勇者の魂を受け継いだ問題児
*概要説明*
「……つーわけで、今日から待ちに待った実技試験だ。お前ら、気を引きしめていけよ~……」
担任のバルバロスが教卓の前に立ち、頭をボリボリと掻きながらそんな事を言う。
すると、一部の生徒から「え~」だの、「めんどくせ~」だとのいう声が聞こえてくる。
センリはそのクラスメイトたちの言葉に激しく同意しつつも、バルバロスの次の言葉を待つ。
すると、バルバロスも本当にめんどくさそうにため息を付いて、その生徒たちに言う。
「……俺だって別にやりたいわけじゃねーんだぞ?だがこれは、この学院の方針でな……。 恨むんなら、この学院に入学したテメェの選択を恨め」
「…………」
担任がこんなで良いのかよ……?
そんな事を考えながらセンリは心の中で苦笑していると、廊下側の席に座る一人の女子生徒が机を叩いて立ち上がる。
「バルバロス先生!今はHR中のはずです!実技試験の概要説明をお願いします!」
そう言い放ったのは、燃えるような赤髪に、気の強そうなつり目をした少女。
そして、その赤髪の少女にバルバロスが着席するよう促してから応じた。
「わざわざ言われなくとも分かってる。なんたって仕事だからな。 ……んな事より、クレーヴェル。細かい事でいちいちピーピー言ってると、男寄って来ねぇぞ?」
バルバロスがそんな事を半眼で言うと、『クレーヴェル』と呼ばれた少女、サヤが頬を赤くし、担任を睨み付けて言う。
「……な、ッ!? 今はそんな事どうでもいいでしょう!? それより、早く説明を――!」
すると、バルバロスも「わーった、わーった」と言って、ようやく試験の説明を始めた。
「試験の期間は今日から1週間だ。……と言っても、丸々1週間やるわけじゃないから安心しろ。 ……なんたって、A組からZ組まで1000人以上いる2学年全員を試験するんだからな。頑張ってもそれくらいの期間はかかっちまう。 んで、クラスごとに試験をしていくんだが、試験の内容は大きく分けて2つ」
そこまで言って、バルバロスがチョークで黒板に、試験の内容を書いていく。
*
――内界魔力量と威力、汎用力の判定。(2日間)
――模擬決闘。(5日間)
*
バルバロスはそれだけ書いて、再びこちらに振り返って口を開く。
「……と、まあ、こんな感じだ。『魔力判定』に関しては、各々、試験する順番は異なるだろうから、その試験を担当している教師の指示に従え。 因みに今日試験するのは、A組からM組までだ。つまり、このクラスはこれから試験をする事になる。 そんで、『模擬決闘』に関してはだが……。えーと、ちょっと待てよ……。そろそろ来ると思うんだが……」
バルバロスがそんな事を呟いた――直後。
教室の扉が外側からノックされた。それにバルバロスが反応して、応じる
「……ん?ああ来たか。……いいぞ。入れ!」
バルバロスがそう言うと扉がガラガラと開き、そこから一人の少女が教室に入ってきた。
「……失礼します」
そう言って入ってきた少女の顔に、センリは見覚えがあった。
黄昏に燃える麦穂のようにまばゆい金髪。冷たくも意思を感じる蒼穹のような蒼い瞳に、腕には【生徒会】という腕章をつけた一人の少女。
その少女が教卓の隣まで歩いてくる。
そして、生徒の方に振り向き、礼をしてから名乗ってきた。
「生徒会副会長を務める、2年A組のルセリア・フリーズライトです。 今回は、実技試験の試験内容の一つでもある、『模擬決闘』の概要説明をしに参りました。……今から、その概要を纏めたプリントを配りますので、各自、明後日までに目を通しておいてください」
そう言って、ルセリアがプリントを前の列の生徒に配り始める。
そして前の列の生徒が、ルセリアから受け取ったプリントの束を、自分の分だけ取って後ろに回す。
そんな作業を『懐かしいな』と思いながら、センリの前の席に座る茶髪のチャラ男からプリントの束を受け取り、そのプリントを捲りながら、言われた通り目を通してみる。
するとそこには、模擬決闘のルールや生徒一人一人の対戦相手が、ご丁寧に書き連ねられていた。
そして、センリは自分の対戦相手の名前を確認する。
――2年F組。キリカ・トワイライト。
「…………」
……当然だが、知らない名前だ。
果たして俺は今回の試験、どのように戦おうかなと考えていると、隣の席に座る銀髪が話しかけてきた。
「……ねぇ、ほら見てみなよ!すごいねこれ。
2学年の生徒の名簿でぎっしりだ!」
そんなどうでもいい事を言ってくるソーマ。
それにセンリは、
「……ああ、そうだな」
適当に、且つ短く相槌を打って聞き流した。
そして再び前を見ると、ルセリアが補足説明をし始める。
「……既に担任の先生から話は聞いていると思いますが、模擬決闘を行うのは明後日からです。 そして本日から2日間行われる魔力判定ですが……HR後、休憩を挟んだ後すぐに行われるので、全員、9時までにグラウンドに集合してください。 そしてプリントの内容に質問などある方は、お手数ですが生徒会室までお願いいたします。……それでは、失礼します」
