勇者の魂を受け継いだ問題児
*深窓の氷姫―2*
「……うっ……グス……ッ……う、うっ……」
あまりにも唐突すぎる無慈悲な別れに、嗚咽しながら、変わり果ててしまった両親の隣にへたり込んでしまったルセリア。
「…………」
―――どうしてこんな事に?
―――誰がこんな事を?
―――一体、なんの為に……?
つい、そんな事を考えてしまう。
だが、答えなんて分からない。
理解できない。
したくもない。
「……お父様……お母様……。……姉さん……」
遣り切れない思いに浸ってしまい、ルセリアはそう呟いた。
しかし、そこである事に気づく。
「…………。……姉、さん……?」
……そう。
ここにいるのは、両親と使用人だけ。
姉、ルキリアの姿がない。
「……っ……!」
瞬間―――力の抜け落ちた脚に再び力を込めて立ち上がる。
「……ルキリア姉さんっ……!!」
―――これが、最後の希望だった。
ルセリアは両親たちのいるダイニングルームを飛び出して、2階へと向かった。
「…………」
恐らく "アレ" をやったのは、財産目当ての "賊" か何かだろう。
―――けれど、姉さんは強い。
ルキリア姉さんの "強さ" は、誰よりも私が一番よく知っている。
ならそんな奴等に、あの姉さんがやられる筈なんてない!
「…………!」
ルセリアは階段を駆け上がった。
そして、階段を上りきって2階へ到達したルセリアが最初に目にした光景は―――
「……う、ッ……!!?」
―――まさに "地獄" だった。
視界を埋め尽くすほどの、"血" と "屍" 。
もう、誰なのか判別出来ないくらいに惨殺されていた。
それを見たルセリアは、手摺りを掴んでいた手とは反対の右手で口元を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
「……ッ……、ハァ……ハァ…………」
それから暫くして、ルセリアはゆっくりと立ち上がり、口元を押さえたまま再び歩き出した。
「…………」
そして、角を曲がったところにある部屋……ルキリア姉さんの寝室のドアノブへと手を伸ばす。
そしてドアノブを回し、ルキリアの部屋の中に足を踏み入れようとした、瞬間。
「―――くたばれ」
「……っ……!!?」
―――それは一瞬だった。
瞬きより短く……。
悲鳴を上げる間も無く、
死を覚悟する暇も無い《神速の一閃》。
唯一分かったのは、何かが光った、という事だけ。
ルセリアは何もせず……いや、何も出来ずにただ立ち竦んでいると、一瞬だけ光った何かが、ルセリアの喉仏でぴたりと止まった。
「……ルセリア……?」
「…………!」
暗闇から声が聞こえた。
自分の名を呼ぶ声。
間違いない。
それは、ルセリアが最も信頼する者の声だった。
「……姉……さん……?」
「…………」
恐る恐る目線を上げて、ルセリアが声の主を確認する。
するとそこに立っていたのは、ルセリアやその両親たちの黄金色の髪の毛とは正反対の、白銀色の髪の毛の少女だった。
すらりと伸びた肢体。
長い白銀色の髪の毛を左右で三つに編んだハーフアップは、お淑やかなどこかのお嬢様のよう。
実際に公爵家のお嬢様ではあるのだが、真紅の鋭い眼光とその口調が、彼女に『お淑やか』という言葉が合わない理由だろう。
「―――姉さんっ!!」
声の主が自分の姉だと気づき、ルセリアはルキリアに飛び付いた。
「……お前……どうしてここに……?」
ルセリアをしっかりと受け止めたルキリアが、右手に持っていたナイフを下ろしてそう訊ねた。
ルセリアはそれに、涙をボロボロと流しながら答える。
「……ううっ……帰ってきたら、お父様やお母様……皆があんな事になっていて……ッ!」
「…………。……そうか。すまない。……私も、何も出来なかった……」
「……姉、さん……?」
「…………」
こんなにも悔しそうに顔を歪める姉を初めて見た。
いつも、何をしても完璧だったあのルキリアでさえ、『何も出来なかった』と言ったのだ。
一体、何が起きたというの……?
その疑問を口にする前に、ルキリアが真相を話し始めた。
「襲撃された……。理由は分からんが、奴等の狙いは恐らく、私だ」
「……っ……」
「……時間がない。一度しか言わないからよく聞け……!」
そう言ってルキリアが声を潜めて話そうとした瞬間―――。
―――ドオォォォン!!!
「……ッ……!?」
「……チッ……!」
隣のルセリアの部屋から、壁を破って何者かがこの部屋に入ってきた。
細かく砕けた壁の残骸がパラパラと床に落ち、宙を舞う埃の中から、何者かが姿を現した。
鮮血を連想させる真っ赤な長髪に、人には珍しい黄色の双眸。
可憐でありながらも高貴な印象を感じさせる、透き通るような白い肌。
髪の毛からはみ出ている、人間離れした鋭い耳。
そして何より額には、短くも、鋭く尖ったツノが二つ付いていた。
―――悪魔。
それは『冥界』に君臨し、人間に最も恐れられている種族である。
その悪魔が、妖しい笑みを浮かべながら言った。
「ほう……。 あとはお主一人だけかと思っておったのじゃが……まさか、もう一人残っていたとはのう……」
「……クソが!もう見つかったか!」
ルセリアの部屋から現れた赤髪の悪魔に、舌打ちをしたルキリアが再びナイフを構え直す。
しかし、ルセリアはまだこの状況に付いていけてなかった。
何がなんだか分からずにただ立ち竦んでいると、ルキリアが此方を振り返らずに叫んだ。
「ルセリア!逃げろ―――ッ!!」
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