勇者の魂を受け継いだ問題児
*試験開始*
グラウンドの中央に、A組からM組までの全生徒が集められた。それだけでも500人以上はいるだろう。
そんな生徒たち全員が、正面にある御立ち台の上で話している校長先生の言葉に耳を傾けていた。
センリも一応、学院長の話を聞いている素振りを見せる。
「……さて、本日から始まる試験ですが、それは皆さんにとって初めての実技試験です。緊張している方も多いと思います。不安な方もたくさんいるでしょう。しかし皆さんも御存じの通り、今回の実技試験は2学年の試験の中で最も重要なものです。私は、皆さんが今回の試験で悔いの残らないよう、全力で試験に挑んでくれる事を祈っております。以上!」
そう言って頭を下げ、御立ち台から下りる学院長に生徒たちが拍手をする。
しかしセンリは拍手せず、これから始まる試験の事について改めて確認する。
今日から2日間行われる魔力判定の試験では、1日目にA組からM組までの生徒が試験を行う。2日目はN組からZ組まで。
そして、この無駄にだだっ広いグラウンドで、『東エリア』『西エリア』『南エリア』に分かれてそれぞれの試験を行うのだが、魔力判定の試験は人によってかかる時間が違う。早く終わる者もいれば、当然その逆もいる。
なので、人が空いている時に空いている場所から試験をしていくらしい。まぁ、人数が人数なのでそのやり方が最も効率がいいだろう。
で、3つ全ての試験を終えた者は即下校。理由は言わなくても分かるだろうが……試験を終えた者がいつまでもグラウンドに残っていると邪魔になるからだ。
ちなみに今日は、他の学年と、明日に試験を控えた2学年のN組からZ組までの生徒は学院に登校していない。
それに、試験中に "もしも" の事があっても、『北エリア』には優秀な医師がいるので、遠慮なく全力で試験に挑め、だそうだ。当然、明後日からの『模擬決闘』でも同じだ。
「…………」
すると生徒たちが、最初の試験をするためにそれぞれのエリアへと散らばっていった。
――東エリア、『魔力量』。
――西エリア、『魔法威力』。
――南エリア、『汎用力』。
センリも何から始めようか考えていると、センリのすぐ隣で校長の話を聞いていたソーマが、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「ねぇねぇ、君はどの試験から始めるの?」
それを今考えているんだよ。という言葉を飲み込み、ソーマを睨み付けて応じた。
「……別に、お前には関係ねえだろ」
「そんな冷たい事言わないでさ~、一緒に回ろうよ」
「はっ、冗談じゃない!なぜ俺がお前なんかと」
センリがそう言うと、まぁまぁなどと言ってソーマが根回しするように言ってくる。
「……効率よく試験を終える方法を教えようか?」
「…………」
確かに早く帰りたい気持ちもあるセンリは、ソーマの言葉に多少魅力を感じた。しかし、
「……お前もこの実技試験は初めてのはずだ。なのに、なぜそんな事が分かる?」
そんなセンリの問い掛けを予想していたかのように、ソーマが答えた。
「簡単さ。まず、ほとんどの生徒は『西エリア』を避けるだろうから、最初の試験は西エリアに行く事がおすすめだよ」
「だから、なぜ西エリアが空いていると?」
「だって、西エリアは『魔法威力』の試験だろう?心理的に、自分の魔法に自信のある生徒が最初に行く場所なんだ。つまり、実力者が最初に集まる場所。それでその実力者っていうのが、君もよく知ってる生徒会の副会長や、アルバート家の御子息様ってわけなんだ」
センリも、そこでようやく理解した。
「……ああ、なるほどな。つまり、自分に自信のない腰抜けがそんな実力者に囲まれた場所で一緒に試験をすれば、精神的に追い込まれて試験に集中できなくなるって訳か」
「うん、そういうこと」
「だが、それは俺だって同じことだ。俺もそんな実力者に囲まれた所で試験などしたくない」
「あはは、そうだねぇ。……確かに普通の生徒がそんな実力者たちと一緒に試験をすれば、自分の魔法が霞んでしまうだろうけど……」
「―――僕は、君が "全力" でやれば問題ないと思ってるけど?」
「…………」
先程の教室での出来事。
ソーマはその時のように低い声で、何か確信でもあるかのようにそう言った。
そのソーマの言葉に、センリはため息を一つ溢して問いかけた。
「性懲りもなくそんなに俺を買い被って……お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
そんなセンリの質問に、どこか面白そうに笑みを浮かべたソーマが答える。
「さぁね。僕は君と出会ったばかりで、君の事はほとんど知らない。だから、だだの "勘"さ。 こいつは何かを隠してる。僕が勝手にそう思ってるだけ」
「……あそう。つまり、何の根拠もないお前の絵空事って事か」
「うん。……けどね、僕の "勘" って結構当たるんだよ?」
「…………」
「まぁでも、今はそう思っててくれていいよ。……で、結局どうすんの?西エリアに行く?」
「ああ。もうめんどくせぇから西でいいや。……けど、お前とは一緒に行動したくねぇんだよなぁ」
「酷いな、それ!!?」
などと言って、苦笑するソーマ。
そんなソーマを無視して、センリは西エリアへと向かおうとした、瞬間。
「――ちょっと、そこの貴方」
センリの後方から、そんな声が飛んできた。
その声はとても高く上品で、有無を言わせないような強い声だった。
「…………」
しかし、センリは振り返る事なくそのまま西エリアへ向かおうとする。
すると、その声が再びかかる。
「ま、待ちなさい!貴方よ、貴方!……見るからに庶民で貧乏そうで小汚い、そこの黒髪の貴方」
「……あ?」
センリが振り返る。
すると、そこには漫画やアニメに出てくるような、お嬢様オーラを放つ少女。長い金髪を螺旋状に巻き、こちらを虫ケラでも見るような目で見下している。
そしてその金髪縦ロールの数歩後ろには、茶色の髪を無造作に束ねた少女が静かに佇んでいた。
すると、縦ロールが再び口を開く。
「……このわたくしを無視するなんていい度胸ですわね?わたくしを誰だと思っていますの?」
そんな事を言ってくる。
そこで、センリは隣にいるソーマにこっそり訊ねた。
「……誰だ、あいつ?」
すると、ソーマが半眼で答えてくれた。
「2年A組のセレスティーナ・レインフォード。……レインフォードっていう名前を聞けば、思い付くんじゃない?」
しかし、ソーマの言葉にセンリが一言。
「知らん」
センリの言葉に呆れ顔を浮かべ、ため息を吐くソーマ。
「……君、どんだけ無知無関心なの?レインフォード家っていえば五等爵の一つ。彼女は『侯爵家』の御令嬢様だよ」
……ああ、なるほど。
つまり2番目か。
それを確認したセンリは即座に顔を上げ、編入前にルセリアにだけ見せた爽やかな笑みと、全力の敬語でセレスティーナに応じる。
「はい。もちろん存じ上げております、セレスティーナ様。私などにお声がけ頂き光栄でございます。……それで、私めにどのようなご用件でしょうか?」
「…………。……ぷっ……くくっ……」
すると、隣にいるソーマが何かを堪えるように、肩を小刻みに震わせていた。
