勇者の魂を受け継いだ問題児
*悲劇*
「あー、クソめんどくさかった……。
編入早々、休暇明けテストとか阿呆かっての」
聖グラムハート学院。
エントランスホールにある長椅子に、背凭れに肘を乗せ、ぐったりと凭れ掛かりながらそんな事を呻く黒髪の問題児。
そして、そんなだらしないセンリをまるで生ゴミでも見るかのように一瞥し、目の前を通り過ぎていく生徒たち。
しかし、センリはそんな生徒たちからの視線などお構い無しで、今度は思いきり脚を伸ばしてみる。
すると、横から声が掛かった。
「……そこの貴方! 学院の風紀を乱すような行いは避けてください!」
―――澄んだ、よく通る声。
どこかで聞いた声だなと思い、声のした方を見てみると、こちらを冷たい瞳で見下ろす一人の女子生徒。
黄昏に燃える麦穂のようにまばゆい金髪。
凛とした佇まいに整った目鼻立ちで、冷たくも意思を感じる蒼穹のような蒼い瞳。
色白でスラリと伸びた肢体、そして成熟しきった豊艶な体つきが、その女性の魅力をさらに掻き立てている。
「……あ」
そんな少女を見据え、センリが間抜けに口を開く。
「あ、貴方は……!?」
同じく、少女の方も麗しい双眸を大きく見開いて、両者の時間が止まった。
「…………」
「…………」
無言。
そしてお互い暫く見つめ合うが、金髪の少女の咳払いによって、再び時間が流れ始めた。
「えーと、センリくん……だったかしら? 久しぶりね」
―――ルセリア・フリーズライト。
腕に「生徒会」と書かれた腕章を着けた、この学院の生徒会副会長だ。
以前、センリは彼女に校内を案内して貰ったのだ。
「……久しぶりといっても、一週間しか経ってないけどな」
ルセリアの言葉に、半眼で応じるセンリ。
すると、なぜかルセリアがクスクスと笑みを零して、
「ええ。そう言えばそうだったわね。 ……それよりセンリくん?あの堅苦しい敬語はどうしたの?」
今度はそんな事を訊ねられた。
思い返してみれば、あの時は変な態度をとって悪目立ちしたくなかったから、頑張って使い慣れない敬語で話していたんだった。
……だが、今となってはどうでもいい。
とっくに、俺は悪目立ちしているだろうから、今さら優等生ぶっても手遅れだろう。
だから、もうセンリは敬語なんてめんどくさいものは使わない。
「あの時は初めての学院に緊張していたからな……」
などと言ってみる。
「そうなの? ……ならもう、学院には慣れたのかしら?」
「……おいおい、まだ編入初日だぞ?流石にまだ居心地悪いよ」
センリは呆れ顔で、そう答える。
―――まあ、俺が卒業するまで「居心地良い」と思える日は来ないだろうがな。
そんな事を口には出さずに付け足した。
「……で、お前は生徒会の仕事で見回りでもしてんのか?」
「ええ。そんなところよ」
「じゃあ、仕事に戻ったらどうだ?こんなところでお喋りしてる暇はないだろう」
「貴方に言われずともそのつもりよ。……それよりセンリくん。くれぐれも、学院の風紀を乱すような行いは――」
「はいはい。わーった、わーった。今度からは気をつけるよ……」
「わかってくれればいいの。 ……それじゃあ、私も仕事に戻るわ。ご機嫌よう」
「……ああ。じゃあな」
それだけ言って、ルセリアは去っていった。
センリはルセリアの後ろ姿を暫く見つめ、
「じゃあ、俺もそろそろ帰るか。 ……つっても、俺には帰る家なんてねえのか。 は~あ、今日は何処で野宿すっかな~」
椅子から立ち上がって伸びをする。
そして、玄関へと続くエスカレーターに向かおうとした瞬間。
「――あ!見つけたっ! ……セッちん!」
背後から女の声が聞こえた。
そしてその声の主はこちらに向かって走ってきているようだ。
「…………」
だが、『セッちん』などという人間は知らないので、センリは無視してエスカレーターに足を乗せる。
「――ちょ、ちょっと!?」
「…………」
―――下降。
そして、中間あたりまで降りた頃だろうか。
背後の少女はようやくエスカレーターの前まで来たようで、再び背後から声がかかった。
「――ちょっ、セッちん!? 待ってってばっ!!」
「…………」
そんな事を言われてもエスカレーターが勝手に下降するもんだから、俺の意思とは関係なく、どんどん少女との距離が開いていく。
すると、少女がエスカレーターを一段飛ばしで、走りながら降りて来た。
……おいおいおいおい。
エスカレーターを歩行するのだって禁止されてんのに、一段飛ばしで走り降りてくるって何考えてんだ?
