最果ての闇

黒猫

乾坤一擲

翌日の朝、玄関のドアが開く音を聞いた冬香は即座に目を覚ました。周囲に気を巡らせ、気配を察知する。
警戒しながら棚に置いてあった刀を握ると玄関へと向かった。冬香は玄関にいた人物を見た瞬間、瞳を見開く。
「豪、その腕どうしたの?」
玄関に立っていたのは腕から大量に血を流している豪だった。
「少し、無茶をしただけだ。気にすることはない」
豪はそう言っているが傷は深く、明らかに血が流れすぎている。このままでは大量出血で死に至る可能性だってあるかもしれない。
「治療しないと命に関わる。傷口、見せて」
冬香はそう言うと豪を部屋まで連れて行った。

豪は冬香に傷の手当てをしてもらっている。豪の傷は冬香が思っていたほど深いものではなかったが十分に痛々しい。冬香の施した治療は気休め程度のものだったが一先ず一命は取りとめたと言っていいだろう。
「ん、終わり。これで大丈夫」
冬香はそう言うと豪へ笑みを見せた。
「随分と手際がいいな」
豪は感嘆しきりといった様子だ。実際、冬香の治療速度は驚異的なものだった。冬香は豪を部屋へ連れて行くとすぐに傷口を消毒し、止血剤と造血剤を投与するとその上から包帯を巻いた。
たったそれだけの作業だがだからこそ手際の良さが物を言うのだろう。
「昔から自分の傷は自分で治療してたから慣れてるんだよ」
冬香は自嘲気味な笑みを浮かべそう答える。
「そうか。話は変わるが三日後の序列戦に出るつもりはないか?」
豪が冬香へそう問うと冬香は少し戸惑いつつもその問いに答えた。
「出られるなら出てみたい」
豪の言っている序列戦とは黒猫機関が独自に行っているグループ内での序列を決めるためのものだ。黒猫機関は実力さえあれば誰でも入ることが出来るので日々構成員が増えていく。その構成員に序列をつけるため行われているのがこの序列戦なのだ。
冬香は先日、正式に黒猫機関へ入った。まだ序列戦には出たことがなかったのでいずれは出場出来るだろうと思っていたが、まさかこんなに早く機会が巡ってくるとは。
「なら、出場してみろ。お前の実力なら幹部入りは間違いないだろう」
豪はそう言ってくれたが冬香には若干の不安があった。今の実力で本当に幹部入りなど出来るのだろうかという不安が。するとそんな冬香の心情を察したのか豪が予想外の言葉をかけてくれた。 
「そろそろ自分を信じていい頃だ。今のお前はもう十分あの頃を超えている」
冬香はその言葉に瞳を見開く。だがすぐにいつもの笑みを向けると力強く頷いた。
「うん、分かった。出場してみる」
冬香の瞳に迷いはない。覚悟を決めた冬香を見た豪は少しだけ口角を上げると冬香に日時と場所を指定し、去っていった。

そして、序列戦当日。冬香は前日に豪から指定されていた場所へ来ていた。予定よりも少しばかり早く着いてしまったのでまだ誰もいないと思っていたのだが、試合会場の観客席はほぼ全て満席になっている。
冬香は観客の多さに圧倒されながらも控え室へと移動すべく歩き出す。目的地である控え室へと辿り着いた冬香は予め部屋で待機していた豪と合流した。するとすぐに豪から何かの資料を渡される。
「試合相手のデータだ。一通り目を通しておけ」
「うん、分かった」
冬香はそう答えると近くにあったソファへ座り、豪に手渡された資料へと視線を移す。今回闘うことになったのは黒猫機関序列十一位、凶星の戦士こと立花聖だ。剣と槍を使った戦術が中心で冬香との相性は良い方だろう。毎日新と立ち合いをしているので剣使い相手になら上手く立ち回れるはずだ。
冬香がそんなことを考えていると試合開始時間五分前となっていた。
「そろそろ移動するね」 
冬香は豪にそう告げると豪の返答も聞かずに控え室を後にする。
緊張した面持ちで試合会場のゲートをくぐると試合相手である立花聖は既にステージへ立っていた。
「あなたが今回の試合相手ですか?」
いきなり聖は冬香にそう話しかけてきた。口調は丁寧だが瞳は鋭く圧倒的なまでの鬼気が潜んでいる。手には短刀を持っているが他にも刀を所持していた。
「そうだけど…何か?」
「いえ、ただ随分と舐められたものだと思いましてね」
聖はそう言うと嘲るような笑みを見せた。聖のその態度に冬香は不愉快極まりない様子だったが挑発に乗ることはしない。あくまでも冷静を保ったまま冬香も挑発し返す。
「そう。でももし仮にあなたが私に負けるような事があったらどうするの?」
「私があなたに負けるとでも言いたいのですか?」
聖は怒りを隠すこともなく冬香を睨みつけるとそう言った。
「そんなことは誰も言ってないでしょう?でも私はあなたに負けるなんて微塵も思っていない」
冬香が聖の問いに答えたその時、試合開始を告げるブザーが鳴り響く。
次の瞬間、二人は同時に動き出していた。





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