「…………」
……こいつ、後で殺す。
センリはそんな事を考えつつも、一切表情には出さずにセレスティーナの表情を覗う。
すると、なぜかこちらをとてつもない眼光で睨み付けている。どうやら怒っているようだ。
何か対応を間違えたのかと思っていると、再びセレスティーナが口を開いた。
「――聞こえてましたわよ? このわたくしを知らないですって?……この帝国のみならず、世界でも知らない者はいないと言われている、超有名なあの『レインフォード』の名を持つ、このわたくしを!」
いや現にここに一人、レインフォードの名を知らない奴がいますよ。 とでも言うような表情で、苦笑しながらこちらを見据えてくるソーマ。
……さっきからなんなんだ、こいつは。
すると、心底呆れたように嘆息したセレスティーナが、自分に言い聞かせるかのように言う。
「……フン。まぁ、いいですわ。貴方のような下劣な人間にとって、このわたくしは正に『高嶺の花』。あまりにも住んでいる世界が違いすぎて、知らないという事もあるのかもしれませんわね」
そんな事を自分で言ってて恥ずかしくないのか?という言葉を必死に飲み込み、もう一度センリが問い掛けた。
「……で?一体俺になんの用ですか?」
「…………」
おっと、いけない。
あまりにもこの女がめんどくさかったので、ついいつも通りの態度で対応してしまった。
だが、しっかりと敬語は使ったのでギリギリセーフだろう。
するとそんなセンリの態度に一瞬、目をギラつかせるセレスティーナだったが、下劣な人間だから仕方ないとでも思ったのだろう。その事については追求してこなかった。
「貴方の噂は兼ね兼ね聞いておりますわ。何やらつい先日、この学院に編入してきたそうですわね?……どのような不正を用いたのかは知りませんが、そのような卑怯な人間が、わたくしは大っ嫌いですの!そこで、このわたくしから一つお願いですわ。……早急に、迅速に、速やかに!この学院から去っていただけませんこと?」
「…………」
センリは黙る。
いや、俺だってさっさとこんなところから消えたいのだ。しかし、この学院の理事長に半強制的に編入させられ、今日まで過ごしてきたんだ。……といっても正式に通い始めて、まだ2日しか経ってないのだが。
しかし、『消えたくても消えることができない』ということをこの女に言ったところで無駄だ。
果たしてどう対応しようかと悩んでいると、隣からソーマが割り込んで来た。
「まぁまぁ、二人とも。今は試験中なんだし、試験に集中しよう?……セレス。君も、早く試験会場に向かったらどうだい?どうせ彼と話す時間は、今後十分にあるだろうし」
そう言って場を宥めるソーマ。
……というか、セレス?
相変わらず、誰に対しても馴れ馴れしい奴だなと思いながらも、今回はソーマに感謝だ。
このままこんな不毛で無駄なやり取りが続けていたらキリがない。
すると、『セレス』と呼ばれたセレスティーナが、なぜか僅かに頬を赤らめて応えた。
「……ま、まぁそうですわね。確かにソーマさんの言う通りですわ。今はお互い、試験に集中しなくてはなりませんわね」
「…………」
……コイツらの関係って一体……?
一瞬、そんな疑問が脳裏を過るが、俺にはどうでもいい事だ。すぐに考えるのを止める。
そして、セレスティーナの言葉にソーマが頷き、咳払いをした後、問いかける。
「……それで、君はどの試験から始めるつもりなんだ?僕たちは『魔法威力』の試験から始めようと思ってるんだけど……」
「当然、わたくしたちも『魔法威力』からですわ!どうせあの女もそうでしょうからね」
胸を張って、そう答えるセレスティーナ。
「…………」
そんなやりとりを横で見ていたセンリだったが、セレスティーナはセンリの事などとうに忘れたのか、ソーマと二人で盛り上がっていた。
勿論、センリはその一瞬の隙を見逃さない。
透かさず己の気配を消し、こっそりとその場を立ち去った。
向かうのは当然、西エリア。
今後の学院生活で、2学年の実力者を予めマークしておかなければならないのだ。
まぁ、センリが立ち去った事にセレスティーナの後ろに控えた女は気づいていたようだが。
去り際に、その女が俺にペコリと会釈をしていた。
※
そして数分歩き、ようやく辿り着いた西エリア。
センリが辿り着いた時には、既に数十人の生徒たちが集まっていた。
ソーマの予想通り、他のエリアと違って明らかに人数が少ないように見える。
センリが辺りを一瞥すると、何人かは見覚えのある生徒もいた。
堂々と、大人びた雰囲気で佇む金髪の生徒会副会長。
俺の存在に気づき、鋭い目付きでこちらを睨み付けてくる赤髪の同級生。
俺の存在に気づいてはいるだろうが、決して目を合わせようとしない監視役。
俺の知っている奴はそんなところだ。
……そして。
「…………」
生徒たちの集団から少し外れたところに、一人の男が佇んでいた。
整った金髪に、冷たく輝く蒼の双眸。そして腰には、鞘に収まった黄金の剣。
その男を見た瞬間。センリはただただこう思った。
―――『別格』だ、と。
佇まいだけではない。
抜き身の刃さながらの、鬼気迫る存在感。
そして、腹を空かせた虎にでも睨み付けられているかのような圧倒的な威圧感。
それらが、あの男の全身から溢れ出ていた。
「(なるほど。間違いない。あの男が――)」
―――ルシウス・アルバート。
五等爵の頂点に君臨するアルバート公爵家の子息であり、人類最強の兄を持つ男。
その男を暫く見ていると、センリのすぐ背後から声がした。
「……そんなに彼が気になる?」
「……ああ、少しな。…………って」
センリは反射的に答えてしまったが、背後からかけられた声に聞き覚えがあり、すぐさま振り返る。
そこには、すでに見慣れたへらへら顔の銀髪男が、こちらを見据えて手を振っていた。
「……あはは。やっほ~、僕だよ」
その男を睨み付けて、センリが応じる。
「僕だよじゃなねえよソーマ。消えろ、失せろ。それと、俺の背後に立つな」
「ごめんごめん。気がついたら君がいなくなっててさ……」
「…………」
すると、セレスティーナたちも到着したようだ。
走ってきたのだろうか。セレスティーナの呼吸が、僅かに荒れていた。
「……それより、まだ始まっていないみたいだね。担当の先生もいないみたいだし……。どうしたのかな?」
「……俺が知るか」
恐らく、既に他の試験会場では試験が始まっているだろう。
そんな事をソーマと話していると、誰もいなかった場所が、突然眩い光に覆われる。そして、その光の中から顔面蒼白の女が現れた。
「……うぷっ。……み、みんな~……悪かったわね、遅刻しちゃって……」
「…………」
その場にいた生徒たちは、一斉にその女を見つめる。
当然、センリも一瞥。すると、そこに現れた女には見覚えがあった。
歳は20代だろうか。スタイルがよく、ウェーブのかかった茶色の髪に、胸元や肩などといった部分が露出した黒いローブを羽織っている。
そしてその女は、病院にユリウスと一緒にいた女だったのだ。
以前にどこかで見た事がある。しかし思い出そうとしても、その記憶が霧のようなもので覆われて正確に思い出す事ができない。
一体、あの女は何者だ……?
