勇者の魂を受け継いだ問題児
*少女の正体*
「(……一体どこまで歩くんだ?気づかれたら何て言い訳するかな……)」
そんな事を考え、マジで動かなくなってきた足を引きずりながら、20メートルほど離れた所から、必死に着いていく。
少女の方と言えば、こちらに気づく気配もなく、スタスタと森の中を進んでいる。
「(……まあ、気づくワケ、ねえよな……)」
優真は今まで、誰かの後を尾行した経験などなかった。
―――いや、当然だろ?
俺は日本で生まれて日本で育った、平和ボケした高校2年生だぞ?
この年で誰かの尾行をする経験があったら、それこそ、『どんな生活してんだよ』っつー話じゃねーか。
しかし、なぜか俺は『こういう事』に慣れているかのように、一切音を立てずに歩けている。
スパイ映画とかに出てくるハリウッドスターも驚きの尾行術だ。
そして、おかしいのはそれだけではない。
さっきから思っていたが、あの異様な視力や運動神経はなんなのだろうか。
別に優真は目が悪い訳ではない。それに、体力テストでもかなり良い成績だった。
しかしそれを踏まえても、流石にこれは異常だろう。
―――まるで、自分ではない誰かの力が、自分の力になったかのようだ………。
……まさかな。
「(……はぁ~あ……にしても、あんまり良い気はしねえなぁ……知り合いでもない女の後をずっと付け回す男って、どうなんだよ……)」
……まあ、知り合いであれば付け回してもいい、というわけでもないんだが。
すると、前を歩く少女が、急に立ち止まった。
すると、その少女がため息をついて、静かに振り返り……
「……さっきから、私の後をつけているようだけど……何か用かしら?」
などと、とても透き通った綺麗な声……しかし、少しイライラしたような声音で、こちらに問いかけて…………って!?
「(……………ッ!!!?!?)」
……え?バレた……?
なんで……?
尾行は完璧だっただろ……!?
「…………」
……いや、落ち着け。
これは『つけられているかも……?』という時に使う、暗示かもしれない。
このまま大人しく出ていったら、それこそ相手の思う壺……って、どっちにしろ怪しまれてんじゃねーか!!
―――絶体絶命。
……こういう状況の時に使う言葉なんだな~。
……なんて、呑気に悟ってる場合じゃねえ!!
マジで、どうすんだ!?この状況!!
……逃げるか……?
いや、この足じゃ無理だ。
あー、クソッ!!
こんなことなら、尾行なんてするんじゃなかった!!
湖の件は見なかった事にして、さりげなく声かければ良かったんだよ!!
この年で警察沙汰は、マジで勘弁してくれ!!
「(……絶対に姐さんに笑われる……ッ!!)」
そんな事を考えて、悶々としていると……
「……そんなに……そんなに私が醜いの……?」
「(………ん?)」
いきなり、少女が暗い顔で俯きながら、何か言ってきた。
……醜い……?なんの事だ?
「……殺したいのなら、いつものように、早く攻撃してきなさいよ!」
などと、大声で……って、
「(……いきなり、なに言ってんだ?……殺す?誰が?……誰を?)」
さっぱり、状況が飲み込めないんだけど?
俺をあぶり出す為の演技か……?