もし今、足を踏み外したら……!
そんな事を考えていると、案の定、背後から「うわぁ!」という少女の短い悲鳴が聞こえた。
―――刹那。
センリの背中にタックルでもされたかのような重い衝撃が走った。
そしてセンリはその衝撃により、バランスを崩してそのまま転倒。
エスカレーターの下へと真っ逆さまに落ちていった。
―――そしてセンリの意識は、そこで途絶えたのだった。
※
センリは再び目を覚ました場所は、病室のようなところだった。
白い天井に、白い壁。
彼は、その部屋の白いカーテンに囲まれたベッドで横になっているようだ。
右腕と右脚、そして肋骨。
腕と脚はシーネで固定され、包帯が幾重にも巻かれている。
肋骨もバストバンドを巻かれていて、体を起こそうとするとズキズキと胸が痛む。
どうやら、本当に折れているようだ。
「…………」
エスカレーターから落ちた瞬間、一応、受身を取ったつもりだったのだが、どうしてここまで酷くなったのだろうか。
「……失礼しまーす……」
センリがそんな事を考えていると、カーテンの向こうから声が聞こえた。
「…………」
センリは何も答えず見ていると、白いカーテンがシャーッ……と開いて、そこから一人の少女が顔を出した。
すると、
「……あ!目が覚めたのですね? ……よかった」
その少女はセンリが目を覚ましている事に気づき、嬉しそうに顔を綻ばせた。
綺麗な銀髪に、灰色の瞳。
知らない顔だが、保険委員だろうか。
「…………」
センリが黙って少女を見上げると、少女がセンリのすぐ傍まで歩み寄ってきた。
「……あの、覚えてらっしゃいますか? 貴方はエスカレーターから……」
「……ああ。突き飛ばされた」
センリは少女の問い掛けに頷いて、そう答えた。
すると少女は困ったように俯いてから、そのまま深々と頭を下げた。
「……本当に、すみませんでした」
「……? なぜ、お前が謝罪する?」
少女の意味不明な行いに、首を傾げて問いかける。
すると少女は頭を上げ、目線を落としてから口を開いた。
「……事情は、聞きました。私の友達が貴方を」
しかし、少女の言葉を遮って、言う。
「質問の答えになってない。 なぜ、お前が謝罪する?あの青髪はどうした?」
「彼女なら、職員室へ向かいました。もうじき戻ってくると思います」
「……ふむ」
「それより、お体は痛みませんか?どこか痛むようなら言ってください」
少女の言葉に、センリは首を横に振る。
「体を動かそうとしなければ問題ない」
「そうですか。よかった。 ……なにせ、ここまで重傷の方の処置をするのは初めてで……」
「これ……お前がやってくれたのか?」
「はい。ですが、シャノンさんが戻ってくればその傷は完治しますので、それまでお待ちください」
「……完治? これが、すぐ治るのか?」
センリの質問に一瞬首を傾げるも、少女が何かに気づいたのか、パチンと手を叩いて説明してくれる。
「センリさんは編入したばかりなのでご存じないかもしれませんが……学院内では、先生方の許可が無ければ魔法を使う事はできないんです」
ああ……この世界には『魔法』という技術があるんだった。
それを使えばたかが骨折、一瞬で完治させる事も容易だろう。
なら、病院の存在価値などないだろうと思うが、病院は魔法では治せないほどの致命傷、あるいは病などを癒すためにあると、以前、リリアナが言っていた事を思い出した。
「そうか。……それより、俺の事を知っているのか? 俺は見覚えないが……」
その質問に、少女は何かを思い出したように目を見開いて、
「あ!すみません。そう言えば名乗っていませんでしたね」
そう言って、少女は手の平を自分の胸に当て、名乗ってきた。
「……私はフィリシア。フィリシア・シルヴァーナと言います。 貴方と同じ、2年D組の生徒です」
「……そうだったのか」
考えてみれば、朝、教室で会ったかもしれない。
そんな事を考えていると、保健室のドアがガラガラッと開いて、シャノンが入った来た。
「……フィリス~?セッちんの様子は――って、セッちん!?目が覚めたんだ!よかった~」
シャノンは安堵するように大きく息を吐いて、こちらに寄ってくる。
「セッちん!さっきは突き飛ばしちゃって、
ごめんネ☆」
「…………」
少し腰を低くし、顔の前で手を合わせ、片目を瞑りながらそんな事を言ってくるシャノン。
暫く無言で彼女を見つめて……。
「……は?」
あまりにも軽々しい謝罪をされ、流石の俺も呆気に取られてしまった。
……え?なに?
