Regulus
When Wish upon a Star 2
風呂の方から扉の開く音がして、上がってきたと判断する。髪を乾かさずにリビングに来る時はかなり機嫌が悪い時だ。
片手でトレンチを持ってリビングに行くと大層ご機嫌ななめの様子だった。
タオルは頭に乗せているのに拭きもせずに出てきたのかかなり濡れていて、髪から滴る雫は由真の服を濡らしていた。
「こら、髪くらい乾かせ、俺じゃあるまいし」
片手で髪を拭いてやると由真は珍しく抵抗しなかった。これはほんとにご機嫌ななめらしい。
トレンチを机に置いて由真の隣に座り直してちゃんと拭いてやる。
「とりあえず何飲む?」
「ビール、ジョッキ」
ビールを出してやると何も言わずにただ一気呑みした。呑み終えたジョッキを机の上に音を立てて乱暴に置くと、由真が愚痴り始めた。自分で次を注ぎつつ、また一気に煽る。
「ほんっとなんなのあのくそじじい!俺はそんなビッチじゃねーっての!今度会ったら二度とんな事言えないようにしてやる!」
「おい一気すんな」
こういう時はただひたすら黙って聞いておくに限るが、とりあえず注意だけしておく。特にこういう時の由真は危険だ。
「そーでもしないとやってらんないっての!」
「何があったんだよ」
「...今日本社に行ったら前からしつこかった別会社の社長がいて、『由真くん、久しぶりに今夜どう?飲んでそのまま宜しくしちゃおうよ、ホテル取ってあるし』って言われて...断ったんだけどしつこくて...あー思い出しただけでもムカつく!」
またビールを一気で煽ろうとしたのを俺は止めた。
「待てアホ、お前一気すんな」
「...なんでー?」
「ダメだ、お前ビール一気したろ。アルコール一気で死ぬこともあるんだからダメだ」
由真はむーっと膨れる。
そりゃそうだ、今まで勢いに任せて飲んでいたりもしていたんだから。
「一気しなきゃいいでしょ?」
「そーゆー問題じゃない。お前ビールダメだ。今日終わり。ほら、お前はこっちだ、こっち」
俺はビールを取りあげて側に用意していたジンジャエールを渡す。と言っても、上に乗っているのはちゃんとしたビールの泡だ。よく水商売をしている人なんかが酔わないために飲むシャンディガフもどき、もといビールもどき。
どうして俺がこれを知っているかと言うと、そういう店で黒服としてバイトをしたことがあるからである。
「...生姜の匂いがする」
「しない」
「...まーいーや、飲んだら分かるでしょ」
そう言って少し飲んだ。
さすがにバレそうだ。
「…やっぱしょうが!ジンジャエール!」
「...バレたか」
流石にバレるらしい。それもそうか、ちゃんとしたシャンディガフではないからだ。
「分かるのなんて当たり前じゃん、ばっかじゃないの!」
しばらくそこから由真がぎゃーぎゃーと文句を言ってきた。
酔ってるんだか何だか知らないが、それはもう色々と。
「あーもう...うっせぇな...」
グラスを置いて俺は由真の腕を引っ張り抱き寄せて、頭を撫でる。
「な、ちょっと?!」
「お前ちょっと黙れ。愚痴聞いてやるから」
そう言うと由真は唇を尖らせていたが、少しずつ落ち着いたのか黙っていた。
「なんだよ、唇尖らせて。キスでもして欲しいのか?」
「違う、子供扱いされてる気がする」
「俺にガキ扱いされんのは嫌いか?」
「俺は遥の子供じゃないもん」
「...なんでそうなるんだよ」
俺がどうして由真を子供扱いしていることになるんだろうか。甚だ疑問だ。俺は甘やかしたいだけなんだが。
「...曲がりなりにも付き合ってんでしょ、俺たち」
「そうだな?甘やかして何が悪い?」
「甘やかしなの?さっきの」
「あ?当たり前だろ、何言ってんだ」
「…わかりづら、そうならそうと言ってよ」
「お前の甘えベタよりはわかりやすいと思うけどな」
とにかくこいつは甘えるのが下手である。
というか、ストレス発散の仕方を知らない。酒を飲んで食っても由真のストレスは溜まっていく一方で、ちゃんとできているとは言い難い。
「それは遥にさえ分かってればいーの」
「知ってる。お前鈍いな、自分のことになると」
「悪うございますね鈍くて」
「ま、それも可愛いところだけど」
ふん、と拗ねたように俺の膝の上に座る。付き合い始めてから家では由真がよく甘えるようになった。もちろんまだまだ甘えるのは下手だし、伝えるのも下手だ。いつもは上手く立ち回る由真でも不器用だということが分かる。
「拗ねんなって」
