アイディアル・アイドルガール ~なんでもします! わたしをトップアイドルにしてください!~

佐倉唄

3章3話 パープルランドセル(3)



「いいかしら高槻くん? 私はこれ以上譲る気はないわ。このJSセットは、私の命に代えても星乃さんに着せて、絶対に購入する。OK?」
「…………OK」

 試着室に近寄って十音先輩は恋歌に女子小学生セットを渡した。少し離れたところから様子をうかがっていると、変な口論が耳に届いてくる。

「こんなの着るなんて正気ですか!?」
「もちろんよ! 嫌かもしれないけど、高槻くんはロリコンだからこれを星乃さんが着れば一撃で落ちるわよ!」
「じゃあ、着ます!」

 えぇ……、なぁ、恋歌? お前は俺がロリコンと呼ばれていることに、何も違和感を覚えないのか? 幼馴染がロリコンになっても愛情は変わらないのか? そして何よりも――、

「やはりチョロインね、彼女」
「口に出さないでやってください……。恋歌も一生懸命なんです」

 試着室の中から「なにこれっ!? 恥ずかしいよぉ……」とか「う~~、スカートの丈が~~」とか情けない声が聞こえてきた。その声で俺の隣にいた十音先輩は恍惚の表情を浮かべる。いや、声だけではない。服が擦れる音、服が床に落ちる音、恋歌の吐息まで鼓膜に焼き付けて、十音先輩はうっとりしている。隣に意識している人がいると、俺までつられて意識してしまうな……。一度気になりだすと、俺の方も心臓が高鳴る。

 そしてしばらくすると、恋歌が試着室から出てきた。
 サイズが小さめの白いブラウスに、紺色のスカート。丈の短いスカートの裾を握って、パンツが見えないように引っ張る。とどめに黄色の帽子とパープルのランドセルを身に付けていた。

「ど……どうかな? タク君が好きらしいから着てみたけど……」
「えっ? いや、その…………い、いいんじゃないか?」

 羞恥心で顔を真っ赤にして、そして涙目で訴えかけてくる恋歌。その姿で感想を求められたら、誰だって彼女を傷付ける回答はできない……はず。多少口ごもって、疑問系だったが、恋歌は満足して照れながら笑みをこぼした。

「ウェルカム・トゥ・ザ・ロリコンワールド。歓迎するわよ、高槻くん」

 恋歌には聞こえない小声で俺に囁く十音先輩。あとで覚えておけよ。

「その、ね、タク君? わたしはタク君がロリコンでも好きでい続けるよ!」
「お願いだから大声で告白しないで! さっきの店員がまた俺を睨んでくるから!」

「ロリコンってことは否定しないんだ」
「するよ! ロリコンは十音先輩の方だ!」

 と、ここで2回拍手が響いた。音の発生源を向くと十音先輩が仕切り始める。

「とりあえず、これで購入する物が2着決まったわ。私がJSセット、星乃さんがメイド服。つまり残りの1着は高槻くんが選ぶことになる。それなので高槻くんはもう一度行ってきなさい」
「はぁ、了解です」

 俺は2人をあとにしてまたもや店内を歩き回った。しかし、無闇に歩き回るとまた厄介事に巻き込まれるから、先に頭の中で候補を決ることにした。何がいいだろうか? バニーガール? それともゴスロリ? はたまたシスター? 俺は必死に考える。そして遂に1つの結論に達した。
 店内を捜し歩きお目当ての物を発見すると、それを手にとって2人のもとに戻ってきて――、

「恋歌! 十音先輩! これならどうだ!」
「なにそれ、エプロン?」

 恋歌が不思議そうな瞳をしながら聞いてきた。十音先輩もどのようにこれを着るのか不思議そうだ。

「そうエプロン! 裸エプロンだ!」

 瞬間、時が止まった。恋歌も、十音先輩も、俺を見張っていた店員も、周りにいた客も、全員が微動だにしない。空気が死んだとか、動きが消えたとか、そんなちゃちな物じゃない。本当にこの場にいた全員から感情が無くなった。

「確か……高槻くんの『水素の画像』フォルダには裸エプロンの女性がいたわね……」

 はなはだ遺憾なことに十音先輩は後退あとずさり、顔の筋肉が引きつっている。いびつな笑みが彼女の動揺を表していた。そして少し俺を非難する目をしている恋歌。

「いましたけど、なにか問題でも?」
「ハァ……まさか実の幼馴染に自分の性癖を押し付けるとは……頭大丈夫?」

「十音先輩には言われたくない! 出会ってまだ1週間の人に幼稚園児服を着せようとさせたくせに! アンタも俺も五十歩百歩だ!」
「タク君? それは大差がないってことだから、自分も変態って認めてるよ?」

 なに? 俺が変態だと? そいつは心外だ! 俺を隣にいるロリコンと同系列で語ってもらっては困る。俺の裸エプロンに対する情熱は、そこらにいるニワカとは断じて違うのだ。ゴホン、と、咳払いをして俺は裸エプロンの素晴らしさを説き始めた!

「いいか? 裸エプロンとは露出の多いエロスと、エプロンをまとう家庭的性格が迸る最高のコスプレだ。エロいのに家庭的、家庭的なのにエロい。このパラドックスが共存できる唯一無二の答えが裸エプロンなのだよ。裸なのに大事な箇所が見えない、もどかしさ。家庭的な衣装ゆえの、癒し。肌色が多いゆえの、昂り。そして、パラドックスが共存するゆえの興奮。まだだ! こんな言葉じゃ裸エプロンの魅力は100分の1も伝わらない! 水着も肌色は多いが、それ以上に裸エプロンは肌色が多い。だからこそ女の子も照れる! メイド服も万人受けするが、それ以上に裸エプロンはマニアに受ける。だからこそ女の子も恥らう! 園児服も幼くて可愛いが、それ以上に裸エプロンは着る人によって印象が変わる。だからこそ女の子も輝く! しかも似合う属性がたくさんあるんだよ? お姉さんが着れば世話を焼いてくれそうだし! 妹が着れば背伸びしていていじらしいし! 幼馴染が着れば普段とのギャップに萌える! だから恋歌、裸エプロンを着てくれないか!?」

「絶対にイヤっっ!!!」

 不意に、俺の心の中のナニカが崩れた。精神の崩壊とともに、店内には拍手が巻き起こった。「よく言ったわ!」「変態に対する報いよ!」「変態は滅べ!」「みんな? 高槻くんに帰れコールをしてあげましょう?」「変態は帰れ!」「女の敵は帰れ!」「高槻くんのようなエロ魔神は帰れ!」と非難の声が上がる。って、ちょっと待て! 十音先輩はなぜ火に油を注いでいるんだ!?

「ねぇ、タク君? そもそもね? この衣装じゃ踊れなくない?」
「なん……だと……?」

 その一言で俺のメンタルは完膚なきまでに叩きのめされた。そいつは盲点だった!

「とりあえず、かなり脱線したから話を戻しましょう? 高槻くんが使い物にならないことが判明したから、最後の衣装はスク水にするわ。このあとは昼食、もうすぐ12時で込み始めるから、その前に適当なファミレスで、それで異論はないわね?」
「「はい」」

 異論? 本当は山ほどあるさ。でもここは雌伏のときだ。次に撮影用のコスプレを買いに来るときには、さりげなく誘導して絶対に裸エプロンを恋歌に着させてみせる。


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