すると、その女が続ける。
「えー、今回『魔法威力』の試験官を押し付けられ……じゃなかった。担当することになったロゼリア・ヴァンクローネよ。……って、何人かとは授業で顔を合わせた事もあったけど、ここには初めての子もいるみたいだから、改めて自己紹介しておくわ」
「…………」
「じゃ、じゃあ……一応、試験の事について説明するけど、何か質問ある?」
ロゼリアがそう言うと、辺りがざわつき始める。
すると、生徒たちを代表するかのようにルセリアが前に出て、ロゼリアに問いかけた。
「ヴァンクローネ先生。質問は普通、説明した後に受け付けるものではないですか……?」
「……え?」
ルセリアの的確な質問に一瞬、首を傾げるロゼリア。すると、ルセリアの質問の意味にようやく思い至ったのか、ロゼリアが納得したように頷いた。
「……あ、ああ……そうよね。確かに順序が…………うっ、気持ち悪ッ……」
そんなロゼリアの様子を眺めていた俺は、隣にいたソーマに問いかける。
「……あの先生、大丈夫なのか……?」
すると、俺の質問に苦笑しながらもソーマが答える。
「ま、まぁ……いつもの事だから……」
「いや、いつもの事って……。あれ、どう見ても二日酔いだろ!?いつも "あんな" なのか!?」
それに、静かに頷くソーマ。
それを見た俺はため息を溢すしかなかった。
この学院は帝国有数の名門校じゃなかったのか……?
あんな教師がいる学院で、本当に大丈夫なのか……?
すると、俺の心を見透かしたようにソーマが言ってくる。
「……君の心配は尤もだけど、大丈夫だよ。他の教師はまともだから」
「…………」
「それに、あの人もああ見えて能力だけは本物だよ。…………能力だけは」
なぜ、ソーマが2度繰り返すような言い方をしたのかは追求しない。
そんなやりとりをしていると、能力だけは本物のロゼリア先生が、試験の説明を始める。
「……試験の方法は簡単よ。皆には、あそこにある結晶を目掛け、全力で魔法攻撃をブッ放してもらうわ。それで、その『威力』によって私が評価する。魔法を使っていい回数は1人につき、最大2回まで。それで、良い結果の方を評価する基準とするわ。……はい。質問ある人~?」
そこで、改めて質問をとるロゼリア。
すると赤髪の同級生が、手を挙げて質問する。
「……『あの結晶を目掛けて魔法を撃つ』という事でしたが、本当にそれだけで魔法の威力を正確に評価できるんですか?」
「お?良い質問だね、サヤっち~!」
「『サヤっち』って呼ばないでくださいっ!!」
「なんだ、つれないわねぇ~。君の友人の真似をしてみたんだけど……。こほん、まぁいいわ。今、彼女が質問した通り、何人かは同じ疑問に思っている人もいると思うわ」
すると、辺りが再びざわつき始める。
それを見たロゼリアが笑みを浮かべて、サヤの質問に丁寧に解説する。
「……実はあの結晶は私が作ったものなの。それで、あの結晶にはちょっと特殊な "機能" がついていてね」
「……その機能というのは……?」
「特殊な術式で組み立てた魔法回路を通じて、『私と結晶が結合している』とでも言えば分かるかな?」
「……ッ!?」
それに、サヤが驚いたように息を呑む。
そしてサヤだけでなく、回りにいる数人の生徒も驚きの表情を隠せていなかった。
隣にいるソーマに限っては、「これでもっと真面目なら優秀な先生なんだろうけどな……」などと呟きながら苦笑する始末。
確かに、物体に干渉する魔法はいくつかある。
例えば『念動系』の魔法なんかが良い例だ。しかしあれは、意識だけで物体を動かす力。
人から物体に干渉はするが、その逆……つまり、物体から人に干渉することはないのだ。
しかし、ロゼリアが言った『私と結晶が結合している』。……というのはつまり、どちらか片方が一方的に干渉しているではなく、人と物体の両方が干渉し合っているということ。
言葉だけ言うのは実に簡単そうではあるが、この場で実際にやってみろと言われて、本当にやれる生徒はいないだろう。
ロゼリアにとって、そんな超高度な魔法を使う事と、1+1を計算する事は同レベルの話なのかもしれない。
しかし物体と人が結合する、という事はつまり……。
「……じゃあ、もし私たちがあの結晶を攻撃したら、先生が……」
「ええ。当然、私もダメージを受けるわね」
サヤの質問に、平然と即答するロゼリア。
今度は "驚き" よりも、"焦り" の気持ちを表情に出し、サヤが食い下がる。
「……た、確かに私は、一発の単純な『魔法威力』では他の生徒より劣っているかもしれません。しかし、ここにはその一発の単純な『魔法威力』が飛び抜けている生徒だっています!……そんな生徒の攻撃を受け続けていたら、いくら先生でも……!!」
確かにサヤが言いたい事はわかる。
いくら魔法のエキスパートでも、全員の魔法を食らい続けていたら、当然、ただでは済まないだろう。
しかし、ロゼリアと言えば……
「……あら?もしかして私の心配をしてくれてるの?サヤっちってば、貴女も案外可愛いとこあるのねぇ」
