ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集
外伝 クレア②
――クレア視点
戦勝式典で慣れない宴に参加したり、冒険者ギルドでランクアップの手続きをしたりと、忙しい日々が続いていたご主人様と私達の生活もようやく落ち着き始めたある日の事。畑仕事を手伝いに出ようと自室で準備していた私の元に、城の見張りの人から来客があると告げられたのです。
「お客さん? 私に?」
「はい。名乗りはしなかったんですけど、顔を見ればわかると言われて……やはり追い返しますか?」
ご主人様ならともかく、私にお客さんが来る用事というのがまず思いつきません。何か国に関わる事ならご主人様かルシノアさんを尋ねるのが普通でしょうし、私はディアベルさんのように魔法や勉強を人に教える事も出来ない。ひょっとしたら闘技会での活躍を見て会いに来た物好きな人の可能性もあるけれど、それだと顔を見ればわかるとか意味深なことを言わないはず。
「どうしましょう?」
「とりあえず会ってみます。ひょっとしたら知り合いかも知れないし」
私の事を知っているのに名乗らない……そこに少しひっかかるけど、わざわざ尋ねてきた人を会いもせずに追い返すのは流石に気が引けます。念のために武装しようかと使い慣れた短剣に伸ばしかけた手を止め、そこまで大げさにしなくても大丈夫かと思い直し、足早に正門へと向かったのです。歩き慣れた通路を通って正門へと辿り着いた私の目の前には、驚くべき人が立っていました。
「お、お父さん……お母さん……」
「クレア!」
「クレア! 元気だったかい!?」
二度と会うことはないと思っていた人達。家族を救うために私を売った二人。家を出たときより少し痩せたような両親の顔を見た途端、足の力が抜けて思わずフラついてしまいました。そんな私に二人が心配顔で駆け寄ろうとしたみたいですが、それを見た私の口からは反射的に強い声が出ていました。
「近寄らないで!」
私の声に二人の動きがピタリと止まります。その顔には少しの怯えと後悔が浮かんでいます。今の私は酷い顔をしているはずです。恨みがましい目で二人を睨み付け、殺気すら漂わせているこんな姿を、ご主人様が見たらなんて言うだろう……。嫌われるかな? 軽蔑されるかな? でも、私はどうしても湧き上がるどす黒い感情を押さえる事が出来ませんでした。村を――家族を救うためには仕方のない事だったと頭では理解できていても、どうしても感情が追いつかない。それに、二人が名前を名乗らなかった理由をなんとなく理解できたので、それも冷静さを失わせる理由になっていました。最初から自分達の名前を名乗れば、私が会ってくれないと思ったんでしょう。そんな両親のずるい行動も許せなかったのです。
「……何の用? 今更捨てた娘に会いに来るなんて」
冷たく突き放すような声に両親は顔をうつむかせ、顔色を窺うように上目遣いで私を見るのです。
「クレア……。お前の闘技会での活躍は聞いたよ。その後の事もね。正直言って話に聞いた女の子とお前が同一人物だなんて信じられなかったけど、こうして実際目にして、ようやく信じることが出来た」
「お前を売った事は今でも申し訳ないと思ってるの。クレア、私達を許せとは言わないけど……話だけでも聞いてくれない?」
「…………」
話なんか聞かずに追い返してやりたい。一瞬そんな気持ちが溢れそうになって、口を開きかける。でも辛うじてそれ踏みとどまり、私は二人を連れて城を出ました。この城はご主人様と私達の家。今の私の大事な居場所に、二人を入れる事が出来なかったのです。無言で前を歩く私を二人は少し離れて着いてきます。何度か話しかけようとする気配は感じましたけど、あえて気がつかないフリを貫きました。
「いらっしゃいクレアさん! いつものやつで良い?」
「はい。……三人分お願いします」
時々立ち寄る食堂に二人を案内すると、顔なじみの給仕の子が声をかけてきました。いつもと違って口数の少ない私の雰囲気に何かを察してくれたのか、彼女は特に何も言わず飲み物だけ運んでくると、厨房へと戻っていきました。まだ昼ご飯には早い時間帯なので客足はまばらで、私達を除くと二、三人しかいません。そんな静かな食堂で、私の向かい側に腰掛けた両親が覚悟を決めたように口を開きました。
「クレア。実はお前を訪ねてきたのは、頼みたいことがあったからなんだ」
「お前を身売りした後、村は少し持ち直したんだけどね……。少しずつだけど畑も増えて、これで少しはマシになると思ってたら……」
「……魔族との戦争が始まったんだ」
「!」
戦争……確かリオグランドは国土の三分の一ほどまで魔族が押し寄せたはず。私の故郷の村もギリギリ侵攻された地域に入るかどうかだったと思うけど、実害があったのかな?
