだ!」
「度し難いね。」
「はっ。だが、貴様らこの場にいる兵二千人の攻撃に生きて帰るつもりか?殺される前に仲間の居場所を吐け!」
 日は西に傾き、夜がやってくる。
 空間を支配してしまえば楽だが色々と面倒が起きる。
「416。腕環外していい?」
『右か左かどちらかだけなら許可する』
「じゃあ右で。」
「姉上。私は……。」
「補助はできる?」
「光があれば可能です。数万の軍勢にだってなれましょう。」
「心強い。なら頼むよ。」

 ガチャりと右の鉄環が外れる。丁寧にそれを亜空間にしまうと私は武器を取りだした。

「あ、姉上?それは?」
「武器だけど?槍って言うんだっけ?アーカイブにあったから作った。」

 問答無用と言わんばかりに銃弾が襲いかかってくる。後方からは見事な迫撃、前方には集まった敵兵。まさに窮地と言うやつに違いない。ドールの姿は視認できず、魔術の気配も感じない。

『手加減しちゃって……。もう。』

 私が武器を持ったのが珍しいのか興奮する妹達。それに呆れる416の声が狂乱の中微かに聞こえた。


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