もう俺、女の子でいいや

くいな

事故

     俺、陸原 光は、今危機的状況にある。
    それはスーパーの特売を逃しそうなのである。友達の勉強会に付き合わされ、気付いたらこんな時間。なんとか誤魔化して勉強会を抜けれたが、貧乏な俺にとって大事な大事な特売日を逃すわけにはいかない。
    俺は全力でペダルを踏みしめ、チェーンにただいなる負荷をかけながら、近所のお世話になっているスーパーに向かっていた。
    学校の門をくぐり、車道に沿って自転車を走らせる。いつもの並木道を通らず、ショートカットするために橋をわたる。
    やばい。スーパーのお買い得商品が売り切れになっちまう……たまごが買えなかった日には姉の怒りを間違いなく買うだろう。
     だらだら汗を流しながら、それでもスピードを殺さず、スーパーのある道路の通りを進んでいく。
    端から見たら、ただの迷惑な自転車なんだろうが今はそんなこと気にしていられない……ここは恥より、姉に刈られないための必死さが必要だ。今のペースで向かえば、なんとかたまごは死守できるだろう。
    しかし、視界の先の赤になりなりかけの信号が俺を阻もうとしている。突っ切ろうかと思ったがここは安全策をとって止まる。
    ――止まるはずだった。ブレーキをかけた途端に後ろのほうでガコンと凄まじい音がする。すぐに音の正体は察しがついた。自転車のチェーンが外れた音だ。
   前輪のブレーキにより、自転車は不思議な縦回転を起こす。
   俺は、そのまま自転車ごと道路に放り投げられた。

    「あ……?」

    空中での滞空時間がゆっくりに感じられる。絶望がじわじわと伝い歩く感触が背中をなぞる。
    背後では悲鳴や逃げろなどの怒鳴り声がスローモーションのように響き、すべての人が、ある一つのものを見ていた。
    トラックだ。こちらに突っ込んでくる悪意ない普通のどこにでもいるトラック。
    下敷きになれば、洒落にならないどころかたぶんそんなこと考える暇もないくらい一瞬だろう。
    逆にぶつかって吹き飛ばされたら、運が良ければ命は助かるかも知れないが、ベットの上で一生を過ごすことになるだろう。
    選択肢を選ぶことなく俺は目を閉じた。

  「姉貴…ごめん」
    

    

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く