勇者の魂を受け継いだ問題児

ノベルバユーザー260885

【プロローグ】*選択と結果*



―――何を選べば正解なのだろうか。


―――どうすれば、自分や周りが報われるのだろうか。


 どんなに難しい選択でも、正解があるのなら、良いのかもしれない。
 どんなに非道な選択でも、正解があるのなら、まだ、良いのかもしれない。


 だが人間には、正解などないと分かりきっている選択肢でも、何かを選択しなければならない時が、必ず来る。
 誰も彼もが幸福になれる訳でもなく……。
 絶望する事すら許されないほどの、不条理で無慈悲な、不可逆の選択。


 残酷なまでに個人の価値観を試されるそれは……。
 いつだって、こちらの心の準備などには一切構わず、唐突に訪れるもので……。


 それを―――世界の理不尽さを改めて思い知らされた、あの選択。


 果たして、自分はどうすれば良かったのだろうか……?
 そして彼女は、自分にどうして欲しかったのだろうか……?




          *




「……なんで?どうして、こんな事になったんだ……?」


 夕日で赤く染まった空に向かって、少年が、そう問いかけた。


 答えなど返ってくるはずもない。
 ましてや、"選択"のやり直しができるわけでもないという事など分かっていたにも関わらず、少年は、そう問いかける事しか出来なかったのだ。


 もしも、本当にこの世に"神"と呼ばれる存在がいるのなら……。
 もしも……もしも、時計の針がほんの少しでも左回りに回ってくれたのなら……。


 そんな事を考える少年の表情は……『絶望』に染まっていた。


 あの時こうしていれば、また違った結果になっていたのではないだろうか……?
 あの時こうしていなければ、また、これとは違った結果になっていたのではないだろうか……?


 だが、そんな事を今更になって思い返したところで、後の祭り。


「……頼む。もう一度……もう一度だけ、目を開けてくれないか……?」


 少年は、自分が抱えている一人の少女に向かって、そう懇願する。
 しかし、少女の体はぐったりと力を無くし、動く事もなければ、再び目を開ける事もなかった。
 その祈りが届かないと知っていても、少年は既に体が冷たくなってしまっている少女に、何度も、何度も懇願した。


「……頼むよ、夕日。 もう一度だけでいいからさ……俺に、お前の美味い料理を食わせてくれよ……?」


「…………」


 それでも、少女は動かない。


「……っ、く――ッ!! なんで……?なんでだよっ!?」


「…………」


「おい、夕日!!つまんねぇ空寝なんかしてないで、早く起きてくれよ!! もう一度……もう一度俺に、笑いかけてくれよ――ッ!!」


「…………」


 それでも、目を開けずにぐったりとしている少女を見て、少年の瞳からは次々と涙が溢れ出てきた。


「あ……ああ、ア"ア"ぁぁあああああああああああああああああああ――ッ!!」


 その時、少年は嫌というほど思い知らされただろう。


―――世の中、"結果"だけが全てだという事を。






           ※






 俺の名前は才条優真さいじょうゆうま。ちなみに17歳だ。
 17歳といえば高校生。そして、今日は平日だ。
 普通の学生ならば、朝から学校へ行き、授業を受ける。休み時間にはクラスの友達などとお喋りをして、部活をやって帰ってくる。
 普通の学生なら当たり前の日常。
―――そう、普通の学生ならば……。


「はぁ……。 今回も、くっだらない連中だった」


 昼間から部屋のカーテンを閉めきり、椅子の背もたれに思いきりもたれ掛かって、まるで残業が終わったサラリーマンのような、気だるげな声音で、そう吐き捨てる。
 机の上には一台のパソコン。そして、そのパソコンの画面には『You   Win !』という文字が。
 優真がその画面を見つめて。


「弱い、弱すぎる……。どいつもこいつも、手応えが無さすぎる。 あ~あ、いっその事、チーターとやってみるか?」


 そんな事を言いながらパソコンを操作し始める。


 そう、優真は現在進行形で引きこもり。
 そして、優真の引きこもり生活が始まったのは、今から半年前。
 理由は簡単だ。
 一人暮らしだった優真はその日、とある理由で学校を休んだ。そして、次の日ももう一日だけと休み、それが一週間、一ヶ月と休み続けた結果、気づいたら自分は家に引きこもるようになっていた。ただ、それだけ。
 もちろん、近くにあるコンビニなどには行く。
 別に引きこもりといっても、部屋から出られないわけではない。出たくないだけなのだ。


 学校に行く気にはならないわ……身内はうるさいわ……暇潰しのゲームでは、他のプレイヤーのレベルが低すぎるわ……。
 なにか面白い事はないものかと、いつもパソコンで探している。


「……にしても、腹減ったな。 コンビニまで行くのはめんどいし、かといってこのままだと飢え死にするし。はぁ……しゃあない。カップ麺でも買ってくるか……」


 そして、準備をしようと立ち上がると……。
 机に置いてあった携帯が鳴り出す。


「んあ……なんだ?」


 自分の携帯に電話が掛かってくる事などほとんどない優真は、その鳴り続ける携帯を睨み付ける。
 そして、その間も携帯は鳴り続けているが、優真は出ない。


―――切れる。そして、再び鳴り始める。


 間違い電話ではない、という事を確認できた優真は、取り敢えず電話に出てみる。


「もしも―――」


『もしもし、優真?あんた、なんですぐに出ないのよ!?』


「―――げ、ねえさん………」


 突然、耳元で炸裂した女の怒声。
 優真は電話をしてきた相手を認識した途端。頬を引き攣らせながら携帯を耳から離し、通話終了ボタンに親指を伸ばす。……が、


『……ああ、そうそう。この通話を切ったりしたら、今月の仕送りは無いからね❤』


「…………」


 優真は無言で親指を元の位置に戻し、携帯を再び耳に当てる。
 そして、忌ま忌まし気に問い掛ける。


「……一体、何の用だ?」


『いや~、久しぶりにあんたの声が聞きたくなったのよ』


「…………」


 はは、面白い冗談だ。
 指が滑って通話を切ってしまいそうなくらい面白い。
 しかしそれは、破滅への片道キップ。
 少し指を動かすかどうかで、自分の生死が決まってしまうほどに今の優真の命は危ういのだ。