いや、それにしてはリアルというか……。
話の展開についていけず、取り敢えず黙っている。
すると、ギシギシと何かを引っ張るような音が、少女の方から聞こえ、
「……何を企んでいるのか知らないけれど……出て来ないのなら此方からいくわよ」
少女がそう言った瞬間、俺の頬をスパッと何かが擦った。
すると、ヒリヒリと頬が痛み始め、手で触れてみると……
「……な……っ!?……血、だと……!?」
優真は、頬を擦った物が飛んでいった方向を見て、思わずゾッとした。
優真の頬を擦ったそれは、木の幹に突き刺さった、一本の矢……。
「~~~っ~~~!?!?!?」
その瞬間、冷や汗が身体中から流れてきて、声にならない悲鳴を上げる。
少女は、中たらなかった、という事を気配で感じたのか、矢を番えて、こちらを目掛けてもう一本の矢を放とうとしたところで―――
「……ちょっ……ま、待ってくれ!!……わ、わかった。わかったから!!」
両手を頭の位置まで上げ、慌てて木の影から出て行った。
すると、こちらに矢尻を向けた金髪の少女が、何故か驚いたように、
「…………え?え?……人間!?な、なんでこんな所に人間が……?」
「………?」
何に驚いているのか分からないが、取り敢えず、黙る。
まだ、矢尻はこちらを向いている為、余計な事を口走れば、冗談抜きで殺される可能性がある。
「…………」
「…………?」
俺が黙っていると、少女が、何故か無言で俺の顔を見つめてくる。
……なんだ、この状況!?
すげぇ、気不味いんだけど……!!
しばらく見つめられた後、ようやく弓を下ろして、少女が尋問してくる。
「貴方……本当に人間……よね?」
「………?まあ、一応?」
どんな尋問だよ!!
あなた人間ですか?って、そんなの見りゃわかんだろ!!
つーか、あんたも人間だろうが……!!
「……じゃあ、どうやってこの森に入ったの?」
「……どうやって、って……んー……」
「答えて!!」
「……!?」
どう答えようか悩んでいたら、いきなり怒鳴られた。
俺は慌てて、質問に答える。
「……え、えーと、普通に寝て……目が覚めたらこの森に―――」
「…………」
優真が正直にそう言うと、少女は無言で弓を構え直し……
「……ほ、本当だっての!俺にもさっぱり分からないんだよ!!」
優真が激しく釈明すると、少女が呆れたように弓を下ろす。
「…………まあ、いいわ。……で、人間が私に何の用?見たところ、まだ "子供" のようだけれど……」
「へ、へぇ……子供、ね……実は俺、こう見えて17歳……なんだけど?」
引きつった笑みを浮かべて、そう説明してやる。
先程の傷が痛いが、そんなの知ったことか。
そして優真の言葉に、少女が一言。
「……やっぱり、子供じゃない」
「いや、そうだけど!確かにまだ、未成年だけど!!」
「……どうでもいいわよ、そんなこと……」
「あんたが言ってきたんだろうが!!」
体力の限界を迎えている状態でのツッコミに、はぁはぁ、と息を切らす俺。
まったく……俺は一体、何やってんだか。
漫才やるために出てきたんじゃねーぞ?
そもそも、俺とこいつの歳なんて、たいして変わんねぇだろうが。
見た目は俺と同じか少し上か……。
その時、少女といえば、「この人、どうして息を切らしているんだろう?」みたいな事を考えているのか、顎に手をあてて、首を傾げていた。
そして、話が脱線している事に今さら気づいたのか、こちらを睨みつけ、再び糾明してくる。
「わ、私が聞きたいのは、貴方がどうして私の後をつけたのかって事で……」
……まあ、当然の疑問だ。
なにせ、自分は知らない男に後をつけられていたのだから。
逆の立場なら、俺だって問いただしているだろう。
だから、優真は正直に答える事にした。
「……えーと、だな……何から話そうか……」
「…………」
「まず、俺はこの森に、自分の意思で入ったわけじゃない。……さっきも言ったが、目が覚めたら、ここにいたんだ。信じられないかもしれないが……まあ、取り敢えず信じてくれ。じゃなきゃ、話が進まない」
それに、少女がこくりと頷いた。
それを確認し、優真は続ける。
「……目が覚めたのは昨日の夜。夜中だ。……いきなり知らない森の中に自分がいて、正直、かなり戸惑った。……今すぐに森を出ようとはしたが、暗くて周りが見えなくてな……しょうがないから、朝まで待って、朝から歩き続けたんだが、中々出られなくてな……」
「…………」
「途方に暮れて、森の中を彷徨っていたら、目の前に湖があってな……そして、その湖であんたを見つけて―――」
「……え?ちょっ、ちょっと待って!」
「………ん?」
なんだ?