今の、謝罪?
全く関係のないフィリシアはまともな謝罪をしてきたにも関わらず、加害者であるはずのシャノンはあまりにも軽々しい謝罪。
そして、へらへらと笑いながら、シャノンが続ける。
「だけど助かったわ! 地面に落ちる瞬間、セッちんがあたしの下敷きになってくれたんだよ? ……そのお蔭であたしは怪我しなかったし。ありがと!」
「…………」
そんな事を、一切、悪びれる様子なく笑顔で言ってくるシャノン。
……ああ、ようやくわかったよ。
受身を取ったはずなのに、どうして俺がここまで重傷になったのか……。
すると俺の隣に立つフィリシアが、慌ててシャノンに言う。
「シャ、シャノンさん!それはいくらなんでも……。 もっと、真剣に謝ってください!」
フィリシアの言葉にシャノンが首を傾げ、真顔で答える。
「……真剣に謝ったじゃん?」
―――ど・こ・が・だ・よ!!?
俺が心の中でツッコミを入れる。
「いいから!やり直しです!……さあ!」
「も~、わかったよ!……せっちん。
ご・め・ん・ネっ!☆」
「…………」
「…………」
センリとフィリシアの顔から感情が消えた。
………変わってないぞ?
『やり直す』って、『同じ事を繰り返せ』って意味じゃないからな?
……というかむしろ、さっきより悪化してるから。
先程の仕草に、新たに『舌を出す』というオプションが付いた謝罪だった。
―――そして数秒後。
センリが諦めたように大きなため息を吐く。
「……ああ。もういいよ。……んな事より――」
「あ!シャノンさん!許可は頂けましたか?」
「うん!そういう理由ならいいってさ! じゃあ、フィリス。やっちゃって」
すると、フィリシアが此方を振り向いて、
「それではセンリさん。すぐ終わるので、楽にしていてください」
「……ああ」
センリがそう言うと、フィリシアが此方に手を伸ばして詠唱を唱える。
「……癒しの光よ。其は女神の息吹なり。
汝を苦しめる全ての災厄に終止符を」
すると、センリの周りを暖かい光が包み込んだ。
そして、
「……終わりました。 少し、体を動かしてみてください」
センリはベッドから体を起こしてから、言われた通り、軽く体を動かしてみる。
「……どう、ですか?」
恐る恐ると言った感じで、フィリシアが訊ねてくる。
それにセンリが頷き、
「……ああ。問題ないみたいだ。」
「そうですか!よかったです」
「……ねぇねぇ、フィリス~?」
すると、訝しげな視線をフィリシアに向けて訊ねるシャノン。
「いま、『女神の神癒』を使ったよね?骨折くらいの怪我で大袈裟なんじゃない?」
「…………」
「まあ、流石に『治癒』じゃ完治させる事は厳しいかもだけど……『再生』でも十分だったんじゃないかな~って」
そんな事を言うシャノン。
センリはフィリシアを見据えて訊ねる。
「……なにか問題でもあったのか?」
「い、いえ!確かに骨折程度の怪我であれば『再生』でも十分かもしれませんが……。 もし、気付かなかった怪我があってそれを放っておけば、後遺症が残るかもしれないので、一応……」
「……そっか」
センリの問いかけに、曖昧な笑みを浮かべて否定するフィリシア。
それに、一応は納得したのか、シャノンが頷いた。
「そ、それより!サヤさんはどうしたんですか?」
「あー、サヤっちなら職員室にいたよー?
