罪歌の乙女

神崎詩乃

会談と戦争

 セルキア聖教国教主アーノルド・セルキアは混乱していた。
 先日。ウルムシア帝国に派兵した第一機甲師団の敗北、皇帝の電撃的な訪問。会談の内容は聞かなくてもわかっている。知らぬ存ぜぬを通すのか軍部の一部の暴走としてしまうのか……。既に別の部隊を帝国に派兵しているがそこまで知られているのだろうか。

 胃薬をラムネのように飲みながらセルキアは豪奢なベッドに沈み込み、考えをまとめる。
「教主様、晩餐会の用意が整いました。」
「何?もう整ったのか。クソ……。」
 緊張からか全く思考がまとまらないがここで相手を待たせるのも得策ではない。皇帝がどんな奴なのかも知らないのだ。今は様子を伺い、準備を始めよう。あわよくばここで皇帝を殺し、その首を持って奴らの国を落としてもいい。

 歪んだ笑顔を浮かべるとセルキアは装いを正し、会場へ向かった。

「すまない遅くなった。」
 会場には既に件の皇帝が席につき、傍には人と何かが混ざったような奇妙な者が居た。

「いや。何。そんなに待ってなどいないさ。それより、護衛も連れずとは些か不用心ではないか?」
 セルキアは2年前の会合の場からこの皇帝が誰よりも嫌いだった。常に何かを企んでいるようで、常に先を見すえている。掌の上で転がされているような……。そんな視線が1番嫌いなのだ。
「まさか国家元首が揃ったこの場で殺そうなどという不届き者もいまいよ。」
「それもそうか。では、話をしようか?つい先日我が国に所属不明のドールが来た。」
 やはりその話か……。ここから先は先に出し抜いた方が勝つ……気合いを入れねば……。とセルキアは真っ直ぐに工程を見つめた。
「我々は所属不明のドールに対し警告を発した後それを撃退。何機かを鹵獲した。」
「ほう。大したこと無かったのだな」
「あぁ。幸いな事にな。だが、このままやられっぱなしと言うのも宜しくない。玩具はきちんと片付けねばね。」
「話が見えないのだが?貴殿の訪問の意味はなんなのだ?」
「玩具の後片付けさ。セルキア。我が国の諜報機関は優秀でね。中に入っていたデータや部品に含まれる微粒子等から所属していた国を断定したんだ。」
「それが我が国と?正気か?」
「あぁ。酔狂や狂言でわざわざ身体を動かすことなどしないよ。」
「……そうか。ならば我々も調査に動かねばならないな。我が国の兵器が持ち出された可能性がある。」
「貴国のセキュリティは誰かが兵器を一個師団クラスで運び出せるほど緩いのかね?」
「……。私も常に国にいる訳では無いからな。貴殿の国に対する我が国の風評もある。軍部の誰かが貴殿の国に戦闘をしかけたと考えるが……どうかね?」
「つまり貴君の指示ではないと?」
「私自身が貴殿の国に仕掛ける道理がないだろう?」

 セルキアの真剣な表情を前に、二回りも違うだろう歳の少女が笑い転げた。
「あっはは。」
「何がおかしい!」
 思わず語気を強めたが少女は何食わぬ顔でだからどうした?と聞いてきた。
「……だから、きちんと調査を実施し、逆賊に厳正たる罰を与えねばと……。」
「違う。違うぞセルキア。私はな?片付けを所望しているのだよ。」
「片付け?」
「玩具を広げて、他人を傷つけてしまった悪童を指導するのは親のつとめだろ?だが、出してしまった手を、はいどうぞとしまえるような問題ではない。これはれっきとした犯罪行為であり、ことと次第によっては戦争にも発展する国際問題だぞ?」
「確かに。その通りだな。」
「君はその責任をどうとるのかね?」
「……。少し、考えさせてくれ。」

 少女は笑った。ニンマリと……。さも予定通りだと言わんばかりに……。セルキアは会食の前から覚悟と答えを決めていた。
 そう言えば……この少女の国では非人道的な人体実験が行われ、その成果物が今目の前にいるこの連中だという話を聞いたことがある。本当ならそんな非人道的な国を滅ぼしてしまえと周辺諸国に圧力をかけられる。そして、あの護衛の奴ら……。どうやら話は眉唾物では無いのだ。上手く使えば……。