いきなり、話を中断されたんだが。
何かおかしな箇所でもあったのか?
そんな事が脳裏を過る。が、いきなり少女がわなわなと震えだし……
「あ、貴方、もしかして、湖から私を……?」
「あ、ああ……そうだけど……?…………あっ」
それがどうした?と、訊ねようとした瞬間。
自分が墓穴を掘ってしまっていた、という事に今さら気づき、慌てて今の言葉を取り消そうとするが、時すでに遅し……
「……え? って事は、もしかして……わ、私の、裸を……?」
「……い、いやいや……裸?一体、何の事だよ!?」
「~~~っ~~~!!」
―――刹那。
少女は涙目で弓を構えてきた。
「……ッ……!!?」
……ヤバい。
今度こそ、本気で殺る気だ。
優真はすぐに、弁解をし始める。
「ご、誤解だ!!俺はただ、水分補給をしていて……」
しかし、優真の言葉を遮って、
「嘘よっ!……貴方、私の裸を見たんでしょ!?……最っ低!!確かにあの時、誰かの視線を感じた気がしたのよ!! 尾行だけでなく、覗きまで……ッ!!」
そう怒鳴りながら、今度こそ、問答無用で矢を放って来る。
放たれた矢は、優真の顔面へと真っ直ぐ飛んできた。
そして、その矢が、優真の目に突き刺さろうとした瞬間。
ギリギリで、それを躱す。
「……お、おい!危ねーだろ!! 今、目に入りそうだったぞ!?」
「……今度こそ外さないわよ……大人しくなさい!!」
「ふざけんな!!てめ、俺を殺す気か!?」
「死ねぇぇぇッ!!!!」
―――10分後。
「……そうだったの。森から出る為に、ね……」
「…………」
あれから彼女の誤解を解き、なんとか事情を飲み込んでくれたようだ。
しかし、事情を理解してくれたのはいいが、まだ優真に対する彼女の対応が、少しばかり冷たい。
まあ、不可抗力とはいえ、覗いた事実がなくなる訳じゃないから、仕方ないと言えば、仕方ないワケで……。
それを理解した上で、彼女に訊ねてみる。
「……あんたは、この森の出方を知ってるんだよな?」
それに、少女が顔を顰めて応じてくる。
「貴方……さっきから思っていたのだけれど……その、『あんた』っていうの、やめてくれないかしら?」
「……あ?じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」
「……え?……わ、私は…………シルヴィアよ」
「……シルヴィア?……シルヴィア、ね……」
「……わ、私も名乗ったんだから、早く貴方も名乗りなさいよ……!!」
「……お、おう。そうだな。俺は優真だ。才条優真」
「……サ、サイジョー……ユーマ?……えーと、変わった名前ね」
「そうか?別に普通だと思うけど……」
「……そう、なのかしら」
「あのさ、シルヴィアって……もしかして、日本の人じゃないのか?外国の人……だよな?」
「……え?……ニ、ニホン……?ガイコク?……えーと……」
少し戸惑うように、目を泳がせる。
別に、わざわざ質問しなくても、大体の見当はついていた。
シルヴィア、と言う名前。
その煌びやかに輝く金色の髪に、透き通った青い瞳。
色白の肌や、日本中の女子が欲しがる完璧なスタイル。
まあ、それだけを見ても、間違いなく純粋な日本人ではないだろう。
その割には、日本語で普通に会話出来ている事から、留学生か……あるいは、親が別々の国の……
「……もしかしてシルヴィアは……ハーフ、だったりするのか?」
「………ッ!!!??」
優真が何気なく聞いた一言に、シルヴィアは、動揺や戸惑い、恐怖などの様々な感情が入り交じったような表情になり、まるで『親に怒られている子供』のように縮こまって、肩を震わせながら俯いた。
その様子を見た優真が、
「……な、なんだよ……どうかしたか……?」
「……ユーマも……貴方もやっぱり、そう、なのね……」
「………は?」
シルヴィアが俯きながら、何かを呟いている。
