ReBirth 上位世界から下位世界へ 外伝集

小林誉

外伝 シャリーとディアベル ②

盗賊達の亡骸はその場で火葬されたが、シャリーの両親は騎士達によって丁重に扱われ、王都の共同墓地に埋葬された。もう日が落ちていたために、幼いシャリーは騎士達が兵舎で一晩世話をする事になった。日が昇ってから国が運営している孤児院の職員を呼び、面談させるつもりだったのだ。


騎士達はシャリーの事情を聞くと積極的に彼女に話しかけ、出来る限り励まそうとした。しかしシャリーにしてみれば笑顔を浮かべていても知らない大人、それも剣や槍と言う両親の命を奪った武器を装備した大人に話しかけられては、緊張してろくに返事も出来なかった。


その時シャリーが考えていたのは、この場から逃げたいと言う一点のみ。怖い大人に囲まれているより、一人で居たいと思ったのだ。騎士達が用意してくれた味の薄いスープを少しずつシャリーが口にしていた時、急に騎士達の動きが慌ただしくなる。外から駆け込んで来た騎士の一人が、息を切らせながら同僚達に協力を求めてきたのだ。


「喧嘩だ!酒場で大規模な乱闘が起きて怪我人が多数出ている!手伝ってくれ!」


その言葉に急いで立ち上がる騎士達。多くの騎士がろくに装備も身に着けず剣を片手に飛び出していくが、その中の一人はシャリーに目を向け、少し考えた後彼女の前にしゃがみ込んだ。


「お嬢ちゃん。いい子だからここで留守番しててもらえるかな?俺達が帰って来たら暖かいベッドを用意してあげるし、明日は友達の出来るところに連れてってあげるよ。少しの間だけ待っててもらえるかい?」


騎士としても今の状態のシャリーを置いて行くのは不安だったのだろう。小さく頷くシャリーを見て安心した騎士は彼女の頭を一撫ですると、仲間の後を追って急いで兵舎を後にした。一旦納得したかのように見えたシャリーだったが、実は騎士の言いつけを守る気は無かった。騎士達が姿を消した後、キョロキョロと辺りを見回した後兵舎の外へと走り出す。行く当てなど無い。だがひょっとしたら両親が迎えに来てくれるかもしれない……そう考えて、彼女は一人夜の街へと歩き出した。


酒に酔い、大通りで楽し気に騒ぐ大人達を避けていると、自然に人気の無い方向へと足が向く。当然そんな所に住んでいるのがまともな人間であるはずが無く、一人でウロウロしている子供など彼等にとっては目の前にぶら下げられたご馳走にしか見えなかっただろう。


「ひっく……ひっく……お母さん……お父さん……」


泣きながら歩くシャリーの前に、ふいに立ち塞がった男達が居た。ビクリと怯えるシャリーを無言で抱え上げた男達は、素早く彼女の口を塞いで大きな袋に彼女を入れると抱え上げて走り出した。彼等の目的地は王都の外れにある契約所だ。見慣れた袋を持って近づいて来る彼等の姿を見た檻の中の奴隷達が、また新たな犠牲者が出たのかとため息をついていた。


「親父、買い取り頼むぜ」


扉の前に立っていた見張りは、彼等を止める事無く素通りさせる。中に入った男達は手慣れた様子で袋に押し込めていたシャリーを床に転がし、その頭を掴み上げた。親父と呼ばれた方も彼等の来訪に慣れているらしく、明らかに攫われてきたシャリーを前にしても眉一つ動かさない。


「獣人のガキか……労働力にも使えんし、娼館に出しても客もとれん。あまり高値は出せんな」
「そんな事ねえだろ。どこぞの変態が喜んで買ってくれるって!」
「ま、出せてもこれぐらいだな」


恐怖のあまり声も出せないでいるシャリー本人の意思など無視して、彼等の商談は続く。品の無い男達が耳障りな声で長々と交渉し、シャリーを攫って来た男達は小銭を手にして、ぶつくさ文句を言いながら契約所を後にした。


「ほら、さっさと立て!」
「い、いたい!」


髪を毟る様に掴み上げられ苦痛の声を上げるシャリー。奴隷商はそんな彼女を引きずるように連れて行くと、ある牢の中に投げ入れた。髪の毛を何本かブチブチと引き抜かれ、小さな彼女の体は独楽の様に回転しながら牢の固い石畳に叩きつけられる。


「いたい……いたいよ……」
「おい!何も投げる事はないだろう!」


シャリーの投げ入れられた牢には先客が一人居た。褐色の肌に美しい顔立ち、そして無駄な肉の無い引き締まった体と特徴的な長い耳に流れるような銀髪。ファータから奴隷として連れて来られていたディアベルの姿がそこにはあった。そのディアベルが幼い子供に乱暴な真似をする奴隷商に抗議の声を上げる。しかし奴隷商はうんざりした顔で舌打ちすると、そのまま無言で牢の前から姿を消した。気の強いディアベルが奴隷商に反抗するのはこれが初めてではなく、彼にとっては慣れっこだったのだ。


「大丈夫か!?」


泣きべそをかいているシャリーを助け起こし、体についた埃を払ってやる。本当なら水で傷口を消毒してやりたかったろうに、この牢の中で出来る事など他に無かった。まだ怯えるシャリーを横に座らせてその小さな頭を撫でながら、ディアベルは少しずつ彼女の身に何があったのか事情を聞いていく。


「……それでね、お父さんとお母さんがいなくなっちゃって、こわい人達と一緒にシャリーはどこかに行ったの」
「そうか……辛い事があったのだな」


心細げにディアベルに抱きつくシャリーの身体は細かく震えていた。魅力的な見た目に反して、ディアベルは子供の扱いが苦手だ。ずっと兵士として働いてきた彼女は男性的な性格で、子供と接する機会などほとんど無かったのがその原因だった。しかしそんなディアベルの精一杯の誠意はシャリーを安心させたらしく、次第に恐怖に凍り付いた彼女の心を打ち解けさせていく。


「こわい人達から逃げて、お父さんとお母さんをさがしてたら、さっきの人達にここに連れて来られたの」


シャリーのたどたどしい説明を根気よく聞いている内に、彼女が孤児になり何処かから誘拐されてきた事は大体察する事は出来た。完全に犯罪だが、それをここで主張したところで耳を貸す者など存在しないだろう。ならせめて、この牢に居る間だけでも自分がこの子を守ろうとディアベルは心に誓った。


「お父さんとお母さんにはもう会えないの? シャリーひとりぼっちになっちゃった?」


目に涙を浮かべて問いかけるシャリーの言葉に、一瞬言葉を詰まらせるディアベル。まだ死ぬと言う事がどう言う事かハッキリと理解していない少女に辛い現実を突きつける事を躊躇った彼女は、答えを濁すしかなかった。


「それは……わからない。だがシャリー、お前は一人ではないぞ。私がお前の両親の代わりに、一緒に居てやろう」
「お姉ちゃんが?」
「ああ、そうだ。私の名はディアベル。今日からお前の姉と思って良いぞ」
「でぃあべる? ディアベルはシャリーのお姉ちゃんなの?」
「そうだとも。だから安心してこの姉を頼るがいい」
「うん、わかった。ディアベルはシャリーのお姉ちゃん」
「……呼び捨てか……まあいい。シャリー、これからよろしくな」


こうして二人の奴隷、ディアベルとシャリーは出会ったのだった。

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