「嬉しそうだな。何かいいことがあったか?」
「いや何妙案を思いついたのでね。」
「?宣戦布告でもする気か?」
「まさか。」

その後は両者共に一切口を開かず黙々と料理を口に運ぶ。しかし、セルキアにはもはや料理の味などわかっていなかった。

「ふう。中々刺激的な料理だったな。」
「陛下?次から信用出来ない料理には手をつけないでください。」
「それは失礼だろ」
「今回は418の解毒薬があったからどうにかごまかせましたけど解毒が間に合ってなかったら死んでますよ?」
「ははっ。まぁ、国の威厳を保つのが私の仕事だからな。それにしても良くもまぁ国内で始末しようと試みたものだな。私が死んで苦労するのはセルキア本人だろうに」
「陛下が煽ったようにしか見えませんでしたけどね」
「何をいうか……。まぁ、いい。予定変更だ。セルキアは今日動くと見ていい。私を殺すか私を拉致する。恐らく前者。君達には護衛を頼むよ。人間では心許ない。」
「人間じゃすぐ死ぬから中々死なない兵器に頼むって事ですかね」
「418……。看守の言葉だね。それ。彼は少々やりすぎた。彼スパイだったみたいだし、あの主任研究員を唆したのも彼だった。彼は立派に粛清対象だよ。君らは兵器じゃない。」
「どっちでもいいよ!私たちは生きてる。痛みだって感じるし死ぬ事もあるかもしれない!」
「418、落ち着いて。陛下に当たっても仕方ないでしょう?」
「417姉や423だって好きで死にかけてるわけじゃないんだ。スリルのためや遊びのつもりなら悪趣味だ。」
「……悪かったよ。大丈夫。全員死なないよ。1人でも死んだら私がフェラルドに殺される。」
「……。」
『えーと、大変言いにくいのですが姉様達、扉から離れて下さい。連中どうやら強硬策に出るみたいです。』
「420どこから来る?」
「扉ぶち破って閃光弾、窓から催涙弾って所じゃない?」
「417、転移を。場所は装甲車の前。先に私を飛ばしてから皆を。417は残って迎撃をして。ここは任せる。」
「了解。指揮官殿 」

 416を先に転移させ、安全を確認し次第全員を先に転移させる。
『お姉様、くれぐれも無理はなさらぬように。あと、』
「わかったよ。とりあえず私を隔離してっと。」
 亜空間を作り出し、身を隠す。空間の位相がズレたこの空間なら彼らがいかにこの部屋で暴れたところで私に被害はない。

 亜空間に入り込んだ次の瞬間。爆音と共に扉が吹き飛び、眩い閃光が視野を焼く。そして窓からいくつもの催涙弾が投げ込まれ、一瞬で部屋はガスが充満してしまった。

「あれ、私達に効くと思ってるのかな。しかも……生身……?」
『417!無茶はダメだからね!今回迎撃とは言ったけど程々に留めて避難しなさい。』
「はーい」
『ほんとにわかってる?』
「わかってるよ。」
 重りのせいで少し体が重いが、突入してきた連中を姿を見せずに吹き飛ばす。すると直ぐに動きが変わった。

「敵襲!2人1組になって死角を減らせ!敵は姿を消している!」
『「ハウンドワン!敵襲を受けた!数は不明!姿が見えない!」』
『「こちらドック。了解。全員部屋の隅へ移動し部屋ごと弾幕を張れ!姿は消せても身体はあるはずだ面での制圧を心掛けよ!」』
『「りょ、了解!」』

  部屋外へ一旦退避した連中はそこで銃を構えると一斉に発射。爆音と熱い薬莢が床に散らばっていく。
「ぐふっ」

 硝煙の煙が晴れる頃、廊下には赤い水たまりができていた。血を吸った赤い絨毯が部隊のものを吸込み、それらは立ち上がる気配すらない。
 半分壊れた無線機がただ、状況を報告しろと叫んでいた。

「やれやれ、大分派手好きみたいだね。」
『417、状況を報告してくれる?』
「420、視覚、共有していいよ。とりあえず返り討ちにした。そっちは?」
『……。まぁ、大丈夫そうで何より。こっちは装甲車に乗り込んで門を突破した。直ぐに戻ってきて。』
「了解。」

 数時間後、軍部は今回の作戦に当たった部隊を全滅と断定し回収部隊を派遣した。
 戦友の亡骸を前に嘔吐する者、膝から崩れ落ちる者が続出する。

「……おかしいですね。」
「おかしいな」

 そんな中、2人の軍医が首を傾げた。彼の足元にはうつ伏せの死体が転がっており、彼は場違いにも熱心に傷跡を調査していた。

「……背中から撃たれている。ふむ、中佐。彼らは裏をかかれて挟み撃ちにあったのでしょうか?」
「……少佐。君、少しは空気読んだら?」
「そういえば……彼らの部隊はこの部屋に弾丸を浴びせたのですよね……?」
「記録ではそうだな。」
「彼らの撃たれた痕は大半が貫通している。正面から撃たれたのであれば逆の壁に弾痕が残るはずでは?」
「……。確かに。」
「自分らは一体何に喧嘩を売ったんでしょうか……。」
「……まぁ、人間に喧嘩売った訳じゃなさそうだな」
「……。そう、ですね」

