ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 王子の留学⑥

――ノイジ視点


ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつ間合いを詰めてくるデュラハン。我々は疲れと恐怖で声も出ず、完全に固まってしまっている。喉はカラカラに渇き、汗で背中に服が貼り付いて気持ちが悪い。そんな我々の反応を楽しむように、デュラハンは時折「うほっ! うほほ!」と謎の奇声を上げながら剣を振り回していた。


ここにきて、あれは本当に領主様なのかどうか疑わしくなってきた。仮にも一国一城の主になろうとする世界を救った英雄が、あんな奇人変人大会に出てきそうな言動をとるだろうか? ひょっとして……あれは本物のデュラハンで、我々は今正に命の危機にさらされているのではないのか? 一度そう思った心はどんどん猜疑心が強くなり、それにつられて恐怖心も増していく。


「うけけけけ!」
「来た!」


もはやこうなっては覚悟を決めるしかない。せめて生徒達だけでも逃がさねばならないと決死の覚悟で剣を抜き、デュラハンの襲撃に備えた我々のすぐ脇を、凄まじい勢いで一本の矢が通り過ぎていった。


「うひ!?」


我々では反応すら出来ない速度のその矢を、デュラハンは驚きながらも咄嗟にかざした盾で弾き、矢は明後日の方向に飛んでいく。そして壁に激突した矢は小さな爆発をおこし、周囲の土砂をえぐり取った。一体何事かと思って振り向けば、そこには矢を放った姿勢で厳しい視線を向けるクレア殿とディアベル殿の姿があった。


「こんな所にデュラハンが出るなんて意外ですね」
「そうだな。なぜ居るのかはわからんが、魔物だから倒してしまっても問題あるまい」
「ちょっ、ちょっと待――」


若干棒読み気味にそう言った二人は、何やら言いかけたデュラハンに襲いかかる。視認できない速度で素早く矢をつがえたクレア殿の放った矢は、空中でいくつも分裂してデュラハンに襲いかかり、ディアベル殿の召喚した金色のノームが地中から現れて、その凶悪な鉤爪を振るう。並の魔物ならそれだけでも瞬殺されそうなその攻撃を、デュラハンは盾と剣で巧みにさばき、回避する。


「二人とも――」
「仕掛けます!」
「援護するぞクレア!」


デュラハン――いや、領主様が何か言いかけたのを無視して、クレア殿が再び矢を放つ。それと同時にディアベル殿が再び詠唱に入り、精霊召喚の準備にかかった。形勢不利とみた領主様はその場に踏みとどまる事無くあっさりと交戦する意思を捨てて、くるりと後ろを向くと凄まじい勢いで奥へと駆けだした。凄い。自分が不利だと思えば躊躇なく逃げるんだな。見習いたいほどすがすがしい逃げっぷりだ。


「待ちなさい!」
「待て!」


それを追って二人が暗闇の奥へと消えていく。流石の領主様も、あの二人が相手では逃げるしかないだろう。事態の推移についていけない我々はしばらくその場で呆然としていたが、ハッと我に返る。


「今の内だ! デュラハンの事はクレア殿とディアベル殿にまかせて、我々は地上へと戻ろう!」
「でも、あのデュラハン喋ってたような……」
「気のせいだ! さあ急いで!」


首をかしげるアルトゥリアス達を急かすように追い立てる。領主様に恩を売るわけではないけど、正体をばらしてしまうとマズいと思ったのだ。


§ § §


地上に脱出するまで、それほど時間はかからなかった。行きと違って我々護衛が前面に立っているし、クレア殿達がこちらに来るまで目についた魔物は排除してくれていたからだ。なので我々は既に事切れている魔物の死骸を踏み越えて、悠々と朝日の差す地上へ戻る事が出来た。


「戻れた……生きてるんだな、俺達」
「もう駄目かと思ったわ」
「神よ……感謝します」


インテグラ、ディーネ、モトラがそれぞれ脱出し出来た事を喜んでいる。三人は地面の上に四肢を投げ出して寝転び、胸いっぱいに新鮮な空気を吸っているようだ。ダンジョンから出てきた冒険者は大体同じ事をする。暗くジメジメして狭いダンジョンに長時間籠もっていると、身体を伸ばして寝る事すら難しいんだ。


ただ、一人だけ彼等と違った反応を見せる者が居た。誰あろう、アルトゥリアスだ。彼はクレア殿達が駆けつけた時、一人だけデュラハンの正体を怪しんでいた。やはり次期国王ともなる人間は常人と観察力も違うのだろうか。彼はしばらく何か考え込んだ後、俺に小声で話しかけてきた。


「ノイジ教官、少しお話が……」
「わかっている。とりあえず落ち着いたら教官室に来てくれ。そこで話そう」


これはもうバレてるな。領主様、すみませんが、これ以上貴方をかばうのは無理そうですよ。


§ § §


その日の夜、解散してさっさと寮に戻ったインテグラ達を除き、アルトゥリアスは一人で教官室を訪ねてきた。


「失礼しま――!?」


コンコンと言う音と共に扉を開けたアルトゥリアスが、思ってもいない人物を目にして目を丸くする。そう。この場には俺の他にもう三人――つまり、今回の騒動の原因である領主様と、クレア殿にディアベル殿が居たのだ。


「エスト殿……と言う事は、やはり私の勘は正しかったようですね」
「あー……やっぱりバレてるよな。悪かったなアルトゥリアス。思った以上に役に入り込んで、興奮し過ぎてたみたいだ」
「全く。我等がいなければどうなっていたか。あのまま暴れたら怪我人が出ていたぞ」
「本当ですよ? 反省してください」


