罪歌の乙女

神崎詩乃

デストロイヤー

「416番から424番。出なさい。」

 天井のスピーカーから指示が降り、久々の外を満喫する。周囲は白い壁に囲まれ、そこかしこに私たちの能力を阻害する機械が作動している。

「本日は南東部で発生したテロ組織の壊滅です。訓練とは違い実弾が飛び交うので気をつけなさい。」

 白い服を着た司令官が司令を下す。その命令に背けば死ぬ。それだけは全員理解した上でここにいる。

『君達は兵器だ。ただ人を殺す為に作られた。いいかい?もう一度言う。君達は兵器だ。だから、殺す時は躊躇うな。命令は無視するな。戦って人を殺すのがお前らの役割だ。』

 特に400番台である私達に『親』はいない。全て何かの実験で生みだされた個体だからだ。しかし、その実験は凍結されたらしくこうして裏の組織として活動している。

「417番。ブリーフィング始めるよ」

 リーダーである416番が今回の指示書を持ち、その周りに円を書くように集まる。

 彼女は幻想種『下級竜』と人を掛け合わせて生み出されたもの。艶のあるオレンジ色の髪と爬虫類を彷彿とさせる鋭い眼、金色の瞳、そして首と手首と足首にオレンジ色の鱗を持つ。その鱗は銃弾すら易易と弾き、ナイフでは傷すらもつかない防御力を持っている。

「さて、今回の司令は南東部エレキッドで活動してるテロ組織『黎明の翼』の殲滅。構成人数は105人。主武装はアサルトライフルに対物用狙撃ライフル。地雷も爆弾も増し増しね。奴らは元軍人で街でも根強い人気を誇るテロ組織で、今回は南東部の罪人収容所を狙うみたい。」
「概要は分かった。作戦は?」
「……。……。任せる」

 仲間の事を知っているからこそ作戦など意味は無いと知っている。私達は個で軍。個人戦闘力を持たない者もいるがそれでもただ武装した人間よりは遥かに強い。
「分かった。420番。チャンネルを全員分繋いで」
「はーいお姉様!」
 星の精霊と呼ばれる精霊と人間を掛け合わせた420番が全員の通信装置となる。彼女は直接戦闘力はないが敵対者の思考を乗っ取り、操るなど搦手を得意とする。普段は実体化しているが戦闘時は霊体化し、物理攻撃を無効にしている。

『にしても、どうして争うんだろうね』

 誰かが詰め込まれた輸送機の中で呟いた。
『そりゃ何かあるからだろうけど私達には何も関係ないよ。』
『まぁ、そうだね。私達はただの暴力装置……だもんね。』
『そういうこと。』

 そう、私達は聖都ヘイズが生み出した剣。
 この命令書は司令の指示。ならばその通り行動しなければいけない。

 雑談は輸送機から放り出されるまで続き、416番が『静かに!そろそろ降りるよ!』
と言わなかったらきっと永遠に続いていただろう。

 戦闘人形ドールが戦線に配備され、戦争に人間が駆り出されなくて済むようになってから半世紀。既に銃の撃ち方なんて知らないものの方が多いのにウェルゲンは愛銃の手入れを欠かさなかった。分解し、消耗したパーツを取りかえ、油を刺し組み上げて空撃ちを数発。

「ウェルゲン?会議中くらいそれ、手放してくれる?」
「やなこったレイリーこいつは命綱なんだぜ?早々手放せるものか。」
「ここは安全よ?」
「安全なのはこの国の外だけだ。そして俺達は外に出る事すら出来ないのだから安全な場所は無い!断言出来る。」
「……はぁ。まぁいいわ。」

 机の上の置物がカタカタと揺れ動く。その様子を見たウェルゲンは即座に明かりを消し、床に伏せる。
「そら、来たぞ。『黎明の翼』の連中は皆殺しにされるな。」
「派手にやってたものね」
「あぁ、だから俺達は奴らの蹂躙を目撃できる。」
「えぇ。おぞましい……演劇の一部始終を……。」

『420番。現在時刻と風速、風向を』
『はい。時刻は2306。風速2メルトル、風向は北向き。終始追い風です。』
『ありがとう。では皆?一人も欠けることがないように。掃討作戦開始!』