笑いながら後ろから抱きしめる。
「いーっつも遥俺が拗ねること言うもん、自業自得」
...仰る通りで。
でもそれは由真が拗ねるのが可愛くてそれを見たいがためにわざとだ、ということは言わないでおく。
「ごめんて」
「仕方ないから許す」
「仕方ないってなんだよ、相変わらず辛辣だな」
「遥相手じゃなかったら許してないから」
「分かった分かった。カクテル作ってやるよ。でも酒はこれで終わりだからな?」
「...はーい」
由真もそれなりに強い。だが、俺よりは断然弱い。志輝は論外としても、酒で俺に敵う奴はいない。
「そんなに飲みたかったらもちっと強くなれ。何がいいんだ?」
「前よりは強いよ?じゃあカルーアミルク」
「はいはい」
俺は由真を膝に乗せたまま作り始める。
と言っても、コーヒーリキュールに牛乳を入れて割るだけの超簡単なカクテルだ。
由真はそれをまじまじと見ていた。そんなに珍しいものでもないだろうに。
「なんだ、まじまじと見て」
「いや、別に?」
俺は由真が見ている意図は分からなかったが、とりあえず完成して由真に渡す。
「変なやつだな。ほら、できた」
「ん、サンキュ」
ちびちび飲み始めるのを見てから俺はウイスキーをロックを呑む。
俺はザルだがワクではない。が、俺の親父とお袋は完全にワクで、家族で飲むと俺が負ける。
「...俺はそれくらい強くなりたいなー」
「あ?これか?飲んでみるか?」
「いーの?」
「ちょっとだぞ、これ慣れないとすぐ回るから」
「分かってるって」
そう言って1口飲むと直ぐにグラスを寄越した。
「...強い」
「だから言ったろ」
「あっつ、喉焼ける」
「ほら、水」
水を渡すと一気に飲み干した。俺も飲み始めた時はそんなだったなぁと、思い出す。
「そんなにダメだったか」
「ロックなんて最初からは無理だって、分かってたけど」
「だろうな、まぁ薄くハイボールでも良かったけど」
「ハイボール薄めても不味くない?」
「ウイスキーそんなに入れなきゃハイボールなんてただの炭酸水だ」
「まあねぇ…」
しばらく水だけを飲んで、またカルーアミルクに手をつける。かなりウイスキーのロックは由真にとっては嫌いだったらしい。
「ま、まだ飲ませやしないけどな」
「…いつか遥と酒で競おう」
「一生勝てねーよ、お前」
「は?わかんないじゃんそんなの」
鼻で笑って言うと、由真は軽く叩いてきた。痛くはない。痒くもない。
「無理だって」
俺は腕を押さえてぐっと近づく。
流石の由真でも顔の近さにちょっと詰まったように見えた。
「…カルーアだって強いもん」
「カルーアミルク度数いくらだか知ってるか?」
「カクテルは基本強くて、女性に飲ませてお持ち帰りするための酒だもん」
「お前今どきの女でも7.8%は余裕で飲むぞ?俺に持ち帰られてみるか?」
「…それは今まで上手くやってきたもん。っていうか、ここ俺ん家だし、持ち帰るも何もなくない?」
少し機嫌を損ねたか。いや、大して損ねてはない。本気で損ねたら多分腕を振り払われてるはずだ。
「なーにが上手くやってきたもんだ」
「飲まなくたって、相手に飲ませればなんとかなんじゃん?」
「それで危ない目にあってんの。忘れたかお前は」
言い寄られるのは今回が初めてじゃない。何回かあった。でも、こんなにしつこいのは初めてだし、危なかった。
「…確かに男口説いたのはミスだったけど…お偉いさんだったから繋がり作っといて損無いしって…」
「どアホ。股かけんのもそろそろやめとけよ」
「遥と付き合い出してからはしてないって。てか痛いよデコピン」
「そんなに痛かないだろ、加減したぞ」
「とにかく今はしてないから許してよ、ね?」
別に何をしたっていい。これは俺が許してきた事だ。ただし、危ないことはするなよ、と約束をしていたはずだ。
「許す許さないの問題じゃない。別に俺はよしとしてきたし。...ま、してないなら安心か」
一瞬由真にキスすると、由真は顔が真っ赤になった。
「な、なにすんの…」
「...は?」
「なんでキス...!」
「...したかったから?」
キスしたかったのは本当だったし、由真が可愛いと思ったからこそキスしたくてした。それだけだ。
結局最後だと言った酒は留まることを知らずに由真が本当に潰れるまで飲んだ。
こんな恋人が出来るなんて思わなかった。
可愛い俺の恋人。
ぴったりくっついて寝る由真の髪をさらりと撫でる。
少し開いたカーテンの隙間からは青白い月光が差し込んでいた。
