ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 ネメシス②

クーデターが起きてからしばらくすると、魔王の地位に就いていた魔族がネメシスに位を譲った。現時点でネメシスの圧倒的な力を目にした魔王は、彼に教育の必要などないと判断し、さっさと引退したのだ。力は強いものの、政治的に何の経験もないため当初は不安視されたネメシスの治世だったが、彼は魔王になるや否や国内の大改革を断行した。


まず比較的自由にやっていた地方の有力魔族から、治める領地の大きさや質によって一律の税を課した。それで得た税を利用して、職も無く、国内でブラブラしている大多数の人間を無理矢理軍隊に組み入れ、それらを使って魔族領に広がる未開拓の大地を耕作地に変えていったのだ。


魔族領は平地が少なく、開拓するには岩山を切り崩して広げていくしかない。作業は難航したが、動員した兵の増加もあって少しずつ魔族領の食糧事情は改善していった。しかし、それでも以前に比べればマシになったと言うだけで、全体としてみれば悪い状態のままだ。飢え死にする数が減っただけで、全体が腹を空かせている形になったのだ。


「焼け石に水だな……何か根本的に変えなければならない」


ネメシスは力のある魔族だが、必要のない時は戦おうとしない男だ。その上魔王と言う地位についてからは以前より慎重に動くようになっている。そんな彼が次に取った手は、驚くべき事に人族との交易だった。


古の勇者が活躍した戦争で魔族側が負けて以来、光竜連峰を隔てて、魔族と人族とは断交状態になっている。お互い相手を目にすると無条件で攻撃し合うような間柄だ。だが人族との交易が成功すれば、魔族領の食糧事情は劇的に改善する。そもそも魔族が南下を目指すのは豊かな土地を得る為であって、腹が膨れるのならわざわざ戦争する必要が無いのだ。


この考えを聞いた魔族の多くがネメシスに反発し、地位に就いたばかりの彼を力尽くで引きずり降ろそうとした。だがそれらの勢力は新たに就任した四天王達によってことごとく討ち果たされ、多くの骸を晒す事になる。


そんな反対の声を押し切り、ネメシスの意を受けた交渉役が人族にある各国に向けて送り出された。行先は光竜連峰を挟んで最も近い三国。バックス、グリトニル、リオグランドに加えて、海に面した大陸でも一、二の国力を持つ国、アルゴスだ。


交渉役と言ってもいきなり王城に乗り込む訳では無い。そんな事をすれば話もしない内に殺されるのが目に見えているので、まずは書状を送り届ける事から始めた。変装した魔族が各国の王都に向かって、そこで適当な人間を雇い、ネメシスからの書状を王城まで届けさせるのだ。交渉日時と場所を指定し、交渉役の魔族がそこで待機する。魔族に対しての悪感情を考えれば危険な賭けだったが、他に手が無い。


バックスの交渉役は約束の場所に訪れた。頑固ではあるが嘘をつく事や騙し討ちを嫌う彼等ドワーフは、武装してではあるが堂々と正面から乗り込んで来た。しかし、彼等とは交渉できなかったのだ。なぜなら、顔を合わせた途端――


「貴様等とは取引などしない! 我等が父祖の中には、貴様等の悪巧みで犠牲になった者達が少なからず居るのだ! 叩きだされん内に、とっととこの国から出て失せろ!」


と怒鳴りつけてきたためだ。獣人の国であるリオグランドも似たような対応だったが、一番ひどかったのがグリトニル神を信仰する宗教国家、グリトニル聖王国だった。彼等は交渉の為に待機していた魔族達に向けて奇襲を仕掛けると、有無を言わさず全滅させてしまったのだ。万が一の為に密かに身を隠していた伝令役が一部始終を見ていなければ、ネメシスには一切情報が入らなかっただろう。


アルゴスだけは一応交渉のテーブルに着いたものの、その内容は魔族が期待するものとかけ離れていた。なにせ少ない食料と引き換えに、魔族領にある鉱山の採掘権や港の使用権、あげく領土の一部を割譲せよとまで言い放ったのだ。それら全ての結果を聞いたネメシスは激怒した。過去のわだかまりは彼も理解していたので、ある程度の不利な条件は飲むつもりでいたのだが、ここまで話にならないとは思わなかったのだ。


「人族に先を見通す王は居ないのか!? なぜ過去より未来の事が考えられんのだ!」


ネメシスとしては、魔族領の食糧事情さえ改善すれば、あえて事を荒立てるつもりなど毛頭ない。それどころかゆるやかに交流を重ねていけば、遠い未来、なんのわだかまりも無く過ごせるとも思っていた。だがそんな夢も露と消えたのだ。


「……そこまで我等魔族が憎いか! よかろう、貴様らがそう望むなら、お望み通り邪悪な魔族として振る舞ってやる! 我等は力で貴様等から大地の恩恵を奪おうではないか!」


これ以降、魔族領はネメシスの指導の下、人族に対して暗躍を始める事になる。その結果百五十年後に『邪神戦争』が勃発する訳だが……そんな事を今の彼等が知る由もなかった。

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