怠惰な僕が竜となって

音絃 莉月

1話 転生先は

ふと、微睡みの中から意識が浮上する。
ゆっくり目を開けると辺りは黒と白のマーブルの空間だった。地に足をつける感覚はあるが足元を見ても地面との距離感が測れない。
壁も同様で黒と白が無限に広がるかのような感覚である。

『成功したか。初めまして、邪神です』

......んぉ?
いきなり頭に声が響いたと思ったら、思い切り悪役宣言を受けた。
こういう場合は恐れた方がいいのだろうか。でももう死んでるし、邪神なんかに抵抗したところで勝てるわけないし、無駄な事をする必要はないだろう。

「初めまして、元人間です」

『元って、まぁ死んだしな。......でも記憶の浄化はされてないのに、冷静すぎるだろ』

「そうですね。死ぬのは分かってたので、今更慌てませんよ」

目の前にいる人型の何かを観察しながら、適当に返事をする。神々しさと禍々しさを兼ね備えた不思議なオーラを感じる気がする。

『死ぬのが分かってたって、病気か?』

「いえ、他殺ですよ。義弟おとうとに金目当てで殺されました」

『はぁ?なんで殺されるのが分かってて、先に殺らなかったんだ?』

「どっちでもよかったんですよね。あの世界はもう興味が湧かなかったので、黄泉の国なら何かあるかと思って。それに、完全犯罪を行うのも警察から逃げるのも面倒ですし」

ちなみに、今の興味の対象は邪神さんの姿である。呆れてる表情を浮かべているのはわかるのに細かいパーツが認識出来ない。美形なのはわかるんだけど。不思議だ。

『んー、取り敢えずちょっと覗くぞ』

そう言うと邪神さんが掲げた右手から出てきた黒と白の光が僕を包んだ。暫くすると光は周りに溶け込むように消えていった。

『まぁ、これなら大丈夫か』

よくわからないが、何か一人で納得したらしい。教えてくれる訳では無さそうなので聞いてみた。

「なにしたんですか?」

『ちょっと記憶を覗いただけだ。断片的ではあるがな』

今の少しの間に記憶を覗かれたらしい。興味の対象が邪神さんの姿からその力にまで広がった。

『さて、お前には俺の頼みを聞くために取り敢えず転生してもらうぞ』

どうやら拒否権はないらしい。まぁ、薄々予想してはいたが。

「一応聞きますけど、拒否権はーー」

『ないぞ』

「............」

素晴らしい即答だった。

『わざわざ、永き時の中で貯めた力の殆どを消費して輪廻の輪に還る前に、魔の物に好かれやすい魂を攫ったんだ。逃がす気はない』

こっちの都合とか一切関係無しだけど、神様だし気にもしないのだろう。

『だが、転生先の条件があるなら言え。叶えられるものは叶えてやる』

......一応の配慮なのだろうか。
それにしても、転生先の条件か。

「新しい世界はどういう世界なんですか?」

まずはこれを聞かないとダメだ。空を飛ぶ能力を求めてそれが叶ったとして、鳥だけの世界とかだと絶対後悔する。

『簡単に言うと剣と魔法の中世風ファンタジーだな。ただ、魔法のお陰で中世とは言っても生活水準はそれなりに高いが。獣人や魔族もいれば魔物もいる。勿論人間もいるぞ』

人間の事をやけに強調していたが、正直どうでもいい。
剣と魔法のファンタジーか、ふむ。

「なら人の諍いに巻き込まれない生命体で、平穏を崩す外敵を返り討ちにするための力が欲しいな」

『ならば人間を含む亜人以外の魔物として、力に関しては願いの都合上強くないと困るからな。ただ、いきなり強い力を与えても使い熟せないだろうから、力の下地をやろう。後は生まれる場所は静かな所にしておくぞ』

なるほど、それなら大丈夫だろう。来世も自由気ままに生きたいのだ。魔物になるとして例え下地があっても、生まれた場所が戦地ど真ん中だとすぐ死ぬし。

「それで、願いって?」

『あぁ、それはーーー』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夢が終わる感覚がする。
浮上する意識に合わせて目を開けた筈なのになにも見えなかった。
......ん?目が無い魔物になったの?

取り敢えず動いてみようと適当に身動ぎすると、なんか粘っこいモノに包まれているのが分かった。不愉快な感覚にさらに身体を動かす。

「ーーっ!?」

立とうとしたら『ゴンッ』と後頭部を硬い何かにぶつけた。鈍痛が暫く続いたが、なんとなくそれを割ればいいのだと直感した。
覚悟を決めて前の壁に頭をぶつける。何度も何度も。僕マゾじゃないのにと思いながら。

「〜〜っ」

クラクラしてきたところで壁に大きな亀裂が走ったのが分かった。
もうぶつけるのは嫌だったので、丸まっている体を広げることで壁の破壊を試みる。
かなり力が必要だったが、無事に上の壁が壊れ光が入ってきた。光を求め壁の中から頭を出した。
そして達成感のままに叫んでみようと声帯を震わせたのだが。

「キュ〜〜〜〜」

僕の新しい口から出て来たのは、なんとも可愛らしい声だった。

さて、予想外の声に少し気が抜けた所で、転生先を確認する。周りを見て思ったこと。

辺り一面紫一色とは。さすがファンタジー。

藤の木らしきものにマツバギクっぽい花。勿論葉っぱとか木の幹は紫じゃ無いが、紫の水晶に辺りを舞う紫の綺麗な蝶。紫のヒガンバナも咲いている。
そして何より、紫の宝石の様に透き通った湖が、紫の印象を強くする。決して毒々しい色では無く、太陽の光を浴びて煌めく様は神秘的な景色を見せる。

今僕がいるのはその大きな湖の上。ちょうど真ん中辺りの水面に卵が浮いているのだ。
浮いているとは言っても水面に立っていて揺れもしない。まるで氷の上に置かれているように。でも、風に吹かれ湖の水面は緩やかな波が出来ている。それが無かったら氷の湖だと思ってしまうだろう。

今の僕は爬虫類の様な手に、長い尻尾。そして肩甲骨の辺りに何かが付いている。まだ、痙攣する程度にしか動かせないが。
卵の中から湖を覗き込んで、水面に映った姿を確認する。紫の湖では色は分かりにくいが形は分かった。少しシュッとした顔をしているが、確かに幼さを感じ、爬虫類特有の冷たく無機質な瞳は、恐らくだが紫色だと思う。

その姿は、所謂ドラゴン、または竜と呼ばれるものだった。

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