ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 アミルとレレーナ①

ガルシア王国の一角、ヴルカーノとの国境沿いにある大きな森の近くには小さな村があった。村は裕福ではないが貧しくもなく、これといった娯楽も無い何の変哲もない村だ。たまの楽しみと言えば行商に訪れる商人との売買と土産話のみ。そんな小さな村の中に、アミルと言う名の少年とレレーナと言う名の少女が住んでいた。


アミルは今年で十歳。レレーナは九歳。彼等は毎日、日々の仕事である親の手伝いや家畜の餌やり、井戸の水くみや枯れ木集めなどに精を出していた。そんな代り映えのしない毎日を過ごしていたある日の事、アミルが血相を変えて幼馴染であるレレーナの家に走っている。


「レレーナ! レレーナ!」


アミルが元気に走り回っているのはいつもの事だが、今日の彼は少し様子が違っていた。珍しく興奮した面持ちのアミルはレレーナの家のドアを激しく叩き、彼女を大声で呼び出す。家の中で何度も何度も読み返してボロボロになった本を飽きもせずに読み返していた彼女は、ため息をつきながらもドアから顔を出した。


「なあにアミル? そんなに慌てて」
「村の宿に冒険者が来てるんだ! 見に行こうぜ!」
「えっ、それ本当なの!? すぐ行きましょう!」


家から飛び出したレレーナは全速力で走り出す。その勢いはここまで走って体力をすり減らしたアミルを置いてきぼりにするほどで、まるで解き放たれた猟犬のようだ。彼等がこれほど興奮しているのには訳がある。幼い二人が目下夢中になっている事――冒険者。それは以前村を訪れた行商人が置いて行った、ある冒険譚が切っ掛けだった。


そこには彼等の想像もしない世界が広がっていた。深い森を切り抜けた先にある美しい湖に住む精霊の物語。切り立った断崖絶壁を昇りきった先に巣くうドラゴンを討伐する冒険者達の激闘。そして深くて暗い、危険な魔物が多数徘徊するダンジョンでの探索。そのどれもが彼等二人の好奇心を大いに刺激し、冒険者に憧れを抱かせるのに十分だったのだ。


「待ってくれよレレーナ!」


慌てて追いかけるアミルを尻目に、レレーナは村の中央を横切って簡単な柵に囲われた、村の入口近くにある食堂兼宿屋に飛び込んだ。レレーナに遅れる事しばし、息せき切って辿り着いたアミルは、食堂の中に視線を左右させる。


時刻は夕刻。仕事を終えた村の大人達が村に一件だけある食堂に集まり、いつものように酒盛りを始めようとしている。だがその人混みの中に見慣れない人影が座っている事にアミル達は気がついた。


その人物達は村の人間とは明らかに違う装飾を身に着けている。一人は年若い男だ。年の頃は二十歳になるかならないかと言ったところだろうか? 上半身を厚手の皮で作られた鎧でつつみ、腰にはボロボロに使い古され植物の汁や動物の血で汚れた鞘に収まった剣を差している。もう一人は女だ。男と同年代と思われる女は、これまた男と同じように皮の鎧を身に着けていた。こちらは肩の部分が無い代わりに皮製の籠手を装備し、テーブルの傍らには彼女の物と思われる弓が立てかけてある。明らかに戦いを生業とする彼等の姿を目にしたアミルとレレーナは、知らずに息をのんだ。


「冒険者だ……!」
「本物だわ!」


憧れの存在である冒険者が目の前に居る。その事が二人をひどく興奮させた。村の大人達と酒を酌み交わす二人の冒険者の話を聞こうと恐る恐る近寄って行くと、それを目ざとく見つけた村の大人が声をかけてきた。


「アミルにレレーナじゃないか。こんなとこに来るなんて珍しいな。さては冒険者が来たのを聞いたんだな?」


幼い頃冒険者に憧れるのは誰にでもある事だ。自身も昔はそうだったと思い返し、声をかけてきた村人はアミル達を冒険者達と同じテーブルに案内してくれる。やや緊張しながら席に着いた二人に気がついた冒険者達は、酒が入った事で少し赤くなった顔を向けると、笑顔で話しかけてきた。


「よう! お前達も俺の手柄話を聞きに来たのか? いいぜ、聞かせてやるとも。大将! この子らに何か飲み物を頼む!」


アミル達が何も言わない内に、冒険者の男は店主に注文すると身振り手振りを交えて自らの冒険譚を語り始めた。遠い異国で凶悪な魔物を討伐し、王様に金銀財宝を貰った事。北の果てにあると言う光竜連峰でのドラゴン討伐。そのどれもが臨場感たっぷりに語られるものだから、アミルとレレーナの二人は終始興奮しっぱなしだ。


しかし一歩引いてその場を見て見ると、冒険者の話を本気にしているのはアミル達だけだとわかる。村の大人達は皆面白そうに聞いているものの、誰も真面目に受け取っては居ない。その理由は二人の冒険者のレベルにあった。


二人ともレベル10。駆け出しではないが熟練の冒険者とはとても言えないレベルの低さだ。ランクで言えばブロンズ以上シルバー未満と言ったところか。ドラゴンを討伐できるほどの冒険者なら最低でもゴールドランクに匹敵する実力が必要なため、大人達は誰も彼らの話を本気にしてはいなかった。それは話をしている冒険者自身も十分理解している。彼等は酒を楽しく飲む為、今まで聞いた先輩冒険者の実体験を我が事の様に語っているに過ぎないのだ。


「――そして最後に俺の振り下ろした一撃が首を断ち切って、俺達はドラゴンに勝利したんだ」
「すっげえ!」
「カッコいい!」


テーブルに齧りつく様な姿勢で話を聞く二人の子供を、冒険者や村の大人達は微笑みながら眺めている。


「ねえねえ! 俺でも冒険者になれるかな? どうやったらなれるの?」
「冒険者か? そうだな……毎日体を鍛える事だな。今から鍛錬を積んでおけば、将来立派な冒険者になれるはずだ。でも家の事もちゃんと手伝わないと駄目だぞ? 正義の冒険者は勉強も手伝いも決して手を抜いたりしないからな」


その言葉に目を輝かせるアミルとレレーナ。冒険者にとってはちょっとしたアドバイス程度の言葉だったが、これが彼等の今後の人生を決定づける事になる。憧れを現実にするべく行動する事を、幼い二人はこの時心に誓ったのだ。


「お、二人とも。お迎えが来たぞ」


村人が建物の外に視線を向けると、家を飛び出したきり帰って来ない二人を心配したアミルとレレーナの両親が探しに来ていたところだった。村人からここに居ると手振りで教えてもらったアミル達の両親は、ホッとした様にゆっくりとした足取りで食堂に向かって来る。


「やべえ! 母ちゃんに怒られる!」
「私も早く帰らなきゃ!」


冒険者に礼を言い、入って来た時と同じような勢いで食堂を飛び出していく二人。まるで嵐が去ったような食堂では、大人達が苦笑しながらその背を見送っていた。


「さあ、こっからは大人だけの時間だ! 飲み直そうぜ!」


冒険者が高らかに宣言すると、それに応えるように村人達が歓声を上げるのだった。

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