いつも強気な領主様も、ディアベル殿達に叱られてばつが悪そうだ。


「やっぱり貴方でしたかエスト殿。確かに今回の事は驚きましたが、別に怒ってはいませんよ。ダンジョン内ならデュラハンとは言わないまでも、突然の強敵に遭遇する事は十分考えられます。貴方はそれを気づかせようとしてくれたんですよね」
「そうそう! その通り! 流石アルトゥリアス。未来の王様だけあるよ!」


我が意を得たりとうんうん頷く領主様を。隣にいる二人が若干白い目で見ていた。絶対嘘だなこれは。そんな嘘ぐらいお見通しなのか、アルトゥリアスは苦笑している。


「それより、どうしてクレア殿やディアベル殿がダンジョンの中へ?」


それは私も気になっていた。今回我々がダンジョンに潜る事は学校関係者以外知らなかったはずだし、領主様とてそんな情報をベラベラ口外するはずもない。一体どこから嗅ぎつけたんだろうか?


「まあ、何と言うか、ハッキリ言って勘だな。ここ数日主殿の言動が少し妙だったのだ。しばらく使う事のなかった装備の点検を始めたり、一人でニヤニヤ笑っていたりと」
「何かするつもりだと確信したのは昨日です。放置していた偽りの指輪が無くなってましたから。ご主人様は前にも似たような事をやったとディアベルさんから聞いてましたし、後をつける事にしたんです」
「よほど浮かれていたのか、主殿は我等の尾行に気がついていなかったしな。ある程度冒険者を脅かす程度なら見過ごすつもりだったが、度が過ぎていたため、急遽クレアと相談して制裁する事にしたのだ」


なんとまあ……我々護衛に全く気取られず後をつけていたとは、流石というか何と言うか。つくづくこの三人の実力には驚かされる。


「あの後二人に追い回されて、かなり肝を冷やしたぜ。変身を解いた後も説教されるし、やるんじゃなかったと後悔したよ」
「主殿はもう少し自重してくれ」
「そうですよ。もう王様になるんですから」


肩をすくめる領主様に、私やアルトゥリアスは苦笑するだけだった。


§ § §


――アルトゥリアス視点


冒険者学校に来てから二か月が経った。エスト殿が起こした騒動のおかげか、僕達パーティーは以前より物事に動じなくなり、授業がなくても自主的にダンジョンに潜る事が多くなった。戦闘技術や冒険者としての生活能力も飛躍的に向上し、自力で地下二十階にまで到達できるようにもなった。それに伴ってレベルも飛躍的に上がっていき、今や僕達はギルドからシルバーランクのプレートを発行されている。ここに来る前と比べると、今の僕は別人のように成長している事だろう。


本来は一年以上じっくりと課題をこなしていくのだけれど、僕の場合立場がそれを許してくれない。あまり長期間国を空けるわけにはいかないのだ。なので、後ろ髪を引かれる思いで、この地を離れなければならない。僕が学校を去る日、住み慣れた寮の前には仲間やエスト殿達が見送りに来てくれていた。


「寂しくなるな」
「僕もだよ。みんなと離れるのは寂しいし、悲しい」


パーティーのリーダーであるインテグラが、いつもと違って肩を落としている。彼と二人でいくつもの戦いをくぐり抜けた事は、僕の一生の思い出になるだろう。無言で差し出された彼の手を、力を入れて握り返す。


「アルトゥリアス。こんな事を言ったら怒られるかも知れないけど、私達は貴方の事を親友だと思ってるの」
「誰も怒ったりしないよ。身分なんか関係ない。僕は君達の仲間で、親友だ。それはこの先もずっと変わらない」


いつも明るいディーネが涙を浮かべていた。それを見て僕の胸が締め付けられる。彼女は僕が落ち込んだ時、常に励ましてくれた。感謝してもしきれない。


「アルトゥリアス。身体に気をつけて。王様は僕達の想像より遙かに激務だろうけど、君ならきっと良い国が作れる。僕はそう信じてるよ」
「ありがとうモトラ。君にそう言ってもらえると自信がつくよ。ガルシアに寄った時は是非顔を見せてくれ。約束だよ」


モトラの回復魔法には、僕だけでなくインテグラとディーネの二人も何度命を救われたかわからない。敬虔な神の信徒である彼なら、これから先その癒やしの力で多くの人を助けていくだろう。


「アルトゥリアス。これを」
「……これは?」


エスト殿に手渡されたのは一振りの短剣だった。刀身は白く不思議な光を帯びていて、鞘は黒塗り。竜の頭と思われる模様が見事な意匠で刻まれている。少し地味ではあるものの、見る人が見れば一目で高級品とわかる品だ。


「これは冒険者学校卒業の証し。本来なら全ての課程を修了しないと渡さない物だが、今回は特別だ。国に帰った後も努力を怠らず、この短剣にふさわしい実力を身につけてくれ。卒業おめでとう」


差し出された短剣を、震える手で受け取って胸に押し抱く。不意に涙がこぼれそうになり、慌てて空を見上げた。初めてだ――自分の力で何かを成し遂げたのは。思えば、今までは周りの者達が動いてくれたため、本当の意味で努力をした事がなかった。この短い留学期間、色々な事があった。仲間との衝突や和解、野宿の辛さや身体の痛み、戦闘の恐怖と勝利の高揚感――その全ては、城に籠もったままでは一生縁の無いものだった。それら全ての苦労を、こうやって認めてもらえた。僕はそれが何よりも嬉しかった。


「ありがとうございます、エスト殿。僕は、本当にここにこれて良かった」


二ヶ月と言う短い期間だったけど、ここでの思い出は一生の宝物だ。僕はこの日の事を胸に刻み、明日から国のために身命を賭して働こう。仲間達のような人々が、笑って暮らせる国を作れるように。

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