 月明かりの下。静かに息を吐く。遠くで誰かが会敵したのか微かな銃撃音がした。それを大して気にするまでもなく歩を進める。しばらく進むと曲がり角の先から丸いボールのような物が投げ込まれた。それが床に触れた瞬間。高温と爆音が金属をぶち破り、襲いかかる。

「スモーク!早くしろ!」
「おう!」

 奇妙な武装をした機械の集団が現れた。彼らはドール。正式名称『戦術機械化歩兵』戦死者を出さないよう遠隔式の兵器が開発され、こうして素人でも扱えるほど浸透した代物だ。

『ねぇ416。リミッターはどこまで解除していいのかな?』
 私の両腕と両足、それから首に取り付けられた鉄環を見ながら416は心底嫌そうな顔をして『右腕。それ以外はだめ。』と言った。

「えぇ……この有象無象を駆逐するのに右腕しか使っちゃダメなの?」
『仕方ないですよお姉様なら右腕だけで十分ですし』

 420が援護にまわり、ゴトリと右腕に付けられた鉄環が落ちる。

「……うん。という訳で右腕縛りね。」

 煙の中豆鉄砲が皮膚を撃つが鬼の血を引く私にとってそれは痛痒にならず、勢いを失った弾を拾って投げた。

 ボコンッ

テキトーに投げたつもりだったが衝撃波と弾丸の崩壊により4機ほど破壊に成功した。

 そのうちまだ息のあるドールの頭部を持ち上げると一言伝言を頼んだ。

「迎えに行くから。そこで待ってろよ?」
『お姉様。怖すぎる』
「最短距離で行こう!」
 久々の自由な右腕に少しテンションがあがっていた。
 空手という格闘技を以前どこかのライブラリーで読んだことがある。そこに書かれていた「瓦割り」を真似て無造作に床を殴った。

『あっ417!床を破壊するなら……ぎゃー』
『え!?床が!うわぁぁ』
『お姉!一言いってよォォォォ』
『お姉様、床を無闇に破壊しないでください。』

 非難轟々。建物は見るも無残に崩壊し、瓦礫の山を築き上げる。

『悪い。思った以上に建物が脆かった。』
『417?次同じようなことやったら夕飯抜きだからね!』
『酷いなぁ。まぁ、気をつけるよ。』

 瓦礫の山から赤い液体が流れ出る。黎明の翼の連中だろうか?皆一様に同じ服を纏い、崩壊した建物の瓦礫に押し潰されていた。その様子は宛ら潰れたトマトのようである。

『418、生存者は?』
『416、竜眼で分かっているでしょうに。一人だけ人の形を保ってるやつがいる。トイレにでもこもってたのかな?』
『ほんと……右腕のリミッターだけでここまでの被害を出すとは……恐ろしい妹だ……。』
『許可したのは416じゃない。』
『まぁ、そうだけど。423生存者の状況は?』
『トリアージするなら真っ黒。生きてるのが不思議なくらい。だけど、助からないね。』
『情報は?』
『今抜いてる。』

 423のいる所へ向かうとそこには上半身だけとなった肉の袋が落ちていた。

「黎明の翼。本部は西南東都市『アルム』構成人数は1800人。ここにいたのは100人弱。本部は今回の件を1部の暴走として処理する予定……だってさ」
「へぇ。」 

 右腕に再度リミッターとして鉄環を装着するとチラリともはや死体と変わらない肉袋を見た。
「……し……しね」

 最後の力を振り絞って肉袋はスイッチを押した。
「423!伏せて!」

 咄嗟に空間を隔離して爆風を防いだが貴重な情報ソースを失った。

「ごめんなさい。油断した。」
「慢心は身を滅ぼすよ。死にかけは特に怖い」

 なんてことは無い。周りに人はいない時間帯を狙ったので人的被害は一切なく。こちらの損耗はゼロ。反逆者は皆殺し。ミッション完了。よくある日常のささいな一幕だった。

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コメント

  • seabolt

    展開早くて臨場感すごい

    0
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