ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 トート③

半年が経った。その間トートは隊長とその取り巻きにいびられ続け、地獄のような毎日を過ごしていた。もちろん反抗的なトートは何度も彼等に逆らい、その度に痛い目に遭っていた。度重なる暴力に屈服し表向き反抗する事も無くなったトートだったが、それはあくまでも表向きだけで、本心は真逆だ。彼が大人しくなったのは他の従順な隊員のように隊長に従った風にしておけば、少なくとも無駄に痛めつけられる事はないと学習した結果だ。


(今だけだ。今だけ言いなりになってやる。だが見てろ。その内寝首を掻いてやるからな!)


心の内に復讐の火を絶やさずにいたトート。そんな彼は現在魔族の王都から離れ、深い森の中に居る。彼の所属する部隊が野外訓練に赴いている現在、一番下っ端であるトートが飲料水を確保するために川に向かっていると言う訳だ。


「わざわざ水汲みなんぞ必要ないだろうに。ムカつく奴等だ!」


仮にも軍隊なのだから自分達の糧食は出発する時から持ち歩いている。なのにどうしてトートだけが水汲みに行かされているのかと言えば、それは単なる嫌がらせだ。隊長とその取り巻きはトートが心の底から屈服していないと本能で理解しており、彼を更に追い詰めるべく、こうして必要のない仕事を押し付けたのだった。


両手に持つ桶に水をいっぱいにすれば結構な重量になるだろう。それにここは魔族領。治安の良い人族の領域とは違い、そこいらに魔物が徘徊する危険な場所だ。こんな深い森の中両手に水の入った桶などを持っていると奇襲された時に対処が出来なくなる。仲間が居れば何とかなっても今のトートは単独行動だ。それだけに危険度は通常の何倍も高まっていた。


「あいつら、俺の事を魔物に始末させようとでも思ってるんだろうが……そうはいかん――ぞっ!?」


不意に訪れた浮遊感にバランスを崩し、トートはなす術もなく体を投げ出される。周囲を警戒するあまり足元に対しての注意が散漫になっていた彼は、自らが踏みしめるはずの地面が消失していた事にまるで気がつかなかったのだ。手に持った桶を放り出して小さな坂を転がり落ち、激しい衝撃と共に自分の体が動きを止めた事に気がついた。


「いつつ……何だってんだまったく!」


悪態をつきつつ周囲の状況を確かめたところ、彼は自分が小さな洞窟の中に居る事に気がついた。周囲はジメジメとした苔が生えており、地面には浅い水たまりが出来ている。ふと見ると、その水たまりの中に黒い生き物が横たわっている事に気がついた。


「なんだ……?」


恐る恐る近づいたトートは驚きのあまり声を上げそうになったのをグッとこらえ、その生物を注意深く観察する事にした。それは小さなドラゴンだった。全身を黒い鱗に覆われ、子犬程のサイズではあるが見間違えようのないデザインだ。衰弱しているのか翼は破れ鱗は所々剥がれている。意識が無いらしくトートに気がついた様子はない。弱々しく腹が上下している所を見る限り辛うじて生きているのがわかった。


「ドラゴンか……実際にお目にかかるのは初めてだが、本当に居るんだな」


(このサイズからして生まれて間もないな。魔物にでも襲われてここに逃げ込んだはいいが、出るに出られず衰弱したってとこか)


基本他人の事など気にかけず平気で見捨てるようなトートだったが、彼は動物に対してだけは優しかった。成竜ならともかく、この小さなドラゴンに彼は保護欲を掻き立てられ、咄嗟に抱き上げるとその体に向けて回復魔法を使っていたのだ。


徐々に傷が塞がっていくと自分の体の異変に気がついたのか、幼竜はうっすらと目を開けた。そして自分を抱き上げる男を見た途端、逃げようと激しくもがき始める。


「わっ! こら! 大人しくしてろ! もう少しで全部治るから!」


強い口調で怒鳴りつけられた幼竜は一瞬牙を剥いて噛みつこうとしたが、そこで初めて自分の傷が塞がっている事に気がついたのだろう。トートの事を注意深く観察しつつも、大人しく治療を受け入れた。やがて傷が完治し、ようやく体の自由を取り戻した幼竜は、まるで背伸びをするかのように翼を大きく開いて羽ばたいた。


「帰るのか。今度はやられないように気をつけろよ」


まるで礼を言うかのように狭い洞窟の中、彼の眼前をフラフラ飛んだ後、てっきり出ていくとばかり思われた幼竜はそのままトートの肩に舞い降りる。そして呆気にとられる彼を無視して、その顔に己の顔を擦り付け始めたのだ。まるで子犬が愛想を振りまくように。


「お前……帰らないのか? ひょっとして、俺と一緒に来る気かよ?」
「ガアッ」


そうだと言わんばかりの返事に、思わずトートは苦笑する。この世界に生まれ落ちてからと言うもの、例え両親と言えど信用する事の無かった彼は不思議と幼竜に心を許している自分に驚いていた。


(ま、ドラゴンなら裏切るって事もないか。色々便利に使えるかも知れないし、連れて行っても損はないだろう)


「よし、じゃあ連れて行ってやろう。だが名前が無いのは不便だな……なら、お前の名前はラガンだ。どうだ、気に入ったか?」
「ガアッ!」
「よしよし、気に入ったか。じゃあ行くぞラガン!」


一人と一匹は洞窟から這い出してもと来た道を戻り始める。転がっている最中に桶など何処かに無くしてしまったし、今更探し回るのも面倒だった。それにどう言う訳か、ラガンが側に居る事で何とかなるような気がしていたのだ。自分でもよくわからない自信を抱いたまま、トートは野営地へと歩みを進めた。



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