 装甲車の上に転移すると416に怒られる事となった。

「やりすぎ。」
「……。いや、あれは……。」
 金色の冷たい視線が刺さる。
『お姉様がた?まだ気が抜けませんよ。後方より高速戦車接近中です。ドールが乗ってます。』
「大分せっかちだね。自国内での死亡なら幾らでも死因偽装が出来るのに。相手の戦力把握できていない状況で外に出て追うか。普通。」
「何か妙なことでもあるんですか?陛下。」
「んー妙といえば妙だね。ドールに脳みそ積んでる国だ。さすがにそんなものポンポン作って次々に送り出してるとは思わないが、ならばなぜ今ドールをこちらに送り込んで来た?」
「戦争データの収集じゃないですか?」

『戦車砲発射されました!お姉様お願いします。』
「速っ無理無理。装甲車の位相ずらして躱すわこんなの。」

「そんなに速いのか?一本試しに欲しいな。」
「生き残ったらにしてください!」
「ねぇ!隊長!提案なんだけど!」
「何?417。」
「陛下先に国に帰さない?非戦闘員を連れて。で、全員で戻ってきて迎撃する。どうかな?」
「陛下を先に帰すのは賛成。ただ、私たちでどうにかできるから417先に陛下を戻しちゃって。それだけなら君が欠けることが無いでしょ?」
「了解。増援はなしね。OK。」
「却下だ416私はまだ帰りたくない」
「亜空間幽閉でもいいですよ?大した手間でもないんで」
「そ、それはやめろ。わかった。先に戻って書類とか用意するから!仕事するから亜空間幽閉はやめろー!」
「420、フェラルドに連絡して。417は陛下を送り付けて。」
『了解です。ッ敵戦車砲撃を再開しました!』
「チッ誘導型か……。まぁ、いい。転移させて敵戦車を行動不能にしてやる」

 砲弾をピッタリと追い、空間を入れ替える形で敵の履帯に砲弾をねじ込む。

ドゴンッ

『敵戦車破壊。流石ですお姉様』
「一旦このまま逃げるよ。」
「逃げるの?」
「私たちには交戦許可が降りてない。ここで必要以上にやれば問題にされかねない」
「わかった。」
『416お姉様。デコイデータを敵の全機種に送信完了しました。』
「わかった。418、装甲車の調子はどう?」
「何とかもちそう!こんなでかい患者初めて」
「良かった。それじゃあフルで逃げるよ。417テキトーに地面くり抜いて相手に送り付けたりできる?」
「できるよ。国の防衛ラインまであとどれ位?」
「3日はかかるね。振り切ったあと転移した方が良いけど」
「転移できる若しくは転移に似た何かができると相手に教えるようなもんだね。」
「今更でしょ」
「確かに。誰が転移させてるか相手には分からないものね」

 会話をしつつ地面を抉りとって相手に送り付ける。その光景はもはや兵器VS兵士のソレではなく相手方も何が何だか分からなかっただろう。
「高速戦車は燃費が良くないからそろそろガス欠のはず。417。転移して。」
「鬼使いの荒いお姉ちゃんだ事」
「良いから!」
「こっちもガス欠だよ。」
『お姉様。私の魔力ネットワークを使いませんか?』
「……。最終手段ね。それ。」
「どれくらいで回復できる?」
「4分位ちょうだい。」
 角をのばし、周辺の魔力を吸い上げていく。勢いよく吸っているので間違いなくセンサー類で検知されるだろう。敵方が後続戦力として戦闘機部隊を出してくるといよいよまずいのでなりふり構っていられなかった。

「準備OK。車庫まで一直線で飛ぶよ。420車庫の映像出して。」
『了解です。』
 装甲車を止め、転移すると既に他の妹達が待機していた。
「「おかえりなさい」」
「ただいま。」
「おかえり。今しがた皇帝が笑いながら戦争を宣言してたよ。民衆も皆賛同。第2機甲師団と第3機甲科大隊が進撃にでた感じ。」
「相変わらず耳聰いねフェラルド。」
「まぁね。」

 本当に、フェラルドは不思議な人である。しかし、フェラルドの意識はオルトリンデの登場により失われてしまった。
「オルトリンデ……毎回やってない?」
「あ、つい……。それより416。お疲れ様でした。しばし休憩といきたいところですがフロール軍事長が敵の情報をくれと要求してきています。」
「敵の情報?今のところ高速戦車数台しか確認して無いよ。あとドールの姿を確認してる」
「わかりました。416の部隊には休暇が必要かと思いますので出征時にまた呼びに来ます。」
「了解。」

 戦争は始まってしまった。
 聖教国は帝国の……恐ろしさをまだ知らなかった。

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