「……だ、だからぁ……!」
再び『サヤっち』と呼ばれて恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にするサヤ。
ロゼリアは苦笑しながら「ごめんごめん」と言うが、それほど反省はしていないようだ。
「……まぁ、確かに私でも、2学年全員の魔法を食らっていたら、さすがに身が持たないわ。けど安心してちょうだい。ちょっとした裏技を使えば、ダメージを受けずに威力だけを判定できるのよ」
「……そ、そんな事が!?」
「可能よ。……と言っても、なんて説明すればいいのかしらねぇ。これはかなり複雑なんだけど……
えー、誰がいいかしら?」
そう言って、ロゼリアが辺りを見回す。
そして、ロゼリアは一番近くにいたルセリアを見つめて、
「――ルセリア。何でも良いわ。ちょっと私に魔法を撃ってみてちょうだい」
「……え?ですが……」
いきなり魔法を撃てと言われ、戸惑う生徒会副会長。
しかし、
「いいから、早く!」
一瞬、戸惑いを見せたルセリアだったが、ロゼリアに促され、渋々といった感じで承諾した。
「……分かりました。――では!」
ルセリアがそう言った瞬間、周囲の気温が一気に下がった。
そして、ルセリアの右手からは真っ白の冷気が吹き出し始める。その冷気を発する手の平をロゼリアに向け、左手で右手首を押さえる。そして―――!
「―――《結晶硬化》ッ!!」
一瞬にして結晶化した氷の塊が、ロゼリアの額を目掛けて真っ直ぐ放たれた。
「…………」
ロゼリアは、それを避ける事なくじっと睨み付けてから、たった一言。
「――無に帰せ」
ロゼリアがそう呟くと、ルセリアが放った氷の塊は、消えたのだ。
砕けたわけでも、溶けたわけでもない。
そのままの意味で、消滅した。
「……う、うそ、でしょう……?」
最初にそう声を上げたのは、魔法を放った張本人であるルセリア。
いや、自分が撃ったからこそ分かったのだろう。
この技は、そう簡単に防がれるようなものではない。その "自信" があったからこその、驚き。
一部の生徒を除いては、今、何が起きたのか分からなかっただろう。
今の出来事を当事者以外で尤も近くで見ていたサヤでさえ、ロゼリアとルセリアの顔を交互に見ていた。
それを見たロゼリアは、さぞ満足したように鼻を鳴らす。
「ふふ~ん。すごいでしょう?これは魔法発動の仕組みを応用した技。……だけど、君たちにこれの仕組みは教えられないわ。でも、私がルセリアの魔法を消したように、結晶から伝わってくるダメージを無くす事もできるから。私の事は心配しないで全力で試験に望んでちょうだい」
「……わかりました」
生徒たちは仕組みを知りたそうな顔をしていたが、自分たちには無理だと判断したのだろう。
ロゼリアにこれ以上食い下がる事はなかった。
すると、隣にいるソーマが聞いてくる。
「……ねぇ、センリ。君には、今なにが起こったかわかった?」
それに、
「俺が分かるわけねえだろ……」
とだけ答えた。
しかし、センリは大体ではあるが分かっていた。今、ロゼリアがルセリアの魔法に対して何をしたのかを。
―――ロゼリアは、ルセリアの魔法に干渉したのだ。
正確に言えば、"魔法に" ではなく "魔力に" だが 。
外界魔力を使うにしろ内界魔力を使うにしろ、魔法を発動する際には二つの手順を踏まなくてはならない。
一つ目が、魔力の消費。
そして二つ目が、魔法への変換。
当然、魔法のエネルギー源である魔力は、魔法を発動する際に消費する。
しかしそれ以外にも、魔力を魔法へと変換しなければならないのだ。
そして魔法にも様々な種類がある。
それは、ルセリアのような『氷の魔法』だったり、先ほど例に出した『念動力』のようなものなどが挙げられる。
使う魔力は同じだが、魔法によって必要な魔力の量、流れ、質などは違う。
ルセリアが先程使った『氷の魔法』。
それを使うのだって、決まった手順を踏み、それから自分で魔力量や流れを調整させた上で、魔力が氷へと変換されたのだ。
言ってしまえば、"魔法" 放つというより、"魔力" そのものを放つと言った方がわかりやすいだろう。
もっとわかりやすく数学に例えると、分数の分母を『術者が持つ魔力』とし、分子を『魔法に宿る(消費した)魔力』とする。
仮に術者自身の魔力を3とし、消費した魔力を1とすれば、その魔法には術者の3分の1の魔力が込められているという事になる。
そこでロゼリアは、ルセリアの魔力に干渉し、何らかの方法でルセリアの魔法に宿る魔力を強制的に0にした。
するとその時、魔法に宿っている魔力は3分の0。そして、実体化できなくなった魔法はそのまま消滅したのだ。
つまり、なぜルセリアの魔法がロゼリアによって消滅させられたのかと言うと、ロゼリアがルセリアの魔法に宿る魔力に干渉し、消滅するよう仕向けたからということになる。
―――だがもしも、その技を使える者がさらにそれを極めたら?
強制的に魔力を0にする力が、『魔法に宿る魔力』ではなく、『術者が持つ魔力』に対して使われたら?
