名無しの道化師 (名無しのピエロ)

茶畑 智

ディモル=フォセカ

「よいしょっ……と。あー重かった! あなた見た目以上の重さあるのね! なんて言うか、私好みの身体よ」


一体何事か!と言いたげな顔をしてあたふたしているオッサンが、予想通り口を開いた。


「き、君? 大丈夫かね……? アンズ君、向こうで何が……?」


太陽の光を反射して美しく輝く満月のように、月の光を反射させて美しく輝く頭の所長は、女研究者さん改めアンズさんを問いただしている。


「私にも何が何だかサッパリです。向こうに運ばれた時は多分気絶してましたし。気がついた時にはもうこうなってましたので」


アンズは薄い桃色の髪を掻き上げながらため息混じりにボヤく。






__俺が何をしたかバレてはいな……いのかな。……色々と問いただされる前に帰った方が良さそうだ。ここに長居する理由ももう無いしな。






「大丈夫ですから……あ、ありがとうございます。もう行きますね」


俺は二人の会話に割り込んで話を終わらせ、速攻でその場を去った。


「あら? あの子何か落としていきましたよ」


アンズがついさっきまでへリクのいた所に近づきそれを確認する


「包帯? ……そう言えばあの子、左腕に巻いてたような」


「ほぉ……次会った時のために、それは私が持っておこう」


そう言って包帯を奪い取ると、思い出したようにこう続けた。


「そういえば……スカウトでもしておけば良かったなぁ。昔の私に似てイケメンだったしな! ハッハッハッハ!」






「……何者なんでしょうね、あの子」






本物の月明かりが辺りを照らし、白く輝く草原に野太く陽気な笑い声が高らかに響き渡った。


















───────────────────────










家に帰ってきてからの記憶が曖昧で気がついたらリビングの椅子で寝ていた。夜も更けて今は朝の4時くらいだろうか。










__色んなことがありすぎて頭がパンクしそうだ……。とても一日しかたっていないとは思えない。






朝からゴーレム討伐、昼に他国で最重要施設に不法侵入し__ダミーだったのだれけど__その勢いのまま夕方にまた、ゴーレムを倒す。常人にはこなせないメニューだろう。






__ただ、収穫は過去最高の一日だった。アルメリア公国の裏事情も知れたし、何より声が出せるようになった。……様々な言語機能の強化か。今まで理解すらできなかった言葉があったような気がしたのだが、そんな感覚は消失してるし、さっきチラッと読んでみた辞書……の様なものに書いてあった内容も全て覚えている、これもリーディングの賜物だろう。このスキルの存在が広まれば研究者の命が危ぶまれるのは間違いない。少なからず悪用しようと考える奴はいるはずだからな。……一応言っておくが俺は悪用ではなくしっかり見合った働きをしてから拝借したまでのこと。






一日の出来事__もう日をまたいだので昨日の出来事なのだが__を振り返りながら自宅のリビングで一人、発声練習をするへリク。


「ァーィーゥーェーー……?」


発声した時の振動で、ムズムズしはじめた喉を一掻きしようとした時だった。


「あれ……俺もしかして……包帯落としてきた?」


普段、外に出る時には必ず巻いていた特殊素材で合成された包帯がそこに無かったのだ。


「……最悪だよ……絶対ゴーレムいた所じゃん。拾って下さってたりしませんかね、助けてくれたお礼だよ。とか言ってさ」


一人で何も無いところに向かって話しかけているへリク。


今日中にはなんとかして包帯を取り返そうと決め、捜索の時間を多めに取るため、無駄がないよう大まかに今日の予定を組み、椅子に座ったまま大きく身体を伸ばす。






時刻は朝の5時






「……風呂でも入るかぁ」






へリクはリビングを出てすぐの所にある風呂場に、着替えを持ってゆっくりと歩いていった。


















「スッキリした……。今日人生で初めて風呂で鼻歌、歌わせて頂きました! ありがとうございます! あー声が出るって幸せ」


鏡に映る自分に向かって感謝の言葉を放つ。






__意識して聞いてなかったけど、俺ってこんな声なのか。特徴もなく……普通だ、と思う。いつもギルドの受付にいる、デカいオッサンより声は高いと思う。


……なんか急に会いたくなってきた。少し予定を早めて、これから会いに行こうかな。ついでに新種の報告。






それと__騎士団の話も。


















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「よぉ、今日も早いな少年! どんな種類の依頼をお望みかな? 」


