とある魔族の成り上がり

小林誉

第107話 リンの抵抗

双方の戦力を比べればリンの揃えた兵達の方が若干多いぐらいだろう。その上室内である事を考慮に入れれば、味方にも被害が出る暴風や火炎などのスキルを使えない分こっちの方が更に不利だ。しかし、ピエスとリン、二人のやり取りを見てリンの兵が普段通りの力を発揮できるわけも無く、明らかに士気が低かった。こちら側の護衛と顔なじみの者も多いのだろう、お互いに剣は交えるがどこか模擬戦のように仕留める気が無い様子ではあるが、足止めさえしてくれればこちらとしては十分だ。


それでも正面に立ちはだかろうとした兵をシーリ達が叩きのめし、リンへとたどる道を強引に切り開こうとする。二階へと至る階段に俺達が足をかけた瞬間、リンがサッと手を上げたので咄嗟に後方に飛ぶと、隅に隠れていたと思われる二人の弓兵が姿を現し俺達目がけて矢を放ってきた。


「くっ!」
「クソが!」


先頭にいたシーリは難なく矢を切り伏せたが、後に続くハグリーとレザールにそれ程の技量は無い。何とか身を捻って躱そうとしたものの、彼等は飛んできた矢に腕や足を切り裂かれる事になった。無様に転がる彼等二人を後衛の俺達が引きずって安全圏まで移動させたので一時的に押され返されると思ったが、一人残ったシーリが何とか踏ん張ってくれていた。だがその時、勝負の決め時とでも思ったのかリンが剣を抜いてシーリに飛びかかってきた。


「やはり……強い!」
「貴女もやるわね!」


二人の女傑による剣技の応酬は以前戦った時より凄まじく、リンは明らかに前回より強くなっている。今まで手加減していたのか知らないが、それだけピエスを取り戻すのに必死なんだろう。とにかく余人の付け入る隙が無い。下手に手を出そうものならシーリの邪魔になりかねないし、シーリが倒れた場合形成が一気に不利になってしまうため、俺達は彼女達に構わず先に他の兵士を狙う事にした。


シーリとリンと言う互いの切り札とも言うべき存在がお互い押さえ合った影響か、敵の士気は更に下がっていたようだ。動きに精彩が無いのは相変わらずだが、若干怯えも混じっているように見える。畳み掛けるなら今しか無い。


「先に射手を狙え!」


矢を放っては身を隠しを繰り返す敵の弓兵が邪魔でしょうがない。せっかく進む隙を作ってもそのたびに邪魔されるのではキリが無いのだ。俺の言葉に頷いたラウは自らの矢に風の力をまとわせて威力を上げた弓を構え、静かに集中し始めた。当然敵もそんな彼女を放っておくはずが無く、動きの止まった的である彼女を射貫こうと先に矢を放ってくる。


「グロウ!」
「わかってる!」


獣人であるルナールが素早い動きで矢とラウの間に割って入り、飛んできた矢を剣で弾く。だがいくら素早かろうと二つを同時に捌けるわけが無い。もう一つはルナールの後に続いて飛び込んできたグロウによって防がれた。


「感謝するわ二人とも!」


反撃とばかりにラウが素早く矢を放つと、風を纏った彼女の矢は敵の倍近くの速度で飛翔し、弓兵が姿を隠す様も与えずその肩を貫いた。


「まだ!」


ラウは素早く次の矢をつがえ、次の矢を放つ。それは廊下の反対側にいた弓兵の肩に狙い違わず命中し、弓兵は肩を押さえてその場に崩れ落ちた。敵の遠距離攻撃を封じた事で俄然戦況はこちらの有利になった。なにせ切り結んでいると別方向から狙撃されるのだ。これでは余程腕の立つ者でしか対処できるはずが無く、敵は一人、また一人と次々倒れていった。


「終わりです!」
「くううっ!」


シーリとリンの戦いにも決着が付きそうだ。善戦したようだが、やはり勝利の天秤はシーリに傾いたらしく、リンは体中に傷を負いながら荒い息を吐いている。剣の腕は互角でも、シーリの持つ衝撃のスキルを警戒したために差が付いたのだろう。もはや戦況は覆せないと判断したのか、彼女はシーリの剣を防ぎながらチラリとピエスに視線を向ける。


逃げる気だ。その瞬間――ずっと動かず待っていた俺は大きく右腕を振りかぶり、手の中に生み出した短剣を力一杯投擲した。吸収スキルで生み出した短剣は剣や盾など障害物をすり抜けて、ピエスに気をとられていたリンの体に突き刺さる。


「な! 何!?」


初めて吸収スキルを覚えた時に色々と実験していた事が今になって役に立った。あれは俺が直接触れていないと吸収が発動しない変わった性能を持っているものの、射程内なら生物にしか刺さらない特殊な物だ。刺さったところで人体に影響は無いが、自分の体に短剣が突き刺さるという精神的動揺を誘うには十分だ。


「もらった!」


満身創痍の上に精神的動揺もあっては、シーリの相手をする事は出来ない。素早く間合いに入ったシーリは剣の柄をリンの鳩尾に叩き込んで一気に決着をつけてしまった。


「ぐ……ピエス……さま……」


リンが倒れた事で兵士達に動揺が走る。まだ抵抗を続けるつもりかと警戒したが、ピエスが前に進み出た。


「もう良い! ここまでだ! 私は操られてなどいない! 騒動の首謀者であるリンは捕らえたんだ! これ以上戦う必要は無い!」


あくまでも自分の正気を主張するピエスに、兵士達は次々と武器を捨てて恭順の意を示す。もともとリンが強引に戦わせていたようなものだから、首謀者がいなくなればこの結果は当然と言えた。


とにかくこれで一応の決着は付いた。後はリンが目覚めないうちに後処理を済ませてしまおう。

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