とある魔族の成り上がり

小林誉

第119話 徴兵

「本日この時より、この地の領主はケイオス様となった! みな、ケイオス様の為に励むが良い!」


集まった村人達の前で演説するヴィレジの言葉に彼等は戸惑っていた。何の前触れもなく、いきなり自分達の支配者が見ず知らずの男のために働けと言い出したのだ。混乱するのは無理もない。しかし、だからといってヴィレジに反発する気概が村人達にあるわけもなく、彼等は唯々諾々とそれに従うのだろう。


ヴィレジの治める地で、戦力になりそうな若い男は五十人ばかり。後は女子供と老人だけだ。と言ってもそれら全てを徴兵するわけにはいかない。一家の大黒柱がいなくなると畑仕事もろくに出来なくなり、彼等は日々の生活すらままならなくなる。当然長い目で見れば戦力の衰退を招くため、せいぜいその三分の一を兵隊にするのが限界だ。


兵隊として働き手を失った家には金銭を与え、生活するのに困らないよう援助する事を忘れない。魔族領は弱肉強食が基本といえど、自分の手足を切り落として戦えるはずもないので、領主の仕事はどこも変わらないのだ。


「俺がケイオスだ。よろしく頼む」


ヴィレジに代わって壇上に上った俺の姿を見て、村人達はザワザワと騒ぎ始めた。当然だ。今の俺の姿は本来の物。つまり、ハーフの男なのだから。どんな所でも最底辺の扱いを受けるハーフが領主を名乗ったのだから、彼等の混乱もわかる。


「静粛に! ケイオス様は確かにハーフであるが、その力は比類ないものだ。様々なスキルをその身に宿し、次々と配下をお作りになっている。今日はその力の一旦を披露してくださるそうだ。心してみるように!」


ヴィレジの目配せに頷き、俺は自分の身体を変化させていく。今俺の身体に宿るスキルは全部で『火炎:強』『支配』『空間転移』『吸収:強』『譲渡』の五つ。まず始めに火炎スキルの持ち主だった人族の男の男へと姿を変える。


「おおお!」
「凄い! 人族になった!」
「自由に変えられるの? 便利ねぇ」


リーシュ達なら見慣れた光景だが、身体が変化する現象を初めて見る村人達は驚きに声を上げていた。次に支配のスキルの持ち主だったシオンと同じ魔族の女に変化した後、順番に人族の女、エルフの女に変化させていった。その度に村人達は歓声を上げ、まるで見世物を見るように楽しげな様子で俺を指さしていた。


「静粛に! 今見て貰ったように、ケイオス様は様々な力をお持ちだ。お前達がケイオス様のために働けば、ケイオス様もお前達に恵みを与えてくださる。皆心して励むように! 以上、解散!」


集められた時緊張していた村人達は、口々に俺の変身の感想を言い合いながらこの場を離れていく。その顔はどれも笑顔で、何かとても面白い出し物を見た後のようだった。


「……なんか、俺の期待した反応と違うな」
「仕方ありません。ろくに娯楽もないこの田舎住まいでは、ケイオス様の力を本当の意味で理解できる農民などいないのです。彼等もそのうちわかってくれるでしょう」


慰めるヴィレジの言葉に頷き、俺は新しく兵隊になった村人達を見る。彼等の多くは何人かいる兄弟の中の一人で、主に次男や三男で構成されていた。いなくなると困るけど、代わりに金を稼いでくれるなら多少の危険は目をつむる――そんな各家庭の思惑が見え隠れするような人選だった。


年齢は平均して二十歳前後。これだけ若ければ多少の徹夜や強行軍をしてもすぐ回復してくれるに違いない。兵隊になったと言っても彼等をすぐ実戦投入する訳にはいかない。なぜなら彼等は農民であって、今俺達と行動を共にしている魔族の兵達のように戦闘の訓練など受けていないからだ。なので彼等はこのまま大森林の拠点まで行き、そこでシオンの指導の下訓練を受ける事になる。以前の戦いで回収しておいたサイエンティア軍の装備が余っているはずだから、丸腰で押し付けても問題あるまい。


「さてケイオス。次はどうする? 僕としてはこのまま近隣の農村を支配下に収めた後、ある程度兵の訓練を終わらせて街の一つも落とせば良いと思っている。君はどうしたい?」
「そうだな……」


今や俺の軍師と言ってもいい位置づけになったケニスの問いに、俺はしばし黙考する。本音を言えばさっさと大きな街の一つでも落として、使える兵隊を増やしたいところだ。だが今の俺達でそれは難しい。ここはケニスの言うように、ここと同じような村を自分の支配領域にした方が良いだろう。


「ヴィレジ。どこかオススメの村はあるか?」
「ソレでしたら一つ、心当たりがあります。以前個人的に親しくしていた貴族の治める村です。土地が狭い割に鉱物などもとれるので、資金はかなり豊富なはずですよ」


へえ……鉱物か。銅や鉄などがとれるなら、自分達で装備を調えるのも可能かも知れない。それは是非とも手に入れなくてはな。


「ところでヴィレジ。以前親しくって事は、今はそうじゃないのか?」
「はい。以前彼を招いた時に、少々問題が起きまして。それ以来絶縁状態にあるのです」
「問題?」
「ええ、まあ……」


言いにくそうにしているヴィレジ。変に思って先を促すと、彼は渋々と言った調子で理由を話した。


「それがその……ケイオス様がスキルを奪ったのが原因でして。幻術のスキル持ちの貴族です。覚えていらっしゃいますか?」
「――ああ! あいつか。なるほど、俺が原因だったのか……」


古い記憶を掘り起こしてみると、確かにヴィレジの屋敷から逃げ出す時、一人の貴族からスキルを奪った事がある。たった一つしかないスキルを奪われるなどあってはならない事で、招待したヴィレジを恨んでも不思議じゃないな。


「そうか。苦労をかけたんだなヴィレジ」
「お気になさらず。彼もケイオス様のお力を知れば、進んで協力するでしょう」


そうなれば良いんだがな。ヴィレジの言葉に頷きつつ、俺は次の戦いのための準備に入った。

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