次の日に二日酔いで由真が死んでいたことは言うまでもない。
片手でトレンチを持ってリビングに行くと大層ご機嫌ななめの様子だった。
タオルは頭に乗せているのに拭きもせずに出てきたのかかなり濡れていて、髪から滴る雫は由真の服を濡らしていた。
「こら、髪くらい乾かせ、俺じゃあるまいし」
片手で髪を拭いてやると由真は珍しく抵抗しなかった。これはほんとにご機嫌ななめらしい。
トレンチを机に置いて由真の隣に座り直してちゃんと拭いてやる。
「とりあえず何飲む?」
「ビール、ジョッキ」
ビールを出してやると何も言わずにただ一気呑みした。呑み終えたジョッキを机の上に音を立てて乱暴に置くと、由真が愚痴り始めた。自分で次を注ぎつつ、また一気に煽る。
「ほんっとなんなのあのくそじじい!俺はそんなビッチじゃねーっての!今度会ったら二度とんな事言えないようにしてやる!」
「おい一気すんな」
こういう時はただひたすら黙って聞いておくに限るが、とりあえず注意だけしておく。特にこういう時の由真は危険だ。
「そーでもしないとやってらんないっての!」
「何があったんだよ」
「...今日本社に行ったら前からしつこかった別会社の社長がいて、『由真くん、久しぶりに今夜どう?飲んでそのまま宜しくしちゃおうよ、ホテル取ってあるし』って言われて...断ったんだけどしつこくて...あー思い出しただけでもムカつく!」
またビールを一気で煽ろうとしたのを俺は止めた。
「待てアホ、お前一気すんな」
「...なんでー?」
「ダメだ、お前ビール一気したろ。アルコール一気で死ぬこともあるんだからダメだ」
由真はむーっと膨れる。
そりゃそうだ、今まで勢いに任せて飲んでいたりもしていたんだから。
「一気しなきゃいいでしょ?」
「そーゆー問題じゃない。お前ビールダメだ。今日終わり。ほら、お前はこっちだ、こっち」
俺はビールを取りあげて側に用意していたジンジャエールを渡す。と言っても、上に乗っているのはちゃんとしたビールの泡だ。よく水商売をしている人なんかが酔わないために飲むシャンディガフもどき、もといビールもどき。
どうして俺がこれを知っているかと言うと、そういう店で黒服としてバイトをしたことがあるからである。
「...生姜の匂いがする」
「しない」
「...まーいーや、飲んだら分かるでしょ」
そう言って少し飲んだ。
さすがにバレそうだ。
「…やっぱしょうが!ジンジャエール!」
「...バレたか」
流石にバレるらしい。それもそうか、ちゃんとしたシャンディガフではないからだ。
「分かるのなんて当たり前じゃん、ばっかじゃないの!」
しばらくそこから由真がぎゃーぎゃーと文句を言ってきた。
酔ってるんだか何だか知らないが、それはもう色々と。
「あーもう...うっせぇな...」
グラスを置いて俺は由真の腕を引っ張り抱き寄せて、頭を撫でる。
「な、ちょっと?!」
「お前ちょっと黙れ。愚痴聞いてやるから」
そう言うと由真は唇を尖らせていたが、少しずつ落ち着いたのか黙っていた。
「なんだよ、唇尖らせて。キスでもして欲しいのか?」
「違う、子供扱いされてる気がする」
「俺にガキ扱いされんのは嫌いか?」
「俺は遥の子供じゃないもん」
「...なんでそうなるんだよ」
俺がどうして由真を子供扱いしていることになるんだろうか。甚だ疑問だ。俺は甘やかしたいだけなんだが。
「...曲がりなりにも付き合ってんでしょ、俺たち」
「そうだな?甘やかして何が悪い?」
「甘やかしなの?さっきの」
「あ?当たり前だろ、何言ってんだ」
「…わかりづら、そうならそうと言ってよ」
「お前の甘えベタよりはわかりやすいと思うけどな」
とにかくこいつは甘えるのが下手である。
というか、ストレス発散の仕方を知らない。酒を飲んで食っても由真のストレスは溜まっていく一方で、ちゃんとできているとは言い難い。
「それは遥にさえ分かってればいーの」
「知ってる。お前鈍いな、自分のことになると」
「悪うございますね鈍くて」
「ま、それも可愛いところだけど」
ふん、と拗ねたように俺の膝の上に座る。付き合い始めてから家では由真がよく甘えるようになった。もちろんまだまだ甘えるのは下手だし、伝えるのも下手だ。いつもは上手く立ち回る由真でも不器用だということが分かる。
「拗ねんなって」
笑いながら後ろから抱きしめる。
「いーっつも遥俺が拗ねること言うもん、自業自得」
...仰る通りで。
でもそれは由真が拗ねるのが可愛くてそれを見たいがためにわざとだ、ということは言わないでおく。
