とある魔族の成り上がり

小林誉

第146話 挑戦状

金貨一万枚もの蓄えがある領地となると、自然と候補が絞られてくる。大きな領地の中の小勢力はいくつもあるが、それらを攻めると言うことは、後ろに控えている大物魔族と事を構えることを意味していた。なら実入りの少ない小領地など無視して、一気に敵の本拠地を叩いた方が効率が良い。なので俺達は隣の大領地にある領主に対して挑戦状を叩きつけた。


そう、挑戦状だ。いきなり襲いかかるのではなく、事前に予告してから攻撃を開始するのだ。そんな事をしたら、奇襲に比べて無駄な抵抗を受けるだけだと思うだろう。事実、俺もそう思った。しかしケニス曰く、金だけを奪い取るならこれが一番効率的な方法らしい。


「魔族領に大昔からある伝統的な手法だよ。と言っても実際にやる人は滅多にいないけどね。内容は簡単。大々的に誰と戦うかを魔族領中に宣伝し、相手を無理矢理勝負の場に引っ張ってくると言う寸法さ。小領地ならともかく、大領地を束ねる魔族が挑戦から逃げたとあっては名折れも良いところだから、相手は確実に乗ってくる。そうやって引きずり出した相手に対して、こっちが望む物を要求する。そして相手もこちらの要求に見合ったものを要求し、双方合意すれば戦いの始まりだ。つまり、今回僕達が勝てば金貨一万枚を手にするけど、負ければ同じぐらいの負債を背負うことになってしまう。どのみち税を払えなければ魔族領全てを敵に回すことになるんだから、気にしてもしょうがないよね」


盗賊の真似事をしなくて良いなら上出来だと褒めるべきだろうか? 


「まぁ、ドラゴンを手に入れた俺達に敵う奴等はいないだろうし、戦い自体は余裕で終わるんじゃないのか?」


勝利は揺るぎないものとして楽観的に俺が言うと、ケニスは難しい顔で首を捻る。


「どうした?」
「それなんだけどね。大っぴらにドラゴンを戦わせて良いかどうか迷っているんだよ」
「なんでだ? ドラゴンに戦わせて勝てるなら、こんな楽なことはないだろう?」
「僕が心配しているのは勝った後なんだよ。君の評価がどうなるかが気になってね。上手くいけばドラゴンを従える者として知名度が上がり、悪く転べば魔物頼りの力のない魔族と見られる可能性がある。これから先の事を考えると、なるべく君の名声を上げておきたいんだ」


そう言う見方もあるのか。ケニスの心配は解るが、正直考えすぎな気がしていた。魔族は基本的に力こそ全てと考える者が多く、ケニスのように先を見通して考えを巡らせる奴は珍しいのだ。要するに、阿呆ばかりなら遠慮なく力を見せつけて、堂々と叩きのめしてやれば良いだけだ。


「お前の考えも解るがな。だが、その二択なら俺はドラゴンを使う方を選択する。これは今回のためだけでなく、今後敵対しそうな勢力に対する牽制も含めての選択だ。ドラゴンに怯えて大人しく配下になれば儲けものだろう?」
「……君がそう決めたんならもう何も言うことはないよ。現段階で出来うる限りの戦力を集め、連中の度肝を抜いてやろうじゃないか」


肩を竦めてそう言ったケニスは、こうなることは予想できたとばかりに苦笑していた。


§ § §


挑戦状に記された日付は三日後だ。この間俺達は周囲の領地に間者を放ち、それとなく今回の話を広めることに注力していた。そのおかげもあって、この決戦場には多くの観客が押し寄せていた。一般人や行商人を始め、小領地の長や大領地の家臣などの姿が見える。今回の戦いで俺達の実力やその戦力などを見極めようという魂胆なんだろう。


俺達の目の前には今回の対戦相手である領主とその配下、総勢百名を下らない魔族が集まっていた。俺と同格の魔族ならもっと人を集められるはずなのにこの人数と言う事は、よほどこの人選に自信がある証拠だと思う。


対する俺の陣営は俺を含むいつもの面子だ。その数は全部で三十人にも満たないだろう。戦力としては半分以下なので本来なら戦いにもならないはず。そう思ったのは相手の領主も同じだったようだ。あからさまに侮蔑の表情を見せて俺を睨んでいる。


「わざわざ挑戦状を叩きつけてくるからどんな気骨のある奴かと期待してみれば、ただの阿呆だったか! 失望したわ!」


挨拶よりも先に罵倒されて流石に面食らってしまった。本来なら怒る所なんだろうが、逆の立場なら俺も同じような感想を抱いただろうし、奴の言うことももっともか――と、妙に納得してしまう。


「それより約束のものは持ってきたんだろうな?」
「当たり前だ! 金貨一万枚はそこに山積みされた袋にある。俺達に勝利できたなら持って行くがいい。しかし、お前達が負けた時は――」
「領地の半分を差し出せば良いんだろう? わかっているよ。記入済みの誓約書はここに用意してある。これを破ったら魔王様から攻撃されるからな。約束は守るとも」
「ならば良し! では時間が惜しい。さっさと始めるぞ!」


一斉に武器を構える敵の一段。俺達もそれに応じてそれぞそれの武器を構えた。





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