入口までわざわざ近づいてきて笑顔で話しかけてくる。こういう時この男は大抵、誘導尋問とか脅迫とか、邪道な方法を使って余り物を押し付けてくる。


「いや、今日は依頼を受けに来たんじゃなく新種の報告だ。悪いなオッサン」


ギルドのある建物は二階建てでかなり広い。木造だが、特殊素材との合成板らしいのでかなり丈夫だ。一階は食堂と休憩スペースがある、木でできた円形の大型テーブルが沢山あり、それを囲むように木製の椅子も大量に置かれている。


__流石に朝6時くらいだと人は少ねぇな。


「オッサン! 何してんだ。 いつもの報告書みたいなの持って無いのか? ここ座れよ」


「…………」


入口付近で大男が口を開けて棒立ちしているのが視界に入った。


「な、何してんだ? 新種の報告ってここでするんじゃないのか?」


「……あぁ。ここで合ってる。新種の報告だな。ちょ、ちょっと待ってろ」














早足でカウンターの奥に戻っていった大男は数分後、何故かパートナー登録証__通称婚姻届を大量に持ってきた。










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「さっきは悪かった。初めて生声を聞いたもんだから動揺して……」


どうやらこの大男は俺が話せないと予想していたようだ。


__大正解だよオッサン。


俺は心の中で密かに拍手を送る


「おっと、今までちゃんとした自己紹介をしたことが無かったな。俺の名前はディモル=フォセカ、正真正銘のギルド役員兼ギルドマスターだ。いつも依頼受けてくれてありがとな、すげぇ助かってる」


「直接お礼を言われるとなんか照れるな……。というか、ギルドマスターだったのかよアンタ。めちゃくちゃ偉い人じゃん……じゃないですか」






「今更敬語なんてやめてくれ。俺なんかに気を使う必要なんてねぇよ」






そういって乾いた笑い声をあげた__自分に対してなのか俺に対してなのかよく分からないが。


「なら遠慮なく。俺の名前はへリク=ブロッサム。これからもよろしくお願いするぜ、オッサン」






「いきなりオッサン呼ばわりか? 嫌いじゃないぜ、そういうの」


ディモルは口元を大きく歪めて、如何にも悪巧みをしてそうな顔をした。


「……そう言えば、なんだがな? こんな依頼が残ってんだけどどうだ。報酬金は少しオマケしてやってもいいぞ。ただし、今この場で依頼を受けてくれた時だけな、どうする、受けるか?」


__まぁ、こうなるよな。仕返しも入ってるような気がするが、どうせ断ってもいつかは押し付けられる。今受けた方が得なのは間違いない。


「……オマケ? どんな」


「俺が昼奢ってやるよ」


「いらねぇよそんなの」


「いいのか? ホントに」


「……なんだよ、別になんもねぇくせに」


「一回黙って奢られろって。 そしたら俺の凄さが少しは分かるんじゃねぇかなぁと思ってんだが」


__無限ループ確定かなこれ。


俺は大きくため息をついてから分かった。と快く__はないが承諾して余り物の依頼を受けることにした。


「依頼を受けるのは構わないが、そろそろ新種の報告を聞いてくれねぇか? 早いうちに終わらせたくてな、話したい事が他にもあるもんで」






「報告以外にか。こんなオッサンに打ち明けたい秘密でもあるのか、まだ若ぇのに」


__まだ若ぇのに、の意味は全くわからんが取り敢えず無視して話を進める事にしよう。


俺は軽く咳払いをしてから話を続けた。


「新種が出現したのは昨日の夜6時くらいだったと思う。アルメリア草原の途中、シャクナ草原エリアには入ってないはず。種族はゴーレム種、見た目は黒曜石にマグマっぽい赤い線が放射状に広がってた。サイズは俺の12、3倍くらいだった。ここまではいいか?」


「おう、問題なく書き留めたぜ。……しかし今になってゴーレム種の新種とは珍しいもんだな。しかも黒色か、確かに普通じゃねぇ。今の部分だけの報告でも過去に例は無い。……続けてくれ」


「オッケー。そのゴーレムなんだが、デカい状態の時は魔法も物理も貫通した、デバフもだ。俺の推測だけどあれには全ての攻撃が通るはずだ」


「デカい状態の時は? ……ってことは何かイレギュラーがあったんだな」


__テキトーっぽい感じ凄いけどちゃんと聞いてるっぽいな……人は見た目によらねぇ。


「あぁ、その通りだ。あのゴーレムは生きたまま分裂した」


「何? 生きたままだと……それは本当にゴーレムが分裂したのか?」


返答をしようとした時、俺はすぐに声が出せなかった。……喉を酷使しすぎたからだろう。数回、咳をしてから俺は机に置かれた青色の液体__シャクナ帝国名物、マローブルーティーを一度で飲みきり渇いた喉を潤した。