優真が聞き返すと、目元に涙を浮かべながら、此方を睨み付けて喚き叫んできた。
「……ユーマなら!貴方だったら、私を……私を "そんな風に思わない" って……一人の女の子として扱ってくれる、って思っていたのに……やっぱり貴方も、『そう』なのね……!?」
「おい!ちょっと待て!!……一体、何の話だ!?……もしかして俺が、『ハーフ』って言ったこと……それに怒っているのか!?……だったら、謝る!! お前の事情も知らず、身内の詮索をした俺が悪かった!!」
そう言って、素直に頭を下げる。
シルヴィアはそんな優真を見て、ハッと何かに気づいたのか、慌てて弁明してきた。
「……い、いえ……ユーマは悪くないわ……ごめんなさい。……悪いのは、この世に生まれてきた私なのだから……」
などと、再び訳のわからない事を言ってくるシルヴィアに、とうとう頭にきた優真が、呆れたようにシルヴィアを睨み付け、
「……お前、馬鹿じゃねえの!?」
「…………え?」
優真の口から出たいきなりの罵倒に、シルヴィアは目を丸くして見上げてきた。
しかし、優真は無視して続ける。
「……さっきからワケのわかんねぇ事を次から次へとペラペラ、ペラペラ……お前は馬鹿なのか?『俺ならそんな風に思わない?』何の事だよ!?出会ってたった数十分の俺を、どんな目で見てんのかは知らねえが、俺はそんな大層な人間じゃねえ!!」
「…………」
「……お前が俺に何を求めてんのかも知らねーし、俺はお前じゃねぇんだ!……お前が今、何を考えて、何を抱えてんのかも、俺にはわかんねぇ!……だが、相談くらいなら聞いてやる。……だから……言えよ。お前の口で」
「…………」
「……一体、お前は何を抱えていて、何に怯えているんだ?」
「…………」
「…………」
俯きながら、黙るシルヴィア。
俺はそんなシルヴィアを見つめながら、考える。
「(……ったく、なに偉そうに語ってんだよ、柄にもねぇ……。 だいたい、俺は人様に何かを言えるほど、出来た人間じゃねぇだろ。それにいつもの俺なら、『知るか。だから何だよ』で終わりじゃねぇか。なんで俺は、こんな事をシルヴィアに言ったんだ?)」
しかし、考えても答えが出て来なかった。
俺には、シルヴィアが抱えている『何か』を、一緒に抱えてやる覚悟もないし、怯えているシルヴィアに掛けてやる言葉もない。
だが、何故か。俺は言わずにはいられなかったのだ。
姐さんは、今の俺を見たら、男らしいと褒めてくれるだろうか。
それとも、お前には似合わないと笑い出すだろうか。
恐らくは両方だろう。
しかし、俺がシルヴィアの立場にいて、俺の立場に姐さんがいたら、間違いなく似たような事を俺に言うだろう。
……まさか、俺は姐さんの真似がしたかったってのか?
いや、そんなワケねえか……。
―――優真がそこまで考えたところで、ようやくシルヴィアが顔を上げ、口を開いた。
「……貴方に……ユーマに聞いて貰いたい事があるの……」
「………ああ。言ってみろ」
「……私ね……その……実は……貴方の言う通り、ハーフなのよ」
「そうか。……で?」
「い、いや!だから!……私は、ハーフなのっ!!」
「あっそう。……ハーフね。……それで?」
「だ、だからっ!!私はハーフなんだってば!!」
「だからなんだよ!!?」
全く会話が噛み合わない。
ハーフ?それがどうした?
今どき、混血児なんて珍しくもなんともねーだろうが。
俺が通っていた学校にも、何人かいたんだぞ!?
それに、こんなにハーフハーフ言われると、自慢されているようにしか思えない。
一体、なにが言いたいんだ、こいつは!
―――しかし、次にシルヴィア放った一言で、優真は言葉を失った。
「……私はハーフエルフ。……父親が人間で、母親がエルフの混血児よ」
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