「村に直接魔族が来ることはなかった。けど、大事な時期に疎開したものだから手入れもままならなくてな……。戻った時は酷い状態だったんだよ」
「それでね……。こんなことお前に頼める筋合いじゃないんだけど、いくらかお金を融通してもらえないかと思って……」
申し訳なさそうに頭を下げる両親を見ながら、私はなんだそんなことかと落胆していました。そしてそんな自分自身の心境に驚いていたのです。自覚はなかったけど、私は心のどこかで、戻ってこいとか一緒に暮らさないかとか、そんな言葉を両親の口から聞きたかったのかも知れません。
「……わかった。少し待ってて」
両親をその場に残し、私は急ぎ足で城の自室へと戻りました。私の部屋にある私物入れの奥には、あまり使い道がなくて大事に保管したままの金貨が隠してあったのです。ご主人様は私達にお給料と称して大金を渡す事があるので、今の私はお金に困ることはありません。金貨の詰まったその袋を手に持ち、急いで両親の元へ戻った私は、無造作にその袋をお父さんに押しつけました。
「ク、クレア! これは!」
「持って行って。返さなくても良いから。これで用は済んだでしょ?」
袋の中を見て驚く両親。結局、この人達は私よりお金が大事なんだと思った途端、不意に涙がこみ上げてきたのです、そんな顔を見られたくなかったので、二人に背を向けた私は食堂を出て行こうとしました。
「待ってくれクレア!」
「お願いクレア! もう少し話をしましょう!?」
引き留める両親の声を振り切るように、私は駆け出しました。なぜ私は泣いているんだろう。なぜこんなにも寂しいんだろう。あの人達とは縁を切ったはずなのに、なぜこんなに悔しいんだろう。自分でも説明のつかないグチャグチャな気持ちを抱え、私は城の中へ逃げ込みました。
「クレア? どうした?」
不意に名前を呼ばれハッとして顔を上げると、そこには何か用事の帰りなのか、心配顔のディアベルさんが立っていました。
「なんでも……なんでもないんです……」
恥ずかしいところを見られたと思って慌てて涙を拭く私に、ディアベルさんはスッとハンカチを差し出してくれました。
「……何か、あったんだな。よければ私に話してみないか? 少しは気が楽になるかもしれんぞ」
普段の厳しさがなりを潜め、ディアベルさんは優しく微笑んでいます。こちらを安心させるその笑みに、私は知らず頷いていました。私の汚い部分をご主人様には知られたくない。けど、誰かに話を聞いて欲しかった。ずっと苦楽を共にしてきたディアベルさんになら話すことが出来る。そう思い、私は彼女に全て打ち明けることにしました。
戦勝式典で慣れない宴に参加したり、冒険者ギルドでランクアップの手続きをしたりと、忙しい日々が続いていたご主人様と私達の生活もようやく落ち着き始めたある日の事。畑仕事を手伝いに出ようと自室で準備していた私の元に、城の見張りの人から来客があると告げられたのです。
「お客さん? 私に?」
「はい。名乗りはしなかったんですけど、顔を見ればわかると言われて……やはり追い返しますか?」
ご主人様ならともかく、私にお客さんが来る用事というのがまず思いつきません。何か国に関わる事ならご主人様かルシノアさんを尋ねるのが普通でしょうし、私はディアベルさんのように魔法や勉強を人に教える事も出来ない。ひょっとしたら闘技会での活躍を見て会いに来た物好きな人の可能性もあるけれど、それだと顔を見ればわかるとか意味深なことを言わないはず。
「どうしましょう?」
「とりあえず会ってみます。ひょっとしたら知り合いかも知れないし」
私の事を知っているのに名乗らない……そこに少しひっかかるけど、わざわざ尋ねてきた人を会いもせずに追い返すのは流石に気が引けます。念のために武装しようかと使い慣れた短剣に伸ばしかけた手を止め、そこまで大げさにしなくても大丈夫かと思い直し、足早に正門へと向かったのです。歩き慣れた通路を通って正門へと辿り着いた私の目の前には、驚くべき人が立っていました。
「お、お父さん……お母さん……」
「クレア!」
「クレア! 元気だったかい!?」
二度と会うことはないと思っていた人達。家族を救うために私を売った二人。家を出たときより少し痩せたような両親の顔を見た途端、足の力が抜けて思わずフラついてしまいました。そんな私に二人が心配顔で駆け寄ろうとしたみたいですが、それを見た私の口からは反射的に強い声が出ていました。
「近寄らないで!」
私の声に二人の動きがピタリと止まります。その顔には少しの怯えと後悔が浮かんでいます。今の私は酷い顔をしているはずです。恨みがましい目で二人を睨み付け、殺気すら漂わせているこんな姿を、ご主人様が見たらなんて言うだろう……。嫌われるかな? 軽蔑されるかな? でも、私はどうしても湧き上がるどす黒い感情を押さえる事が出来ませんでした。村を――家族を救うためには仕方のない事だったと頭では理解できていても、どうしても感情が追いつかない。それに、二人が名前を名乗らなかった理由をなんとなく理解できたので、それも冷静さを失わせる理由になっていました。最初から自分達の名前を名乗れば、私が会ってくれないと思ったんでしょう。そんな両親のずるい行動も許せなかったのです。