「大丈夫か? マローブルーならまだ残ってるぞ、ちょっと待ってろ」


「……悪い」


ディモルは席を立つと、へリクの使っていたカップを持って2階にある職員用休憩室に歩いていった。






今まで生きてきて十七年__自分でも本当の年齢は分からないのだが__こんなにも喉を使ったことはなかった。なにせ話せなかったのだから。






徐に、ついさっき半ば強制的に受けさせられた依頼書を確認する。






__街の掃除。……街の掃除!? ま、まて。落ち着いてもう一回確認しよう。概要概要ーっと。






シャクナ帝国の裏道や外周部は治安が悪く、私たち力のない清掃員では危険でとても掃除なんて出来たもんじゃない。そこでだ! 心優しい冒険者さん、騎士団さんならやってくださると思ってこの依頼をしております。勿論、私たちと同じ時間分の給料も払います!


__な、なんだこれ……。


「……ふざけんじゃねぇ!」


「おっ、元気になったな。どーした、急に立ち上がったりして」


俺は依頼書を握りつぶすようにしてディモルの顔の前まで持ち上げた。


「なんだよこれ! 掃除だぁ? 治安が悪い?嘘に決まってんだろ!そうやってありもしない理由をでっち上げて仕事サボりたいだけだろコイツ!」


俺の文句を一通り聞いたディモルは持ってきた青色の紅茶とレモンを木のテーブルに置くと、大きく息を吸って


「ゴチャゴチャ言ってねぇで一回受けた依頼は最後までやれ! 分かったな!!!」


と、怒鳴りつけてきた。






完全に呆気に取られた俺は大人しく頷いてしまった。


「分かったならいいんだ。さっきの続きを聞かせてくれ? ゴーレムが生きたまま分裂したお話だろ」


俺はまだ湯気が出ているマローブルーティーにレモンを搾り、色の変化を楽しんだあとそれを少し飲んで話を続けた。














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「ってことは、そのゴーレムは複数の生命体が合体したもので、分裂した後は完全に別の生命体になったってことでいいのか?」






「その通りだ。さっきも言ったように分裂前、一つのゴーレムとして行動していた時、俺が試した攻撃の中に無効化対象は何一つ無かった。そして、黒いのには魔法攻撃が効かなかったし、金属も溶かされた。これだけでも特異体質が変化している事くらいは分かるだろう」






「あぁ。聞いた話だけだと明らかに変化している。……この際だからその黒いのはシャドウ、とでも言っておこう。もし、そのゴーレムがシャドウの集合体だとするとその魔法陣からは一度に数百のモンスターが召喚されたって事になる。そんな事実が確認されたら世界中大騒ぎ待ったナシだ」






確かに、そうなる事は容易に想像できる。


一つの魔法陣から召喚されるモンスターは一度に一体と、誰もが思っていたところに魔法陣は複数体同時召喚できるなんて情報が流れ込んだら生きる希望を失くす者も少なからずいるだろう。


大型モンスター討伐をするのにパーティーを組まなければ対等に戦えないのが現状。相手がさらに増えると分かったら、勝ち目が無いと最初から諦める人が現れる可能性を誰が完全に否定出来るだろうか。






「ただ、複数同時召喚された可能性があるといってもだ。条件があるかもしれないだろ?例えば、小型モンスターしか同時召喚出来ないだとか、大型モンスターは最大で2体までだ、とかさ。確定したわけじゃないだろ? 諦めるにはまだ早いと俺は思うけどな。そこんとこ、どうお考えですかギルドマスター?」






ディモルの耳が少しだけピクっと動いたのを俺は見逃さなかった。






「ギルドの受付担当としてではなく、ギルドマスターとして答えさせてもらうならば……」


ゴホン。と偉そうに咳払いをした後、少し胸を張ってこう続けた。






「情報が少なすぎるが、俺も諦めるのはまだ早いと思う。……この新種が今になって召喚されたのには理由があるはずだ。今までなかった何かが他にも動き出している、と考えるのが妥当だろう。もう暫くは過去に例のない現象が頻発するかもしれない。何かあった時はすぐに報告に来てくれ。俺からも他の奴らに注意勧告くらいはしといてやる」


「助かる……てか、そのくらい当然だろ! なに俺すごいオーラだしてんだよ!」






俺が未だにドヤ顔を続けるディモルに大声でツッコミを入れた時、武装をした騎士団がゾロゾロとギルドに入ってきた。






その中の一人、明らかに装備のランクが違う、全身に黒曜石のような黒い鎧を纏った男がこう切り出した。






「久しぶりだなディモル。突然なんだがぁ……なにか変わった依頼は届いてねぇかい?」

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