「ごめんて」
「仕方ないから許す」
「仕方ないってなんだよ、相変わらず辛辣だな」
「遥相手じゃなかったら許してないから」
「分かった分かった。カクテル作ってやるよ。でも酒はこれで終わりだからな?」
「...はーい」
由真もそれなりに強い。だが、俺よりは断然弱い。志輝は論外としても、酒で俺に敵う奴はいない。
「そんなに飲みたかったらもちっと強くなれ。何がいいんだ?」
「前よりは強いよ?じゃあカルーアミルク」
「はいはい」
俺は由真を膝に乗せたまま作り始める。
と言っても、コーヒーリキュールに牛乳を入れて割るだけの超簡単なカクテルだ。
由真はそれをまじまじと見ていた。そんなに珍しいものでもないだろうに。
「なんだ、まじまじと見て」
「いや、別に?」
俺は由真が見ている意図は分からなかったが、とりあえず完成して由真に渡す。
「変なやつだな。ほら、できた」
「ん、サンキュ」
ちびちび飲み始めるのを見てから俺はウイスキーをロックを呑む。
俺はザルだがワクではない。が、俺の親父とお袋は完全にワクで、家族で飲むと俺が負ける。
「...俺はそれくらい強くなりたいなー」
「あ?これか?飲んでみるか?」
「いーの?」
「ちょっとだぞ、これ慣れないとすぐ回るから」
「分かってるって」
そう言って1口飲むと直ぐにグラスを寄越した。
「...強い」
「だから言ったろ」
「あっつ、喉焼ける」
「ほら、水」
水を渡すと一気に飲み干した。俺も飲み始めた時はそんなだったなぁと、思い出す。
「そんなにダメだったか」
「ロックなんて最初からは無理だって、分かってたけど」
「だろうな、まぁ薄くハイボールでも良かったけど」
「ハイボール薄めても不味くない?」
「ウイスキーそんなに入れなきゃハイボールなんてただの炭酸水だ」
「まあねぇ…」
しばらく水だけを飲んで、またカルーアミルクに手をつける。かなりウイスキーのロックは由真にとっては嫌いだったらしい。
「ま、まだ飲ませやしないけどな」
「…いつか遥と酒で競おう」
「一生勝てねーよ、お前」
「は?わかんないじゃんそんなの」
鼻で笑って言うと、由真は軽く叩いてきた。痛くはない。痒くもない。
「無理だって」
俺は腕を押さえてぐっと近づく。
流石の由真でも顔の近さにちょっと詰まったように見えた。
「…カルーアだって強いもん」
「カルーアミルク度数いくらだか知ってるか?」
「カクテルは基本強くて、女性に飲ませてお持ち帰りするための酒だもん」
「お前今どきの女でも7.8%は余裕で飲むぞ?俺に持ち帰られてみるか?」
「…それは今まで上手くやってきたもん。っていうか、ここ俺ん家だし、持ち帰るも何もなくない?」
少し機嫌を損ねたか。いや、大して損ねてはない。本気で損ねたら多分腕を振り払われてるはずだ。
「なーにが上手くやってきたもんだ」
「飲まなくたって、相手に飲ませればなんとかなんじゃん?」
「それで危ない目にあってんの。忘れたかお前は」
言い寄られるのは今回が初めてじゃない。何回かあった。でも、こんなにしつこいのは初めてだし、危なかった。
「…確かに男口説いたのはミスだったけど…お偉いさんだったから繋がり作っといて損無いしって…」
「どアホ。股かけんのもそろそろやめとけよ」
「遥と付き合い出してからはしてないって。てか痛いよデコピン」
「そんなに痛かないだろ、加減したぞ」
「とにかく今はしてないから許してよ、ね?」
別に何をしたっていい。これは俺が許してきた事だ。ただし、危ないことはするなよ、と約束をしていたはずだ。
「許す許さないの問題じゃない。別に俺はよしとしてきたし。...ま、してないなら安心か」
一瞬由真にキスすると、由真は顔が真っ赤になった。
「な、なにすんの…」
「...は?」
「なんでキス...!」
「...したかったから?」
キスしたかったのは本当だったし、由真が可愛いと思ったからこそキスしたくてした。それだけだ。
結局最後だと言った酒は留まることを知らずに由真が本当に潰れるまで飲んだ。
こんな恋人が出来るなんて思わなかった。
可愛い俺の恋人。
ぴったりくっついて寝る由真の髪をさらりと撫でる。
少し開いたカーテンの隙間からは青白い月光が差し込んでいた。
次の日に二日酔いで由真が死んでいたことは言うまでもない。
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