「……何の用? 今更捨てた娘に会いに来るなんて」
冷たく突き放すような声に両親は顔をうつむかせ、顔色を窺うように上目遣いで私を見るのです。
「クレア……。お前の闘技会での活躍は聞いたよ。その後の事もね。正直言って話に聞いた女の子とお前が同一人物だなんて信じられなかったけど、こうして実際目にして、ようやく信じることが出来た」
「お前を売った事は今でも申し訳ないと思ってるの。クレア、私達を許せとは言わないけど……話だけでも聞いてくれない?」
「…………」
話なんか聞かずに追い返してやりたい。一瞬そんな気持ちが溢れそうになって、口を開きかける。でも辛うじてそれ踏みとどまり、私は二人を連れて城を出ました。この城はご主人様と私達の家。今の私の大事な居場所に、二人を入れる事が出来なかったのです。無言で前を歩く私を二人は少し離れて着いてきます。何度か話しかけようとする気配は感じましたけど、あえて気がつかないフリを貫きました。
「いらっしゃいクレアさん! いつものやつで良い?」
「はい。……三人分お願いします」
時々立ち寄る食堂に二人を案内すると、顔なじみの給仕の子が声をかけてきました。いつもと違って口数の少ない私の雰囲気に何かを察してくれたのか、彼女は特に何も言わず飲み物だけ運んでくると、厨房へと戻っていきました。まだ昼ご飯には早い時間帯なので客足はまばらで、私達を除くと二、三人しかいません。そんな静かな食堂で、私の向かい側に腰掛けた両親が覚悟を決めたように口を開きました。
「クレア。実はお前を訪ねてきたのは、頼みたいことがあったからなんだ」
「お前を身売りした後、村は少し持ち直したんだけどね……。少しずつだけど畑も増えて、これで少しはマシになると思ってたら……」
「……魔族との戦争が始まったんだ」
「!」
戦争……確かリオグランドは国土の三分の一ほどまで魔族が押し寄せたはず。私の故郷の村もギリギリ侵攻された地域に入るかどうかだったと思うけど、実害があったのかな?
「村に直接魔族が来ることはなかった。けど、大事な時期に疎開したものだから手入れもままならなくてな……。戻った時は酷い状態だったんだよ」
「それでね……。こんなことお前に頼める筋合いじゃないんだけど、いくらかお金を融通してもらえないかと思って……」
申し訳なさそうに頭を下げる両親を見ながら、私はなんだそんなことかと落胆していました。そしてそんな自分自身の心境に驚いていたのです。自覚はなかったけど、私は心のどこかで、戻ってこいとか一緒に暮らさないかとか、そんな言葉を両親の口から聞きたかったのかも知れません。
「……わかった。少し待ってて」
両親をその場に残し、私は急ぎ足で城の自室へと戻りました。私の部屋にある私物入れの奥には、あまり使い道がなくて大事に保管したままの金貨が隠してあったのです。ご主人様は私達にお給料と称して大金を渡す事があるので、今の私はお金に困ることはありません。金貨の詰まったその袋を手に持ち、急いで両親の元へ戻った私は、無造作にその袋をお父さんに押しつけました。
「ク、クレア! これは!」
「持って行って。返さなくても良いから。これで用は済んだでしょ?」
袋の中を見て驚く両親。結局、この人達は私よりお金が大事なんだと思った途端、不意に涙がこみ上げてきたのです、そんな顔を見られたくなかったので、二人に背を向けた私は食堂を出て行こうとしました。
「待ってくれクレア!」
「お願いクレア! もう少し話をしましょう!?」
引き留める両親の声を振り切るように、私は駆け出しました。なぜ私は泣いているんだろう。なぜこんなにも寂しいんだろう。あの人達とは縁を切ったはずなのに、なぜこんなに悔しいんだろう。自分でも説明のつかないグチャグチャな気持ちを抱え、私は城の中へ逃げ込みました。
「クレア? どうした?」
不意に名前を呼ばれハッとして顔を上げると、そこには何か用事の帰りなのか、心配顔のディアベルさんが立っていました。
「なんでも……なんでもないんです……」
恥ずかしいところを見られたと思って慌てて涙を拭く私に、ディアベルさんはスッとハンカチを差し出してくれました。
「……何か、あったんだな。よければ私に話してみないか? 少しは気が楽になるかもしれんぞ」
普段の厳しさがなりを潜め、ディアベルさんは優しく微笑んでいます。こちらを安心させるその笑みに、私は知らず頷いていました。私の汚い部分をご主人様には知られたくない。けど、誰かに話を聞いて欲しかった。ずっと苦楽を共にしてきたディアベルさんになら話すことが出来る。そう思い、私は彼女に全て打ち明けることにしました。
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