今日のテストで分からなかったところがあったからって」
「……流石ですね」
「いやいや、フィリスがそんな事言ったら、サヤっちに対する皮肉にしか聞こえないよ」
「い、いえ……そんなつもりは……」
「……あはは、冗談だってば」
そんな事を言って、笑うシャノン。
その二人の様子を、センリが羨ましそうに眺めていた。
……仲、良いんだな。
「(――って、何考えてんだ俺は。こんな馴れ合い、俺には二度と必要ないだろう!)」
一瞬、自分の脳裏を過った無駄な感情を即座に排除し、センリはベッドから立ち上がる。
「フィリシア。今日は助かった。礼を言う」
「……い、いえ。此方にも落ち度がありましたし、お互い様です」
フィリシアのどこに落ち度があったのか。
原因は全てシャノンであり、フィリシアは何も悪くないと思うのだが。
だが、そんな事を言っても時間の無駄だ。
センリは頷いて出口へ向かう。
―――と、そこで。
「あ、そうだ!ねぇセッちん!今から皆でファミレス行かない?」
「……は?」
センリが振り返る。
すると、
「いいですね!今からサヤさんも誘って皆で!」
名案だ、とでも言うように微笑みながら、パチンと手を叩くフィリシア。
「でしょでしょ!?」
「――おい待て! 勝手に決め……」
「じゃあ、さっそくサヤっちを呼んで行くから!いつものファミレスで合流ってことで~」
しかし、センリの言葉を無視して話を進めるシャノン。
そして、フィリシアまでもが。
「はい!わかりました! ……それでは、私たちは先に行ってますね?」
「ちょ、待てコラ!少しは人の話を……」
「サヤっち~~!今からファミレスに―――」
ここからでは職員室にいる『サヤっち』とやらに聞こえるはずないのに、そんな事を叫びながら、センリの横を擦り抜けて保健室を飛び出していくシャノン。
「…………」
「…………」
そして、保健室に残されたセンリはフィリシアを睨み付けて、
「……お前、わざと話に乗っただろ?」
すると、口元に手を当て、クスクスと微笑みながらフィリシアが答える。
「すみません。……でも、こうでもしないと貴方とは二度とお話する機会が来ないと思ったので」
「……俺は行かないぞ?」
「どうしてですか?」
「こんな馴れ合い、俺には必要ないからだ」
「……どうしてですか?」
「…………。 俺にも色々あるんだよ」
「……そうですか。 でしたら、わざわざ来なくてもよろしいですよ?」
「……そうか?」
物分かりのいいフィリシア。
いきなり手の平を返され、一瞬訝しげな視線を送るも、センリとしてはその方が都合がいい。
「じゃあな。今日は本当に助かった」
「はい。 ……こちらこそ」
そして、センリも保健室を出ようとした
―――瞬間。
「ああ……先程の『女神の神癒』でオドを沢山使ってしまいました。……どうしましょう。もし、このまま倒れたりしたら、他の人にも迷惑をかけてしまいますし……」
「…………」
明らかに独り言とは思えない声でそんな事を言い出すフィリシア。
そして、今度は恥ずかしそうにモジモジしながら、
「何より、怖い人たちに"いけないコト"をされてしまったら、私、もうお嫁に行けなくなってしま―――」
「ああー!!もう、わーったよ!!行きゃあいいんだろ、行きゃあ!!」
センリが諦めたようにそう言うと、フィリシアがパアッと表情を明るくした。
「わぁ!一緒に来てくださるんですか?心強いです!」
「…………」
まさかこの女、こうなる事を想定して―――
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