ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 ルシノア①

彼女――ルシノアの父は男爵として小さな村を治める男だった。これと言ってとりえのない男だが、誠実な人柄で村人の信頼は厚く、村人達は彼を慕って何かと相談事を持ち掛けていた。幼いルシノアはそんな父の姿を見るたびに誇らしい気持ちになり、しっかり勉強をして将来は父の仕事の手伝いをするのが夢になった。


「お父さん、お母さん、私、勉強がしたい。王都にある大学に入って、お父さん達の手伝いがしたいの」


領地経営を本格的に学びたいと言ったルシノアの言葉を、両親は何とかして叶えてやりたいと思った。決して裕福とは言えない男爵家の家計では、ルシノアを王都にやって高等教育を受けさせるのはかなり厳しかったが、日々倹約や内職に明け暮れた両親の努力のおかげで、ルシノアは晴れて王都にある大学の学生となったのだ。


王都にある学校は一般的な庶民も通う学校と、ルシノアのように各種専門的な学問を学ぶための大学校が存在する。大学に通える期間は六年間のみ。その間卒業基準に達しない者は問答無用で退学処分となる。代わりに成績優秀者なら二、三年で卒業する事もできるので、要は本人の頑張り次第だ。彼女が入学したのは経済や領地経営を専門とする大学で、そこを卒業すれば父の手助けが出来るのは確実だった。


「な、なあルシノア。これから二人で飯でもどうだ?」
「遠慮しておくわ。部屋で勉強するつもりだから」


子供の頃から利発なルシノアは大学でも一、二を争う程成績優秀で、大学設立以来最短での卒業は確実だろうとの評判だった。だが彼女が卒業する直前に問題が起きる。ルシノアは頭もよく容姿端麗で非の打ちどころない人物のようであったが、一つだけ欠点があった。自分個人と親密になりたがる異性に対して冷たい事だ。


彼女の容姿や将来性のあるその頭脳に惚れ込んだ男は数知れず、何人もの男達が日々彼女に告白しては玉砕していった。彼女にとってそれは慣れっこで、ルーチンワークのように淡々と愛の告白を処理してきたのだが、振った相手の一人に厄介な人物が紛れ込んでいたのだ。


教会関係者だ。エストが教皇を排除するまでと言う物、当時のグリトニル聖王国で教会の権力は絶大であり、一地方の男爵家を取り潰すぐらい訳のない事だった。ルシノアに振られた男の父は教会の重要な役職についており、彼女に逆恨みした男は父親の力を使って男爵家の取り潰しを計ったのだ。ありもしない不正をでっち上げられ、彼女の父はその身柄を拘束される事になる。


当然ルシノアの両親は身の潔白を主張して堂々と裁判で争った。そしてそれほど時を経ずして無罪放免となったものの、その後も教会側の嫌がらせは続き、彼女の父が治める領地には次第に物も人も入らなくなって行く。教会側が王都にある大店に圧力をかけ、真綿で首を絞めるようにじわじわと男爵家を殺しにかかったのだ。


最初は好意的に味方をしていた村人達であったが、自分の身に被害が及び始めると態度が急変する。男爵家に何かと相談事を持ち掛けていた村人達はぱったりと来なくなり、中には露骨に嫌悪感や敵意すら表す者まで出る始末だ。自分達が間違った事をしているとは欠片も思わなかったルシノアの両親ではあったが、流石に長年親しくしていた人々のそんな態度は堪えた。


娘を心配させまいとあえて連絡を取らなかった事もあり、ルシノアが事態に気がついたのは、いよいよ実家が取り潰しになる直前だった。度重なる教会の妨害で、男爵の治める村は経済状態の悪化や村人による王への陳情などもあって、領地を召し上げ男爵家は取り潰しと決定したのだ。今更ながら状況を知ったルシノアが慌てて東奔西走するも、普段の人付き合いの悪さが祟ってなしのつぶて。結果、彼女の一家は平民の身分へと落とされてしまった。学費は前払いの為卒業するのは問題なかったが、一家の未来はルシノアの肩に全てのしかかる事になった。


卒業したルシノアの就職先は、辺境にある子爵の家だ。大学始まって以来の秀才として評判だったルシノアを代官として迎え入れた子爵であったが、すぐさま問題に直面する事になる。例の教会関係者が未だルシノアに対しての嫌がらせを継続しているらしく、順調に領地を発展させていた彼女の妨害をしてきたのだ。


彼女の能力は確かに疑いようのないほど高いし優秀だ。それに美人なので子爵としては手放したくはなかった人材なのだが、領地経営にあからさまな妨害をされる段になるとそんな呑気な事も言っていられなくなった。まず子爵の妻や娘がルシノアを辞めさせろと反発し、その直後領内にある商会から遠回しに彼女を外せと言う要請があったのだ。


「ルシノア……そう言う訳なんで、すまないが君をこれ以上雇っている訳にはいかなくなった。本当にすまない」
「いえ、お気になさらず。短い間ですが、お世話になりました」


でっぷりした腹を精一杯折り曲げて謝罪する子爵に何でもないように返答したルシノアだったが、内心は怒り狂っていた。なぜ自分達一家がこんな目に遭わなければならないのか、なぜこの国では悪党が我が物顔でのさばっているのかと。


(ここで腐っては駄目。必ず実績を上げて中央に返り咲いて、こんな不正を行う連中に目に物見せてやるわ!)


そう決意するルシノアではあったが現実は厳しく、行く先々で妨害に遭い辞職を余儀なくされる。そんな事が続けば当然やる気も失われて行き、いつしか彼女は中央に戻ると言う目標を諦めつつあった。そんな彼女のもとに、ある日王都から新たな赴任先が紹介される事になる。


新しく主となる男の名はエスト。まだ十五、六と言った若さだがそのレベルは他の冒険者の追随をゆるさないほど高いんだとか。なんでもグリトニル聖王国で好き放題していた教皇の正体を明かしたかと思ったらその一派を打倒し、過去数百年で数えるほどしかなかったグリトニル聖勲章を授与された若き英雄らしい。そんな彼の領地の代官の任だったが、正直言ってやる気は出なかった。自分の生まれ育った所のように小さな村。何の産業も名物も無く、その日食べていける程度の作物しか育っていない辺境の村。いくら頑張ったところで、発展させようがないのだ。


「一代限りの名誉男爵じゃあまり実績にならないだろうけど、私みたいな先の無い人間にはお似合いかも知れないわね」


自嘲気味に笑うルシノアは少ない私物を鞄に詰め込み、乗合馬車へと飛び乗った。行く先はグリトニル、アルゴス、ガルシアと言った三国が交わる国の最南端。街道があまり発達していない為、長旅になるだろう。


(今回はどれぐらい働けるかな……)


ゆっくり流れる風景をなんとなく眺めながら、彼女はそんな事をぼんやりと思う。だが彼女は知らない。領地の先で出会う男がいかに規格外かという事を。己の人生を大きく変える出会いが待っていたと彼女が知ったのは、これからしばらく後の事だった。

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