人間を含め、この世に現存する全ての生命体は内界魔力を持っている。
その内界魔力がなくなれば "絶命"。つまり、"死ぬ" ということだ。
そんな殺戮染みた魔法を使える奴が現れたら、この世界の生命体は人間を含めて絶滅してしまう。
だから、"万が一" の可能性を怖れて、ロゼリアはこれの仕組みを生徒たちに教えなかったんだろうな。
……まぁ、『死神』でもなければそんな事はできないと思うが。
センリが一人そんな事を考えていると、ロゼリアが改めて口を開いた。
「――それじゃあ少し遅れちゃったけど、『魔法威力』の試験を始めるわ。試験を受けたい人から名乗り出なさい!」
そんな生徒たち全員が、正面にある御立ち台の上で話している校長先生の言葉に耳を傾けていた。
センリも一応、学院長の話を聞いている素振りを見せる。
「……さて、本日から始まる試験ですが、それは皆さんにとって初めての実技試験です。緊張している方も多いと思います。不安な方もたくさんいるでしょう。しかし皆さんも御存じの通り、今回の実技試験は2学年の試験の中で最も重要なものです。私は、皆さんが今回の試験で悔いの残らないよう、全力で試験に挑んでくれる事を祈っております。以上!」
そう言って頭を下げ、御立ち台から下りる学院長に生徒たちが拍手をする。
しかしセンリは拍手せず、これから始まる試験の事について改めて確認する。
今日から2日間行われる魔力判定の試験では、1日目にA組からM組までの生徒が試験を行う。2日目はN組からZ組まで。
そして、この無駄にだだっ広いグラウンドで、『東エリア』『西エリア』『南エリア』に分かれてそれぞれの試験を行うのだが、魔力判定の試験は人によってかかる時間が違う。早く終わる者もいれば、当然その逆もいる。
なので、人が空いている時に空いている場所から試験をしていくらしい。まぁ、人数が人数なのでそのやり方が最も効率がいいだろう。
で、3つ全ての試験を終えた者は即下校。理由は言わなくても分かるだろうが……試験を終えた者がいつまでもグラウンドに残っていると邪魔になるからだ。
ちなみに今日は、他の学年と、明日に試験を控えた2学年のN組からZ組までの生徒は学院に登校していない。
それに、試験中に "もしも" の事があっても、『北エリア』には優秀な医師がいるので、遠慮なく全力で試験に挑め、だそうだ。当然、明後日からの『模擬決闘』でも同じだ。
「…………」
すると生徒たちが、最初の試験をするためにそれぞれのエリアへと散らばっていった。
――東エリア、『魔力量』。
――西エリア、『魔法威力』。
――南エリア、『汎用力』。
センリも何から始めようか考えていると、センリのすぐ隣で校長の話を聞いていたソーマが、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「ねぇねぇ、君はどの試験から始めるの?」
それを今考えているんだよ。という言葉を飲み込み、ソーマを睨み付けて応じた。
「……別に、お前には関係ねえだろ」
「そんな冷たい事言わないでさ~、一緒に回ろうよ」
「はっ、冗談じゃない!なぜ俺がお前なんかと」
センリがそう言うと、まぁまぁなどと言ってソーマが根回しするように言ってくる。
「……効率よく試験を終える方法を教えようか?」
「…………」
確かに早く帰りたい気持ちもあるセンリは、ソーマの言葉に多少魅力を感じた。しかし、
「……お前もこの実技試験は初めてのはずだ。なのに、なぜそんな事が分かる?」
そんなセンリの問い掛けを予想していたかのように、ソーマが答えた。
「簡単さ。まず、ほとんどの生徒は『西エリア』を避けるだろうから、最初の試験は西エリアに行く事がおすすめだよ」
「だから、なぜ西エリアが空いていると?」
「だって、西エリアは『魔法威力』の試験だろう?心理的に、自分の魔法に自信のある生徒が最初に行く場所なんだ。つまり、実力者が最初に集まる場所。それでその実力者っていうのが、君もよく知ってる生徒会の副会長や、アルバート家の御子息様ってわけなんだ」
センリも、そこでようやく理解した。
「……ああ、なるほどな。つまり、自分に自信のない腰抜けがそんな実力者に囲まれた場所で一緒に試験をすれば、精神的に追い込まれて試験に集中できなくなるって訳か」
「うん、そういうこと」
「だが、それは俺だって同じことだ。俺もそんな実力者に囲まれた所で試験などしたくない」
「あはは、そうだねぇ。……確かに普通の生徒がそんな実力者たちと一緒に試験をすれば、自分の魔法が霞んでしまうだろうけど……」
「―――僕は、君が "全力" でやれば問題ないと思ってるけど?」
「…………」
先程の教室での出来事。
ソーマはその時のように低い声で、何か確信でもあるかのようにそう言った。
そのソーマの言葉に、センリはため息を一つ溢して問いかけた。
「性懲りもなくそんなに俺を買い被って……お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
そんなセンリの質問に、どこか面白そうに笑みを浮かべたソーマが答える。
「さぁね。僕は君と出会ったばかりで、君の事はほとんど知らない。だから、だだの "勘"さ。 こいつは何かを隠してる。僕が勝手にそう思ってるだけ」
「……あそう。つまり、何の根拠もないお前の絵空事って事か」
「うん。……けどね、僕の "勘" って結構当たるんだよ?」
「…………」
「まぁでも、今はそう思っててくれていいよ。……で、結局どうすんの?西エリアに行く?」
「ああ。もうめんどくせぇから西でいいや。……けど、お前とは一緒に行動したくねぇんだよなぁ」
「酷いな、それ!!?」
などと言って、苦笑するソーマ。
そんなソーマを無視して、センリは西エリアへと向かおうとした、瞬間。
「――ちょっと、そこの貴方」
センリの後方から、そんな声が飛んできた。
その声はとても高く上品で、有無を言わせないような強い声だった。
「…………」
しかし、センリは振り返る事なくそのまま西エリアへ向かおうとする。
すると、その声が再びかかる。
「ま、待ちなさい!貴方よ、貴方!……見るからに庶民で貧乏そうで小汚い、そこの黒髪の貴方」
「……あ?」
センリが振り返る。
すると、そこには漫画やアニメに出てくるような、お嬢様オーラを放つ少女。長い金髪を螺旋状に巻き、こちらを虫ケラでも見るような目で見下している。
そしてその金髪縦ロールの数歩後ろには、茶色の髪を無造作に束ねた少女が静かに佇んでいた。
すると、縦ロールが再び口を開く。
「……このわたくしを無視するなんていい度胸ですわね?わたくしを誰だと思っていますの?」
そんな事を言ってくる。
そこで、センリは隣にいるソーマにこっそり訊ねた。
「……誰だ、あいつ?」
すると、ソーマが半眼で答えてくれた。
「2年A組のセレスティーナ・レインフォード。……レインフォードっていう名前を聞けば、思い付くんじゃない?」
しかし、ソーマの言葉にセンリが一言。
「知らん」
センリの言葉に呆れ顔を浮かべ、ため息を吐くソーマ。
「……君、どんだけ無知無関心なの?レインフォード家っていえば五等爵の一つ。彼女は『侯爵家』の御令嬢様だよ」
……ああ、なるほど。
つまり2番目か。
それを確認したセンリは即座に顔を上げ、編入前にルセリアにだけ見せた爽やかな笑みと、全力の敬語でセレスティーナに応じる。
