とある魔族の成り上がり

小林誉

第114話 完成

ピエスの街に戻ってすぐ、俺は招待された他の議員を支配下に治める事に成功した。ピエスが食事に仕込んだ遅効性睡眠薬の効果は抜群で、護衛を含めて全員を深い眠りに落としたのだ。妨害が無いなら支配のスキルを防ぐ手段など奴らには無く、目が覚めた時には俺に絶対の忠誠を誓う操り人形の出来上がりだ。


これで五人いる議員の内三人を味方につける事が出来た。商業都市連合であるマシェンド同盟は、議題を通す時に多数決を採用している。つまり、これで残りの二人がどんなに反対しても、俺の思い通りの議題が通せるわけだ。とりあえず真っ先に通す議題は大森林への人の出入りを制限する事。狩人や木こりなど、森の恵みを頼りに生活している者達には免状を与え、それ以外の者は許可を得ないと出入りできなくする。反発する者は多いだろうし、セイスやピエス達の立場を悪くするかも知れないが、俺達が火薬を量産するまで持ってくれれば良いのだ。


「早速、明日にでも全ての議員を召集して、会議の準備を始めます。こちらの事は我々にお任せください」


人族の領域で俺の出来る事はこれ以上なさそうだ。後はピエス達にまかせて拠点を大森林に移し、兵隊と武器を揃えていく事になる。そして開拓村に戻った俺を、嬉しい報告が待っていた。硫黄を満載した馬車の一団が到着したのだ。


「本当に村があって安心しました。ここまで来るのに随分苦労したんですよ」


先頭の馬車に乗る御者――おそらくこの連中の責任者だろう――が、心底ホッとしたというように安堵のため息をついている。馬車の数は全部で四台。内三つに硫黄が満載され、残りの一つが護衛を乗せたものだった。無防備な馬車など襲ってくださいと言っているようなものなので、行商をする場合彼等のような護衛は絶対に必要なのだ。


嗅ぎ慣れない異臭を放つ馬車に、兵隊や奴隷達が顔をしかめている。今からこれを使って火薬を量産するのだから、今のうちになれて貰わなくては。


今回の分は前金で支払っているので彼等が今回受け取る物はないが、彼等は満足そうな笑みを浮かべていた。


「次回もよろしくお願いします」


と言う言葉と共に彼等はさっさと村を後にする。当然取り引きは今回で終わりではないし、次回以降は現金で支払う事になっているので、次に来る時は今回より大量に硫黄を積んでくるかも知れない。こちらとしてはいくらあっても足りないぐらいだから大助かりだ。


「いよいよねケイオス」


いつの間にか側に来ていたイクスに声をかけられた。彼女は連日スキルを使って火薬の材料を生産し続けているので疲れているはずなんだが、少しも弱った気配が無い。自分が重要な仕事の中心人物になると言う初めての経験に満足しているのかも知れない。


「ああ。俺達が生き残れるかはお前次第だ。頼んだぞイクス」
「任せてよ。私達の居場所を守るために頑張るから!」


これで火薬の材料は全て揃った。後は増産するだけだ。


§ § §


翌日、イクスの指揮の下、手の空いている者は全て火薬の生産に取りかかった。まず木炭をすり潰した後硫黄を加え、イクスの生み出した鉱石を粉末状にしたものをここに混ぜる。ここに少量の水分を加えて更に細かくすり潰し、出来上がった物を布で包んでから堅い鉄板に挟み込み、圧力をかけていく。慣れない作業な上に、下手をすれば村が吹き飛ぶ可能性がある作業のため、参加している全員が真剣な表情だ。


「焦らず、ゆっくり、確実な作業を心がけてね。気分が悪くなったりしたら、すぐに作業を中断して静かにこの建物から出る事。とにかく細心の注意を払って」


今や火薬作りの責任者となったイクスは、兵士や奴隷の身分などお構いなしで全員を平等に扱い、頻繁に休ませる事を心がけているようだ。俺やシオン、ケニスと言った魔族領育ちからすれば非効率な手法なのだが、なぜかイクスのやり方で順調に作業が進んでいったのだ。


「作業者に適度な休憩と自由時間を与えると、こうも効率が良くなるんだね。目から鱗とはこの事だよ。僕も今後は彼女のやり方を参考にさせて貰おう」
「最初は下々の者に甘すぎると思ったのだが、結果を出されると何も言えなくなるな。悔しいが、イクスの手法を認めざるを得ん」


ケニスとシオンもイクスの指導力には舌を巻いていた。そして作業開始から三日が経過した頃、ようやく火薬の第一号が完成したのだ。


「真っ黒だな」
「ただの粉にしか見えんのに……」
「これがあの爆発を生むのですね。興味深いです」


リーシュやレザール、シーリは出来上がった火薬に興味津々だ。そんな彼等が見守る中作業は更に続けられ、最終的に完成したのは小さな木の箱に詰められた火薬の塊だった。矢に括り付けて飛ばしたり、敵陣に投げ入れたりするために、この大きさに落ち着いている。将来的にもっと遠距離から攻撃する方法が見つかるかも知れないが、今考える事じゃない。


「よし、早速実験してみるか」


俺の言葉に全員が頷く。この実験次第で俺達の今後は大きく左右される。ただの開拓村の村長程度に収まるか、それとも地方に覇を唱える領主になるのか、運命を占う爆発実験が、今始まろうとしていた。

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