最果ての闇

黒猫

有為転変

「お前の母親の仕事は…マフィアグループの暗殺者だ」
「え…?」
初めて母の仕事を知った冬香は驚きを隠しきれなかった。冬香の心に言いようのない虚無感が広がっていく。それと同時に新たな疑問も浮かんだ。
「お母さんは…強かったの?」
「あぁ、俺のグループで一番強かった」
「そう…だったんだ…」
冬香は己の心に浮かんできた感情に振り回されていた。何故、母は何も言ってくれなかったのだろうか。何故、何も教えてくれなかったのだろうか。何故、私を捨てたのだろうか。私は母に愛されていなかったのではないか。
捨てられた時は、辛いだけだった、悲しいだけだった冬香を心の声が苛んでいく。もう、冬香の心は限界だった。
母に捨てられ、驚きの真実を聞かされたこの状況下で誰が冷静を保っていられるだろう。半ば、壊れかけていた冬香を男の声が現実へと引き戻す。
「ところで、美晴はどうした?一緒じゃねぇのか?」
その問に冬香はびくりと身を竦ませる。
「お母さんは…どこかへ行っちゃった。私…捨てられちゃったの」
冬香は瞳に涙を溜めながらそれだけ絞り出す。
「そうか。聞かれたくねぇこと聞いたな」
男はそう言うと息を吐く。
「それで…行く宛はあるのか?」
その男の問に冬香は首を横に振る。
「ない…」
今の冬香に行く宛などあるわけもなく、正直に答える。
「なら…俺の家に来るか?」
冬香はその発言に目を見開く。母の知り合いに引き取ってもらえるなど、そんな都合のいい話が本当にあるのだろうか。
「いいの?」
「あぁ、これも何かの縁だ。引き取ってやるよ。俺は城ノ内豪。よろしくな?」
「うん、よろしく」
冬香は差し出された手を取った。その選択が今後の人生を変えてしまうとも知らずに…

冬香が豪に連れて行かれた先は、絶句するほど広い屋敷だった。下手すれば屋敷内で迷子になりかねない。冬香は今、豪に屋敷を案内してもらっていた。
屋敷には豪以外誰も住んではおらず、一人で住むにはいささか広すぎると、冬香は内心でそう思っていたがそれを口に出すことはない。
「それで…ここがお前の部屋だ。好きに使え」
「分かった」
「じゃあ、何かあったら呼べ」
「うん」
豪が部屋から出ていくと冬香はベッドへ倒れ込む。今日はいろいろなことがありすぎた。本当なら荷物などを片付けるところなのだが生憎と荷物は一切ない。だが、いつもは暇に感じるこの時間さえも今の冬香には頭と心を整理するいい機会となっていた。
まだ、全ての疑問が消えたわけではない。それでも生きていくためにはいつまでも泣いている暇はなかった。段々と落ち着いてきた冬香の心に新たな感情が生まれる。
許さない。私を捨てたこと、後悔させてやる。冬香の心に生まれた新たな感情は怒りそのものだった。いつか必ず復讐する。冬香はこの瞬間を境にあることを決意した。
戦闘を学んで、母よりも強くなる。何年かかっても、絶対に母を超えてみせる、と。
ちょうどいいことに、豪はマフィアグループのリーダーと言っていた。なら、戦闘経験もあるのだろう。豪に教えて貰えば、私でも強くなれるかもしれない。
そう考えた冬香はベッドから起き上がると部屋を飛び出し、豪の部屋へと急いだ。

少しの間走ると冬香の目前に豪の部屋の扉が迫っていた。冬香は走っていた時と変わらない速度で扉を開く。
「私に戦闘を教えて!」
部屋に入るなり冬香は豪にそう叫んだ。
「いきなりどうした?」
豪はしばらく硬直していたがいつもと変わらない口調で冬香にそう聞き返す。
冬香は部屋で考えていた事を全て豪に話したが、復讐したいということだけは伏せておいた。豪にはただ、強くなりたいと話したのだ。復讐したいなどと言えば、きっと豪が冬香に戦闘を教えることはないだろう。冬香はそう判断した。
豪は黙って冬香の話を聞いていたが、冬香が話し終わると口を開いた。
「それは構わないが、どんな戦闘を教えてほしいんだ?」
「教えてくれるなら何でもいい!」
思いの外あっさり教えてもらえることになった冬香は喜びのあまり、即答した。元々教えてもらえるならどんなことでも学ぶつもりだった冬香に迷うことなどあるわけがなかったのだ。
「それなら、手始めに体術を教えてやる」
「いいの?じゃあ今すぐ教えて!」
冬香は満面の笑みでそう言った。
「今すぐにか?」
豪は少し怪訝そうな顔をしたが、そんなことは気にも止めず冬香は力いっぱい頷く。
「なら、武道場に行くぞ」
「うん!」
冬香はそう答え、武道場へと向かった。

「最果ての闇」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く