『……ふふ、なんてね』


 すると、急に穏やかな声音になり、心配そうに言ってくる。


『……優真?』


「……んだよ」


『ちゃんと、学校行ってる? しっかりとご飯も食べてる?』


「ああ。イッテルイッテル、タベテルタベテル」


 などと、適当に相槌を打つ。
 勿論、学校には行っていない。一応、食事は取っているがカップ麺など、栄養に問題のある食品ばかりだ。
 そして、買い置きしていたカップ麺が無くなったので、今から買いに行こうとしていたのだが……。


『……私、あんたの将来が心配で―――』


「はいはい、心配無用。……優花ねえさんが生活費を送ってくれている間は死んだりしないから、今後ともよろしくお願いします」


『いや、そういう事言ってるんじゃないわよ……。 まあ、あんたの為なら少しは助けてあげるけど……』


「……ああ、分かってる。ヤバくなったら、姐さんの脛をかじって生きていくよ。そん時は俺を養ってくれよ?」


『……どうして、そこで "働く" という選択肢が出てこないのよ。 ……まったく、甘やかしすぎるのも、あんたの為にならないか。 ……あ、そうだ!』


「………?」


 何かを思いついたように声を上げる優花。
 なんだ?と思い、訊ねようとしたが、無性に嫌な予感がして聞くのを躊躇っていると、まさかの予感的中。
 とんでもない事を、仰りやがった。




『あんたへの仕送り、来月から少しずつ減らしていくから、アルバイトでもなんでも探しなさい』




「―――ふ、ふざけんなッ!!鬼かお前は!?」


『……はぁ?私はあんたの為を思って……』


「それを『余計なお世話』って言うんだよ! 大体、お前からの仕送り無しで、俺はどうやって生きていくんだ!? 数秒前に自分で言った言葉も忘れたのかよ!?この鶏!!」


『誰が鶏よ! 大体あれは、あんたが自分で暮らしていけるようになる為ならサポートするっていう意味よ! さっさと自分の仕事を自分で探しなさい!』


「お母さんか!?」


『子どもか!!』


 そんな言い合いをして、はぁはぁと息を荒くし、一旦、呼吸を整えてから再び口を開く。


「……俺はな、別に裕福な暮らしをしたいって言ってんじゃねぇんだ!ただ、ごく普通の、平凡で平和な生活を送りたい、それだけなんだよ!そんな些細な願いを抱くのも罪なのか?……そもそも、俺を一生養えるだけの金を持ってんだから、いいだろ別に……」


 などと、己のダメ人間ぶりを、何の悪びれもなく発揮する優真。
 対する優花は、自分の弟がこんな人間のクズになってしまった原因は自分なのだと悟り、今まで弟を甘やかしてきた自分を呪った。
 優花は、それでもなお、弟を甘やかしてしまう自分に呆れるように、大きなため息を一つ零して。


『まあ、いいわ。仕送りはこのまま続けてあげるから、せめて学校には行きなさい』


「……行ってるっつの」


『嘘つけ。あんたの学校、携帯は使用禁止でしょうが。しかも時間的に、今は授業中よ?』


「………」


 そんな事を言ってくる。


―――つまり、だ。
 この女は俺が学校に行ってないと勝手に決め付け、電話を掛けてきやがったのだ。
 ……まあ、実際に行ってないんだが。


『……まぁ、そういう事よ? あんまり人に迷惑を掛けないよう、気をつけなさい』


「へいへい」


 優真がめんどくさそうに相槌を打つと、相手から電話が切られた。
 ツーツー、と鳴り続ける携帯をしばらく見つめ、電源を切って机の上に放り投げる。


「……さぁて、俺は一体、なにしようとしてたんだっけ……?」


 そう呟くと、いきなり腹の虫が鳴き出した。
 そして、思い出す。


「……ああ。そういや、食料を買うんだったな」


 そして、机の引き出しの中から財布を取り出して、優真はコンビニへと向かった。




 そして、コンビニで買い物を済ませた優真は、ビニール袋を片手に、自分の住むアパートへと向かっていた。
 袋の中身は、カップ麺とスナック菓子。
 買い置きにしては少ない量だが、今月の仕送りをまだ貰っていないので、あまり多くは買えなかった。
 つまり、今月分の仕送りを貰ってから再び買いに行く事になる。面倒ではあるが、食料の為には多少の苦労は致し方ない。
 そんな事を考えながら、歩みを進める。


 そして、アパートに辿り着き、ネットゲームで数人のユニゾンチームをソロで無双。
 それに飽きた優真は、先程、優花に『人に迷惑をかけるな』と言われたばかりだが、"掲示板荒らし" という迷惑行為を十分に楽しんだ後、適当な時間に眠りについた。




―――そしてこの日が、優真がこの世界のこのアパートで寝る事が出来た、最後の日・・・・だったのだ。





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