そう言って頭を下げ、D組の教室を出ていくルセリア。
そして、ルセリアを見送ったバルバロスが口を開く。
「……と、言うわけだ。 んじゃ、ちっとばかし早ぇが、これでHRは終わりにしといてやる。 便所行きてぇ奴はさっさと済ませて15分以内にグラウンドに全員集合!……では、解散!」
それだけ言って、バルバロスも教室を出ていった。
「…………」
それと同時、あちらこちらから「お前の対戦相手は誰だった?」だの、「終わった……」だのという声が聞こえてきた。
すると、それに同調するように、隣の銀髪がまた話しかけてきた。
「……ねぇ、君の対戦相手は誰だった?」
「知らん! ……つーか、どうせお前のプリントにも書いてあるだろうが。それで確認すればいいだろ?」
そう言うと、ソーマが自分のプリントを見て、俺の名を探す。
そして俺の対戦相手を見つけたのか、一瞬目を細め、今度はこちらを『可哀想な子』でも見るような表情で、馴れ馴れしく俺の肩に手を置いてから言ってきた。
「2Fのキリカ・トワイライト、か……。 うん、何って言うか、その……ドンマイ」
そしてセンリは、自分の肩に置かれたソーマの手を払い除けてから問いかける。
「……そんなに強いのか?こいつ……」
「うん、まぁね……。2学年の女子生徒の中では、多分2番目位に強いと思うよ。 でも、彼女の本当の恐ろしさは、単純な"強さ"ではなく……」
そんな意味深な事を言ってきたソーマだったが、センリの前の席に座る茶髪のチャラ男を見て、言葉を飲み込む。
そして、プリントを見つめながら震えるチャラ男に、ソーマが問いかけた。
「……ど、どうしたの、クロード?」
「……あ、ああ……」
冷や汗をかきながら煩悶するクロードを心配そうに見つめ――数秒後。
「……ア"アぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!??」
「「…………!?」」
突然、クロードが頭を抱えて、大声で嘆き散らした。
その声に、ソーマやセンリだけでなく、教室に残っていた生徒たちも驚いて、「一体、何事だ!?」とでも言うような表情で、こちらを見据えてくる始末。
散々嘆き散らしたクロード。 すると、今度は俯いて、なにかブツブツと言い始める。
「……ああ、最悪だ……。死ぬ。殺される。俺の人生、詰んだ……」
「…………」
クロードが発した、常人には聞き取れないほどの小さな声も、しっかりと聞き取ったセンリが、自分のプリントを捲って、クロードの対戦相手を探してみる。
すると、そこには1人の生徒の名前が記されていた。
――2年B組。ルシウス・アルバート。
「…………」
――アルバート。
どこかで聞いた名だなと思っていると、ソーマも俺のプリントを横から見てきて名前を確認した後、クロードに共感したように苦笑して呟いた。
「……ああ、なるほどね。クロードが嘆くのも無理はないか……。 もう、"可哀想"とかいう次元を遥かに通り越して、"災難"としか言えないな、これは……」
「…………」
そんな事を呟くソーマの言葉は無視して、アルバートという言葉を思い出す為に、頭を巡らせる。
アルバート、アルバート……アルバート?
「……あっ」
そこで、思い出した。
俺に、こんな生活を強要した張本人。
――ユリウス・アルバート。
五等爵の頂点。アルバート公爵家の長男にして、『光の剣聖』と謳われている人類最強の聖騎士であり、この学院の現理事長でもある男。
その名を思い出したところで、センリも何となくは状況を理解した。
そこで、クロードが立ち上がり、ソーマに縋って問いかけた。
「マジでどうしよう!俺の余命、長くて1週間だ!まだやり残した事あるのに!! ……なあ、ソーマ!試験を辞退するとかできるか?辞退したらどうなる!?」
そんな事を言うクロードに、ソーマが苦笑しながら答えた。
「……まぁ、出来なくはないと思うけど、もしそうすれば2年の評価はほぼ間違いなく赤点……下手をすれば退学になるよ?」
「ちっくしょおおぉぉぉぉおおお!!」
再び絶叫しながら、クロードは教室を飛び出して行った。
センリはそんなクロードを横目で見送る。
その頃には教室には誰も残っておらず、残っていたのはセンリとソーマの二人だけ。
センリがソーマを見据えて問いかけた。
「なぁ、別に今期は赤点になっても、次で頑張れば進級出来るんじゃねぇのか……?」
センリの問いに、ソーマが首を横に振って応じる。
「いや、この学院は1期制。 他の学校と違って、2期制や3期制のように評価が各学期で分けられていないんだ。だから、1年間の評価は1回だけ。 ……つまり、1度でも赤点を取ってしまえば、その時点で退学になってしまうんだよ」
「なるほどな。じゃあ今回の実技試験は、今後の進級や卒業の為にかなり大きな評価基準になるというわけか……」
「まぁね。 でも、君だってかなり危うい状況だって事、理解してる?」