「はい。もちろん存じ上げております、セレスティーナ様。私などにお声がけ頂き光栄でございます。……それで、私めにどのようなご用件でしょうか?」
「…………。……ぷっ……くくっ……」
すると、隣にいるソーマが何かを堪えるように、肩を小刻みに震わせていた。
「…………」
……こいつ、後で殺す。
センリはそんな事を考えつつも、一切表情には出さずにセレスティーナの表情を覗う。
すると、なぜかこちらをとてつもない眼光で睨み付けている。どうやら怒っているようだ。
何か対応を間違えたのかと思っていると、再びセレスティーナが口を開いた。
「――聞こえてましたわよ? このわたくしを知らないですって?……この帝国のみならず、世界でも知らない者はいないと言われている、超有名なあの『レインフォード』の名を持つ、このわたくしを!」
いや現にここに一人、レインフォードの名を知らない奴がいますよ。 とでも言うような表情で、苦笑しながらこちらを見据えてくるソーマ。
……さっきからなんなんだ、こいつは。
すると、心底呆れたように嘆息したセレスティーナが、自分に言い聞かせるかのように言う。
「……フン。まぁ、いいですわ。貴方のような下劣な人間にとって、このわたくしは正に『高嶺の花』。あまりにも住んでいる世界が違いすぎて、知らないという事もあるのかもしれませんわね」
そんな事を自分で言ってて恥ずかしくないのか?という言葉を必死に飲み込み、もう一度センリが問い掛けた。
「……で?一体俺になんの用ですか?」
「…………」
おっと、いけない。
あまりにもこの女がめんどくさかったので、ついいつも通りの態度で対応してしまった。
だが、しっかりと敬語は使ったのでギリギリセーフだろう。
するとそんなセンリの態度に一瞬、目をギラつかせるセレスティーナだったが、下劣な人間だから仕方ないとでも思ったのだろう。その事については追求してこなかった。
「貴方の噂は兼ね兼ね聞いておりますわ。何やらつい先日、この学院に編入してきたそうですわね?……どのような不正を用いたのかは知りませんが、そのような卑怯な人間が、わたくしは大っ嫌いですの!そこで、このわたくしから一つお願いですわ。……早急に、迅速に、速やかに!この学院から去っていただけませんこと?」
「…………」
センリは黙る。
いや、俺だってさっさとこんなところから消えたいのだ。しかし、この学院の理事長に半強制的に編入させられ、今日まで過ごしてきたんだ。……といっても正式に通い始めて、まだ2日しか経ってないのだが。
しかし、『消えたくても消えることができない』ということをこの女に言ったところで無駄だ。
果たしてどう対応しようかと悩んでいると、隣からソーマが割り込んで来た。
「まぁまぁ、二人とも。今は試験中なんだし、試験に集中しよう?……セレス。君も、早く試験会場に向かったらどうだい?どうせ彼と話す時間は、今後十分にあるだろうし」
そう言って場を宥めるソーマ。
……というか、セレス?
相変わらず、誰に対しても馴れ馴れしい奴だなと思いながらも、今回はソーマに感謝だ。
このままこんな不毛で無駄なやり取りが続けていたらキリがない。
すると、『セレス』と呼ばれたセレスティーナが、なぜか僅かに頬を赤らめて応えた。
「……ま、まぁそうですわね。確かにソーマさんの言う通りですわ。今はお互い、試験に集中しなくてはなりませんわね」
「…………」
……コイツらの関係って一体……?
一瞬、そんな疑問が脳裏を過るが、俺にはどうでもいい事だ。すぐに考えるのを止める。
そして、セレスティーナの言葉にソーマが頷き、咳払いをした後、問いかける。
「……それで、君はどの試験から始めるつもりなんだ?僕たちは『魔法威力』の試験から始めようと思ってるんだけど……」
「当然、わたくしたちも『魔法威力』からですわ!どうせあの女もそうでしょうからね」
胸を張って、そう答えるセレスティーナ。
「…………」
そんなやりとりを横で見ていたセンリだったが、セレスティーナはセンリの事などとうに忘れたのか、ソーマと二人で盛り上がっていた。
勿論、センリはその一瞬の隙を見逃さない。
透かさず己の気配を消し、こっそりとその場を立ち去った。
向かうのは当然、西エリア。
今後の学院生活で、2学年の実力者を予めマークしておかなければならないのだ。
まぁ、センリが立ち去った事にセレスティーナの後ろに控えた女は気づいていたようだが。
去り際に、その女が俺にペコリと会釈をしていた。
※
そして数分歩き、ようやく辿り着いた西エリア。
センリが辿り着いた時には、既に数十人の生徒たちが集まっていた。
ソーマの予想通り、他のエリアと違って明らかに人数が少ないように見える。
センリが辺りを一瞥すると、何人かは見覚えのある生徒もいた。
堂々と、大人びた雰囲気で佇む金髪の生徒会副会長。
俺の存在に気づき、鋭い目付きでこちらを睨み付けてくる赤髪の同級生。
俺の存在に気づいてはいるだろうが、決して目を合わせようとしない監視役。
俺の知っている奴はそんなところだ。
……そして。
「…………」
生徒たちの集団から少し外れたところに、一人の男が佇んでいた。
整った金髪に、冷たく輝く蒼の双眸。そして腰には、鞘に収まった黄金の剣。
その男を見た瞬間。センリはただただこう思った。
―――『別格』だ、と。
佇まいだけではない。
抜き身の刃さながらの、鬼気迫る存在感。
そして、腹を空かせた虎にでも睨み付けられているかのような圧倒的な威圧感。
それらが、あの男の全身から溢れ出ていた。
「(なるほど。間違いない。あの男が――)」
―――ルシウス・アルバート。
五等爵の頂点に君臨するアルバート公爵家の子息であり、人類最強の兄を持つ男。
その男を暫く見ていると、センリのすぐ背後から声がした。
「……そんなに彼が気になる?」
「……ああ、少しな。…………って」
センリは反射的に答えてしまったが、背後からかけられた声に聞き覚えがあり、すぐさま振り返る。
そこには、すでに見慣れたへらへら顔の銀髪男が、こちらを見据えて手を振っていた。
「……あはは。やっほ~、僕だよ」
その男を睨み付けて、センリが応じる。
「僕だよじゃなねえよソーマ。消えろ、失せろ。それと、俺の背後に立つな」
「ごめんごめん。気がついたら君がいなくなっててさ……」
「…………」
すると、セレスティーナたちも到着したようだ。
走ってきたのだろうか。セレスティーナの呼吸が、僅かに荒れていた。
「……それより、まだ始まっていないみたいだね。担当の先生もいないみたいだし……。どうしたのかな?」
「……俺が知るか」
恐らく、既に他の試験会場では試験が始まっているだろう。
そんな事をソーマと話していると、誰もいなかった場所が、突然眩い光に覆われる。そして、その光の中から顔面蒼白の女が現れた。
「……うぷっ。……み、みんな~……悪かったわね、遅刻しちゃって……」
「…………」
その場にいた生徒たちは、一斉にその女を見つめる。
当然、センリも一瞥。すると、そこに現れた女には見覚えがあった。
歳は20代だろうか。スタイルがよく、ウェーブのかかった茶色の髪に、胸元や肩などといった部分が露出した黒いローブを羽織っている。
そしてその女は、病院にユリウスと一緒にいた女だったのだ。
以前にどこかで見た事がある。しかし思い出そうとしても、その記憶が霧のようなもので覆われて正確に思い出す事ができない。
一体、あの女は何者だ……?
