ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 王子の留学⑤

「いくぞ!」
「わかった!」


インテグラとアルトゥリアスの二人が、魔法使い達の詠唱の時間を稼ぐべく俺に斬りかかってくる。二人は左右に散りほぼ同時に剣を突き出す。即席のパーティーの割には本当によく連携できている。感心するな。


それぞれの攻撃を剣と盾で受け止めつつ、力を込めて彼等の剣を体ごと跳ね飛ばす。追撃しようと足を踏み出した途端、地面が淡い光を放ったので瞬時にその場を飛び退いた。今のは範囲指定の回復魔法の光。本物のアンデッドでもない限りダメージなど受けないが、今の姿で平然と立っているわけにはいかない。飛び退いた俺に向けて、通路の奥から火炎球が飛んでくる。盾に直撃した火炎球は猛烈な火炎を吹き上げ、通路を明るく染めた。


「今だ!」


こちらが後退した隙を見逃さず、インテグラの号令で彼等は一斉に逃げだした。いい判断だ。俺はすぐに後を追わず、少し距離が離れてからゆっくりとした足取りで彼等に続く。今頃はアルトゥリアスの護衛や教官と合流している頃だろう。慌てる必要はない。


――ノイジ視点


領主様が姿を消してしばらく、我々の前を行く生徒達の居る辺りが急に騒がしくなってきた。剣戟の音に加えて癒やしの光、そして燃え上がる炎で一瞬明るくなるダンジョン。領主様との戦闘が始まったのだろう。


「ノイジ殿、本当に大丈夫なんでしょう?」
「万が一アルトゥリアス様が怪我でもされては……」
「大丈夫ですよ。彼等も十分訓練を積んでいます。信じてやりましょう」


そう慰めてはみたものの、私も自分で言うほど安心はしていなかった。なにせ今回の事を仕掛けたのは、あの領主様だ。口さがない者達の間では、一度敵と判断すれば情け容赦なく徹底的に叩き、国王ですら殴り倒す危険人物。勇者とは名ばかりの野蛮人――などと言われている。流石にそこまで言うつもりはないが、勢い余って怪我ぐらいしそうだな――と、内心思っていた。いくら彼でも、目的を忘れて生徒を追い立てる事に夢中になったりはしないだろう。


「た、大変だ! デュラハンが出た!」
「速く逃げて! 追いつかれるわ!」
「モタモタしてないで早く!」


血相を変えて戻ってきたアルトゥリアス達が、口々に逃げろと喚いている。興奮しすぎて支離滅裂な内容の情報を整理してみる。どうやら領主様はデュラハンに化けて彼等に襲いかかったらしい。デュラハンて……いくら何でも、この低階層にそんな魔物が出たら不自然すぎるだろうに。あの人ひょっとして馬鹿なんじゃないだろうか? チラリと横に視線を向けると、アルトゥリアスの護衛達もなんとも言えない微妙な表情をしていた。どうやら私と同じ気持ちらしい。


「何をやっているんだよ! 早く逃げないと!」
「すぐそこまで来ているのよ!?」


反応の鈍い我々にアルトゥリアス達はイライラしているようだ。無理もない。魔物の正体を知っている我々からすれば本来逃げる必要もない相手だが、彼等生徒はそれを知らない。必死になるのも当然と言えた。いかんな。このままのんびりしているわけにも行かないし、ここは領主様の作戦に乗っておくか。


「お、おお! それもそうだな! いくら我々でも何の準備も無しにデュラハンの相手は厳しい! 速く逃げた方が良さそうだ!」


若干棒読み気味なのは仕方ない。私は役者ではないのだ。生徒達に気づかれないように、護衛達に不器用なウインクを送ると、彼等はそれだけで私の意図を汲んでくれたようだった。


「た、確かに。あぶないですな~。急いで逃げなくては」
「我々がしんがりを務めます。アルトゥリアス様達は先に逃げてくだされ!」


……人の事を言えないが、酷い演技だ。しかも逃げてくだされって……お前は爺さんかと突っ込みたくなる。


我々に言われるまでもないとばかりに、アルトゥリアス達は凄い勢いで上の階へと戻る道へあっという間に消えてしまった。ここまで来て疲れているはずなのに、一体どこにそんな体力が残っていたのかと感心してしまう。このままはぐれるわけにもいかないし、我々も後に続こうとしたその時、背後から何者かの足音が近づいてきた。


振り向くと、ガシャンガシャンと鎧を鳴らし、アンデッドに見えない滑らかな動きでこちらに走ってくるデュラハンがそこにいた。


「うわ!」


正体は領主様だとわかっている。わかってはいるのだが――その不気味な姿を見て反射的に驚いてしまうのは人としての本能だろう。思わず後ずさった騎士の一人に連鎖して、他の騎士も腰が引ける。それは私も例外ではなかった。


「うほほほほっ!」


ビビりまくりの我々を見て喜ぶようにデュラハンが不気味に笑う。頭がないのにどこで笑っているんだと言いたくなるが、その気持ち悪さと不自然さに我々は自然と逃げ出していた。


後ろを走るデュラハンは、絶対に届かない距離にもかかわらず、剣を振り回して周囲の壁を破壊しながら追ってくる。オマケに意味不明な奇声つきで。恐ろしい! 正体を知ってても恐ろしい! あれは絶対悪乗りしている! あの人絶対頭おかしいぞ! 我々は恐怖から逃れるため、体力の限界を無視して駆け続けた。

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