「……は? どういう意味だ?」
「君が編入してきたのは昨日……夏休みが明けてからだ。 つまり、僕たちが2年に上がった時から、昨日までの間の君の評価はゼロ。 だから、君も今回の試験から3月までの間、本気で頑張らないと進級出来ないよ?」
「へぇ……」
ソーマがそんな事を言ってくるが、センリは興味無さそうに半眼で応じた。
ハッキリ言って、評価ゼロというハンデを背負っていても、俺には関係ないんだよな……。
そんな事を考えてから、センリは立ち上がる。
そして、そのまま出口へと向かうと、背後からソーマがこんな事を言ってきた。
「……楽しみだよ。 君がどうしてこの学院に特待編入生として編入してきたのか……この試験でようやく知る事ができる。 見せてくれよ、君の力を……」
そんな事を言ってくるソーマに振り返らずに、センリが応じた。
「買い被りすぎた。俺にそんな力なんてねぇよ」
「本当かな~? そんな事を言うやつほどヤバイ……ってのが、僕の今までの経験なんだけどなぁ」
「知るか。ほら、さっさとお前もグラウンドに行かねぇと――」
「……なぁ」
センリの言葉を、少し低い声で遮ったソーマ。
「…………?」
そして、センリが振り返る。
すると、先程までのへらへら顔はどこへやら。
センリの背後に立つソーマの全身からは、とてつもない殺気が溢れ出ていた。
そして、さらに低い声でソーマが言ってきた。
「下手な嘘吐かしてんじゃねえよ……! センリ・ヴァンクリフ――!!」
「――な、ッ!?」
そこで、センリが驚いたような表情を作る。
そしてその時には既に、自分は無数の魔法陣に囲まれていた。
センリはその事を、たった今気づいたという……フリをする。
「…………」
この魔法が発動するのは、約0.7秒後。
属性は―――闇か。
そして、この魔法は恐らく束縛・拘束系の魔法。殺傷能力は皆無。
魔法が放たれる方向は正面と左右からのみ。背後は無し。
まず、このまま一瞬で後退。魔法が放たれた瞬間に跳躍。そのまま壁と天井を蹴って、ソーマに向かって跳べば反撃可能。
センリは、それら全てを一瞬で予測演算する。
「…………」
――だが、センリは動かなかった。
反応できない。そもそも、今の今まで気づく事すら出来なかったという、演技をする。
――そして、魔法が発動。
魔法陣から放たれた無数の鎖。
それら全てがセンリに向かって、真っ直ぐ伸びてくる。
この程度のスピードであれば、今から動いても十分躱せるな……と思いつつも、センリはまだ動かない。
そして、
「……ぐ、ッ!!」
魔法陣から伸びてくる無数の鎖がセンリの身体に纏わり付き、自由を奪われる。
そして、鎖によってグルグル巻きにされたセンリが、
「なんだよこれ!?……鎖!? なんでこんな物が俺に纏わり付いてんだ!?」
などと言ってみる。
すると、少し考えるような素振りを見せたソーマが問いかけてきた。
「……ねぇ。どうして避けなかったの?」
「……は?んな事よりお前、なんでここで魔法使ってんだよ。 学院の敷地内での無断使用は禁止なんじゃねぇのか……?」
しかし、ソーマはセンリの言葉を無視して続ける。
「君、僕の魔法に最初から気づいてたよね?」
「……はぁ?気づいていたらこんなミノムシみたいになってねえよ。 とにかく、さっさと解除してくれ。早くグラウンドに行かねぇと、お前も試験に遅れるぞ?」
すると、ソーマが呆れるように目を細めて言ってくる。
「……君、こんな状況なのに、随分と落ち着いているんだね。 ……まぁ、いいや」
そして、ソーマが指を鳴らす。
すると、最初からそこには何も無かったかのように、跡形もなく魔法陣と鎖が消えていく。
そして、センリが鎖から解放され、目の前に立つ男に向かって問いかけた。
「……で?今の茶番はなんだったんだ?」
「はは。茶番、ね。 君がそれ言う? でもまぁ、強いて言うなら君の実力判定かな?」
「なら、俺はお前より弱かったってわけか?」
「…………」
「……そんじゃあ、俺は先に行くぞ」
それだけ言って、センリが教室を出る。
「(……ちょっと演技が雑だったかな……)」
そして、センリは廊下を歩きながら考える。
先程のソーマの動き……あれはかなり速かった。
身体能力に関してはまだ分からないが、魔法の展開速度や滑らかさは、恐らくリリアナ以上だった。
果たして、俺が本気でやったら勝てるのかどうか……。
恐らく、この学院にはソーマのような実力者、あるいはそれをも凌駕する化け物がごまんといるに違いない。
「(……果たして俺は、本当に卒業まで自分の力を隠しきれんのか……?)」
少し不安になりながらも、これから始まる試験を適当にやり過ごす方法を考えなければならない。
そう思い、エントランスホールで靴を履き替え、ステータスプレートでロッカーを開け、刀を取り出し、グラウンドへと向かうのだった。
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