すると、その女が続ける。
「えー、今回『魔法威力』の試験官を押し付けられ……じゃなかった。担当することになったロゼリア・ヴァンクローネよ。……って、何人かとは授業で顔を合わせた事もあったけど、ここには初めての子もいるみたいだから、改めて自己紹介しておくわ」
「…………」
「じゃ、じゃあ……一応、試験の事について説明するけど、何か質問ある?」
ロゼリアがそう言うと、辺りがざわつき始める。
すると、生徒たちを代表するかのようにルセリアが前に出て、ロゼリアに問いかけた。
「ヴァンクローネ先生。質問は普通、説明した後に受け付けるものではないですか……?」
「……え?」
ルセリアの的確な質問に一瞬、首を傾げるロゼリア。すると、ルセリアの質問の意味にようやく思い至ったのか、ロゼリアが納得したように頷いた。
「……あ、ああ……そうよね。確かに順序が…………うっ、気持ち悪ッ……」
そんなロゼリアの様子を眺めていた俺は、隣にいたソーマに問いかける。
「……あの先生、大丈夫なのか……?」
すると、俺の質問に苦笑しながらもソーマが答える。
「ま、まぁ……いつもの事だから……」
「いや、いつもの事って……。あれ、どう見ても二日酔いだろ!?いつも "あんな" なのか!?」
それに、静かに頷くソーマ。
それを見た俺はため息を溢すしかなかった。
この学院は帝国有数の名門校じゃなかったのか……?
あんな教師がいる学院で、本当に大丈夫なのか……?
すると、俺の心を見透かしたようにソーマが言ってくる。
「……君の心配は尤もだけど、大丈夫だよ。他の教師はまともだから」
「…………」
「それに、あの人もああ見えて能力だけは本物だよ。…………能力だけは」
なぜ、ソーマが2度繰り返すような言い方をしたのかは追求しない。
そんなやりとりをしていると、能力だけは本物のロゼリア先生が、試験の説明を始める。
「……試験の方法は簡単よ。皆には、あそこにある結晶を目掛け、全力で魔法攻撃をブッ放してもらうわ。それで、その『威力』によって私が評価する。魔法を使っていい回数は1人につき、最大2回まで。それで、良い結果の方を評価する基準とするわ。……はい。質問ある人~?」
そこで、改めて質問をとるロゼリア。
すると赤髪の同級生が、手を挙げて質問する。
「……『あの結晶を目掛けて魔法を撃つ』という事でしたが、本当にそれだけで魔法の威力を正確に評価できるんですか?」
「お?良い質問だね、サヤっち~!」
「『サヤっち』って呼ばないでくださいっ!!」
「なんだ、つれないわねぇ~。君の友人の真似をしてみたんだけど……。こほん、まぁいいわ。今、彼女が質問した通り、何人かは同じ疑問に思っている人もいると思うわ」
すると、辺りが再びざわつき始める。
それを見たロゼリアが笑みを浮かべて、サヤの質問に丁寧に解説する。
「……実はあの結晶は私が作ったものなの。それで、あの結晶にはちょっと特殊な "機能" がついていてね」
「……その機能というのは……?」
「特殊な術式で組み立てた魔法回路を通じて、『私と結晶が結合している』とでも言えば分かるかな?」
「……ッ!?」
それに、サヤが驚いたように息を呑む。
そしてサヤだけでなく、回りにいる数人の生徒も驚きの表情を隠せていなかった。
隣にいるソーマに限っては、「これでもっと真面目なら優秀な先生なんだろうけどな……」などと呟きながら苦笑する始末。
確かに、物体に干渉する魔法はいくつかある。
例えば『念動系』の魔法なんかが良い例だ。しかしあれは、意識だけで物体を動かす力。
人から物体に干渉はするが、その逆……つまり、物体から人に干渉することはないのだ。
しかし、ロゼリアが言った『私と結晶が結合している』。……というのはつまり、どちらか片方が一方的に干渉しているではなく、人と物体の両方が干渉し合っているということ。
言葉だけ言うのは実に簡単そうではあるが、この場で実際にやってみろと言われて、本当にやれる生徒はいないだろう。
ロゼリアにとって、そんな超高度な魔法を使う事と、1+1を計算する事は同レベルの話なのかもしれない。
しかし物体と人が結合する、という事はつまり……。
「……じゃあ、もし私たちがあの結晶を攻撃したら、先生が……」
「ええ。当然、私もダメージを受けるわね」
サヤの質問に、平然と即答するロゼリア。
今度は "驚き" よりも、"焦り" の気持ちを表情に出し、サヤが食い下がる。
「……た、確かに私は、一発の単純な『魔法威力』では他の生徒より劣っているかもしれません。しかし、ここにはその一発の単純な『魔法威力』が飛び抜けている生徒だっています!……そんな生徒の攻撃を受け続けていたら、いくら先生でも……!!」
確かにサヤが言いたい事はわかる。
いくら魔法のエキスパートでも、全員の魔法を食らい続けていたら、当然、ただでは済まないだろう。
しかし、ロゼリアと言えば……
「……あら?もしかして私の心配をしてくれてるの?サヤっちってば、貴女も案外可愛いとこあるのねぇ」
「……だ、だからぁ……!」
再び『サヤっち』と呼ばれて恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にするサヤ。
ロゼリアは苦笑しながら「ごめんごめん」と言うが、それほど反省はしていないようだ。
「……まぁ、確かに私でも、2学年全員の魔法を食らっていたら、さすがに身が持たないわ。けど安心してちょうだい。ちょっとした裏技を使えば、ダメージを受けずに威力だけを判定できるのよ」
「……そ、そんな事が!?」
「可能よ。……と言っても、なんて説明すればいいのかしらねぇ。これはかなり複雑なんだけど……
えー、誰がいいかしら?」
そう言って、ロゼリアが辺りを見回す。
そして、ロゼリアは一番近くにいたルセリアを見つめて、
「――ルセリア。何でも良いわ。ちょっと私に魔法を撃ってみてちょうだい」
「……え?ですが……」
いきなり魔法を撃てと言われ、戸惑う生徒会副会長。
しかし、
「いいから、早く!」
一瞬、戸惑いを見せたルセリアだったが、ロゼリアに促され、渋々といった感じで承諾した。
「……分かりました。――では!」
ルセリアがそう言った瞬間、周囲の気温が一気に下がった。
そして、ルセリアの右手からは真っ白の冷気が吹き出し始める。その冷気を発する手の平をロゼリアに向け、左手で右手首を押さえる。そして―――!
