怠惰な僕が竜となって

音絃 莉月

2話 力の下地

自分の今の姿を確認したところで、殻から出ようと思ったのだが、大丈夫だろうか。

周りは紫の湖。透き通っていて毒々しさは感じないが、前世の自分は金槌なのだ。
今世も泳げないのか、どうなのか。

親が生んだのなら種族としては危険な物は周りにないだろう。魔物によく聞く自然発生とかでも同様。
邪神様が静かな場所として此処を選んだとしても、竜の天敵とかはきっとないだろう。
目の前の湖には危機感を感じないし。

ただ、生まれ来る子が泳げないなんてきっと親は想定出来ないだろう。
自然発生でもそう。種族的な危険はなくともきっと個体としての危険まで把握出来ない。
邪神様も記憶を覗いたとはいえ断片的なものだと言っていた。もしかしたら金槌である事は知らないかもしれない。

出ないといけないのは分かるが、生まれてすぐ溺死とか嫌だ。

《湖に危険性は有りません》

うんうんと悩んでいると何処からか声が響いた。
......いや、溺れたら嫌でしょう?

《今世の御主人様は泳げます》

声の正体は分からないが、なんとなく聞けば今の悩みが解決する気がしたのだが、予想通りに完璧な答えが返ってきた。

声の正体への興味よりも、神秘的な湖への興味の方が勝ったので取り敢えず殻から飛び込むように湖に入ってみた。
水温は外気に比べ少し低い程度。
水面に浮上する事を意識しながら手足を動かせば、楽に思うがままに移動できた。
そして水面に向かって泳いでいる途中でふと気がつく。水中なのに息が出来ている事に。
エラ呼吸が出来る種族なのだろうか?

《御主人様は湖の魔力から生まれた存在ですので、湖が何かの障害になるなど有り得ません》

適当に謎の声に尋ねてみれば、返答が返ってきた。どうやら僕はこの湖から生まれたらしい。だから、呼吸が出来るのか。細かい理由は追々調べよう。
じゃあ、他の海や川とかはどうなのだろう。

《呼吸は出来ませんが、幼い今の身体でも最低一時間。成長すれば約一ヶ月間、無呼吸状態を維持可能です》

流石は竜と言うべきか。大分長い時間息を止められるらしい。前世にもいたなぁ。そういう動物。
暫く水に浮くという感覚を楽しんだ後、陸地に上がってみた。陸地に上がって思った事。

......湖の方が楽でいいな。

浮力というものがないと、竜とはいえ生まれたてでは割と疲れるらしい。
生まれたての子鹿ほど大変ではないが、湖の中の方が落ち着くのだ。

ふと後ろを振り返り水面に浮く卵の殻を見ると、光の粒になって空気に溶け始めていた。
卵の殻は初めの食料かと思っていたのだが。

そういえば、何を食べれば良いのだろうか。
お腹は空いているのだが、食料がない。

《御主人様は魔力を摂る事で食欲を満たす事が可能です。魔力は呼吸や食事などで外界の物を体内に取り込む事で共に摂取しますが、御主人様の場合コツを掴めば周りのもの全てから直接取り込めます》

周りのものというと、植物とかこの湖とか?
魔力の宿った物じゃないとダメなのかな。

《この世界のもの全てに魔力は宿っています。その量や質は変わりますが、大地や湖、海や空気、勿論植物や魔物などの生き物も》

へぇ〜、それは出来ると便利だなぁ。

触れれば出来るだろうか。そう思い、近くに咲く紫の彼岸花に手を伸ばした。
綺麗で毒々しい前世の誕生花に触れる直前、軽い痛みが腕から全身に流れた。

《その花はこの世界でシライリと呼ばれ、本来はライリと呼ばれる赤い花なのですが、魔力の密度が高い土地では稀に紫色の変異種が咲くのです》

彼岸花は見た目も花言葉も、吉兆と不吉を予感させるそのイメージも大好きな花だ。
赤い色が毒々しくて好きだったけど、紫も違う意味で危険な香りがする。

《赤いライリは獣人族も殺す程の毒を持ちます。白いシライリは触れた者の魔力を枯渇させます。死にはしませんが魔力枯渇による行動不能はかなりの危険を伴います。
そして紫のシライリは触れた者に紫色の雷を放ちます。中位の竜を殺すほどの威力を持ちます》

思ったよりも凶悪だった。そこまでの防衛をするのなら、この花は何か価値あるものなのか?