「―――《結晶硬化》ッ!!」
一瞬にして結晶化した氷の塊が、ロゼリアの額を目掛けて真っ直ぐ放たれた。
「…………」
ロゼリアは、それを避ける事なくじっと睨み付けてから、たった一言。
「――無に帰せ」
ロゼリアがそう呟くと、ルセリアが放った氷の塊は、消えたのだ。
砕けたわけでも、溶けたわけでもない。
そのままの意味で、消滅した。
「……う、うそ、でしょう……?」
最初にそう声を上げたのは、魔法を放った張本人であるルセリア。
いや、自分が撃ったからこそ分かったのだろう。
この技は、そう簡単に防がれるようなものではない。その "自信" があったからこその、驚き。
一部の生徒を除いては、今、何が起きたのか分からなかっただろう。
今の出来事を当事者以外で尤も近くで見ていたサヤでさえ、ロゼリアとルセリアの顔を交互に見ていた。
それを見たロゼリアは、さぞ満足したように鼻を鳴らす。
「ふふ~ん。すごいでしょう?これは魔法発動の仕組みを応用した技。……だけど、君たちにこれの仕組みは教えられないわ。でも、私がルセリアの魔法を消したように、結晶から伝わってくるダメージを無くす事もできるから。私の事は心配しないで全力で試験に望んでちょうだい」
「……わかりました」
生徒たちは仕組みを知りたそうな顔をしていたが、自分たちには無理だと判断したのだろう。
ロゼリアにこれ以上食い下がる事はなかった。
すると、隣にいるソーマが聞いてくる。
「……ねぇ、センリ。君には、今なにが起こったかわかった?」
それに、
「俺が分かるわけねえだろ……」
とだけ答えた。
しかし、センリは大体ではあるが分かっていた。今、ロゼリアがルセリアの魔法に対して何をしたのかを。
―――ロゼリアは、ルセリアの魔法に干渉したのだ。
正確に言えば、"魔法に" ではなく "魔力に" だが 。
外界魔力を使うにしろ内界魔力を使うにしろ、魔法を発動する際には二つの手順を踏まなくてはならない。
一つ目が、魔力の消費。
そして二つ目が、魔法への変換。
当然、魔法のエネルギー源である魔力は、魔法を発動する際に消費する。
しかしそれ以外にも、魔力を魔法へと変換しなければならないのだ。
そして魔法にも様々な種類がある。
それは、ルセリアのような『氷の魔法』だったり、先ほど例に出した『念動力』のようなものなどが挙げられる。
使う魔力は同じだが、魔法によって必要な魔力の量、流れ、質などは違う。
ルセリアが先程使った『氷の魔法』。
それを使うのだって、決まった手順を踏み、それから自分で魔力量や流れを調整させた上で、魔力が氷へと変換されたのだ。
言ってしまえば、"魔法" 放つというより、"魔力" そのものを放つと言った方がわかりやすいだろう。
もっとわかりやすく数学に例えると、分数の分母を『術者が持つ魔力』とし、分子を『魔法に宿る(消費した)魔力』とする。
仮に術者自身の魔力を3とし、消費した魔力を1とすれば、その魔法には術者の3分の1の魔力が込められているという事になる。
そこでロゼリアは、ルセリアの魔力に干渉し、何らかの方法でルセリアの魔法に宿る魔力を強制的に0にした。
するとその時、魔法に宿っている魔力は3分の0。そして、実体化できなくなった魔法はそのまま消滅したのだ。
つまり、なぜルセリアの魔法がロゼリアによって消滅させられたのかと言うと、ロゼリアがルセリアの魔法に宿る魔力に干渉し、消滅するよう仕向けたからということになる。
―――だがもしも、その技を使える者がさらにそれを極めたら?
強制的に魔力を0にする力が、『魔法に宿る魔力』ではなく、『術者が持つ魔力』に対して使われたら?
人間を含め、この世に現存する全ての生命体は内界魔力を持っている。
その内界魔力がなくなれば "絶命"。つまり、"死ぬ" ということだ。
そんな殺戮染みた魔法を使える奴が現れたら、この世界の生命体は人間を含めて絶滅してしまう。
だから、"万が一" の可能性を怖れて、ロゼリアはこれの仕組みを生徒たちに教えなかったんだろうな。
……まぁ、『死神』でもなければそんな事はできないと思うが。
センリが一人そんな事を考えていると、ロゼリアが改めて口を開いた。
「――それじゃあ少し遅れちゃったけど、『魔法威力』の試験を始めるわ。試験を受けたい人から名乗り出なさい!」
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