《そうですね。触れる者に死を齎す。危険な花として多くの人が認識しています。ですが同時に、どの色でも膨大な魔力を有しており正しい使い方をすれば死者蘇生すらも可能であると噂されています》

この世界でも彼岸花はそういう立ち位置らしい。死者蘇生か。
どれ程のリスクがあろうとも、どれ程の運が必要になろうとも、いざとなればただの花の噂だったとしても、きっと縋る者もいるのだろう。

そういや、触れていれば魔力を得られるなら湖に浸かれば良いのか。

《はい。湖に浸かり自らの内と外の魔力を感じる事から始めましょう。湖の魔力は御主人様と相性が良いので、楽なはずです》

謎の声からの肯定が返ってきたので、もう一度湖に浸かる。やっぱり、湖の方が自由に動ける。
浮力を存分に堪能したところで一気に潜る。
湖はかなり深いようで底は見えなかったが、どれだけ潜っても地上の光は届いていた。

目を閉じ魔力とやらを探す。幸いにもシライリの電撃を食らった時、全身を揺らされるような不快感を覚えていた。
きっとこの身体は魔力の塊だ。もしかしたら繁殖種は違うのかもしれないが、少なくともこの身体は魔力で出来ている気がした。

自分の身と周りを感じる様に集中すると、安定した静かな魔力の中に不安定に揺れ動く魔力を感じた。きっと安定しているのは湖の魔力で、不安定なのは自分の魔力だろう。
生まれてすぐは魔力が安定しないのか。

感じ取った湖の魔力を皮膚に浸透させ体内の魔力に少しずつ馴染ませる様に念じてみた。すると周りの魔力が想像通りに動き、徐々に空腹感が薄れてきた。

暫くそれを続けると満腹感を覚え始めたので食事を終え、水面に顔を出す。
満腹感と共に空気を顔に感じて思った事。
......引き篭ろうかな。

《御主人様は役目を果たすべきです。私はその為に貴方を補助しているのですから》

勿論冗談だが、半分本気の思いを感じ取り、謎の声が釘を刺してきた。
別に役目を忘れたわけじゃないから、安心してほしい。......凄く面倒だけど。

湖の魔力を操り、遊びながらようやく謎の声に興味が向いた。
きっと邪神様の言っていた力の下地というのが、竜の潜在能力とこの声なのだろう。

《御主人様は唯の属性竜ではありません。この世界に数体しか存在しない魔竜です》

謎の声は知識の提供が役目なのだろうか。
なら、属性竜と魔竜の違いって?

《属性竜は繁殖により産まれる竜で、それぞれの属性を持ちます。魔竜は自然発生により生まれる竜で魔力との親和性が高く、あらゆる属性を操れます。寿命も知力も肉体も、あらゆる点において属性竜をはるかに上回ります。正確には神竜と呼ばれますが》

それなら、最強の竜という認識で良いのだろうか。

《......今は魔竜が最強の種です》

微妙な間があった気がする。それに『今は』って言った。昔に滅びた最強種でもいたのだろうか。

《神竜と呼ばれるのは、魔竜と聖竜です。聖竜は勇者の極一部が過去に何度か生み出しています。聖竜は魔竜の唯一の天敵と言っても良いでしょう。個体差はありますが、魔竜と同等レベルの能力を持ち、聖と魔という相反し互いに弱点となる性質を持つのです》

聖なる竜とは、勇者と並べば絵になりそうだなぁ。今は魔竜が最強というのなら、今はいないのだろう。過去に生まれた聖竜はどうなったんだ?

《神竜は基本的に寿命を持ちませんが、番の契約を結べば相手と死を共にします。魔竜は自由ですが、聖竜は生まれた頃より勇者と番の契約を結ぶのです》

生まれた頃から誰かに縛られるなんて、絶対にやだなぁ。この世界に飽きた時は、番を作って相手を殺せば良いのか。

《......》

大丈夫だって、最低限の役目は果たすよ。

ところで、結局君は何なのさ。ずっと頭に意思が響いてくるんだけど。

《私は自律型補助演算装置です。御主人様の思考、知識、それから魔法の補助においてのサポートを担います》

アドバイザーみたいなものか?知識ってどれ位あるの?

《私は創造神の記憶アカシックレコードの一部にアクセスする事で、この世界に於いての一般常識、又は共通認識レベルの高い事柄について把握可能です。許可と魔力さえいただければ、個人の記憶や過去ですら把握可能となります》

......かなりの高スペックだった。
共通認識レベルっていうのは、所謂知名度みたいな感じだろう。
多くの人が知る情報ほどレベルが高く読み取りやすく、限られた人しか知らない情報ほどレベルが低くなり読み取りにくい。

個人情報すら入手し放題だし、弱みも握り放題じゃないか。

《あのお方の一部の権能から私は生まれたのですから、この世界の事柄を把握する事など容易に可能なのです》

なるほど、神の力の一部ならそのくらい出来るのだろう。
......にしても、僕を輪廻の輪から誘拐するのにも多くの力を使って、更にはかなり重要であろう権能を託すなんて。

あまり期待なんてして欲しくないんだけどなぁ。

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