とある魔族の成り上がり

小林誉

第80話 反撃

木のうろをくぐり抜け元の世界に戻ると、事態に気がついたエルフ達が弓を構えてこちらに狙いをつけていた。だがすぐに矢を放ってくることはない。なぜなら俺の後ろには、シーリに羽交い締めにされて首元に短剣を突きつけられたミストラルの姿があったのだから。


「お前達! 族長を離せ!」
「離してもいいが……こっちの仲間と引き換えだな。さっさと牢に閉じ込めてる連中を連れてこい!」


こちらの脅しにどうしたものかと顔を見合わせるエルフ達。もたもたしてると他のエルフまで集まってややこしいことになりそうなので、急かすためミストラルに槍を突きつける。


「よーく考えろよ。お互いに開放すれば誰も怪我しないで丸く収まるんだ。俺達はこの森を去るし、お前らは今まで通りの生活が出来る。考えるまでも無いと思うが?」


ひそひそと顔を突き合わせて相談したエルフの内の一人が、しぶしぶと言った感じでこの場から去っていく。恐らくイクス達を開放しに行ったのだろう。このままついて行きたいところではあるが、森の中ではどこから奇襲を受けるかわかったものではない。この場で仲間が来るのを待つのが得策だ。いつでも暴風スキルを発動できるように気を張りながら待つことしばし、さっきのエルフと共にイクス達が現れた。だが彼等の後ろには望まぬ客までがくっついている。族長が捕らえられたために森中のエルフが集まったのだろう。


「ケイオス!?」
「え、あれケイオスなのか?」
「全然違うじゃないか」


この中で俺の本来の姿を知っているのはリーシュとハグリーだけなので、他のメンツは性別まで変化している俺の姿に戸惑うばかりだ。非常時じゃなければゆっくりと説明してやりたいところだが、今はそれどころじゃない。見たところ多少の怪我をしているようだが、身動きできないほど重傷の者がいないようなのでひとまず安心した。


「連れてきたぞ! 族長を離せ!」
「よし、なら同時に離してゆっくりと立ち位置を変えるんだ! リーシュ達も聞いたな!?」


リーシュ達の背後に控えるエルフは、木々の枝や建物の上から弓でこちらに狙いをすましている。全員が殺気を籠もった目でいるところをみると、連中の狙いなど手に取るようにわかる。どうせミストラルが離れた時点で一斉に攻撃して、俺達を蜂の巣にするつもりなんだろう。だがそうはさせない。


シーリに目配せすると、彼女は頷いてミストラルの拘束を解いた。それを確認したエルフ達もリーシュ達の拘束を解く。一歩ずつ確実に近づいてくるリーシュ達と、離れてていくミストラルの背中。その差が段々大きくなるにつれて、周囲の緊張もまた高まっていく。そしてついに彼等がすれ違う場所まで到達した時、急激に事態が動き出した。再びミストラルを捕らえれば有利に事が進むと思ったハグリーとルナールがミストラルに手を伸ばしたのだが、それを警戒していたミストラルはあっさりとその手を避け、猛然とエルフ達の下へと走り出したのだ。


「殺せ! 全員射殺してしまえ!」
「させるか!」


逃げながら仲間に指示するミストラル。その声を皮切りに、慌てて走り出したリーシュ達目掛けてエルフ達が一斉に矢を放つ。空を埋め尽くさんばかりの矢に逃げ場など無いと思われたが、それ等は俺が生み出した暴風に巻き込まれ、全て見当違いな場所へと飛んでいく。ミストラルだけが使うことの出来た暴風を俺に使われことに驚いたエルフ達が一瞬固まり、そんな隙をリーシュ達が見逃すはずもなく、お返しとばかりに手近なエルフに襲いかかる。


「よくもやってくれたな!」
「こっちを殺そうとしたんだから、殺されるのも覚悟してるんだろうな!?」
「ぶっ殺す!」


弓を主体で戦うエルフ達が厳しい戦いをくぐり抜けてきたリーシュ達と正面から戦って勝ち目があるはずがなく、一人、また一人と確実に倒されていく。遠距離から飛んでくる矢は俺の暴風で完全に無効化しているため、戦況は一方的になっていた。俺自身もただ風を操り味方から矢を反らせていたわけではない。逃げ惑うエルフ達の中から目的の人物を探すべく、目を凝らしていたのだ。


「いた!」


俺が狙うのは俺達を拘束し、理不尽な要求をした挙句に命まで奪おうとした人物、ミストラルだ。あの男だけは始末しておかねば気が済まない。ミストラルは押されっぱなしの味方を叱咤しながら、彼等の影に隠れるように身を潜めている。その情けない姿に呆れつつ、俺は奴の潜む場所へと氷の矢の雨を降らせた。


「ぐあっ!」
「ぎゃあ!」


ミストラルが身を守るため、咄嗟に盾にされたエルフ達の体を氷の矢が貫く。奴め、自分が助かるためなら味方はどうなってもいいらしい。初対面の時は紳士ぶっていたのに、これが本性ということか。形勢不利と見たミストラルが背を向けて逃げ出す。その背を睨み据えながら、俺は手に持つ槍に意識を集中して風を纏わせ始めた。そして助走をつけながら振りかぶり、力いっぱい槍を投擲する。俺の腕力だけでなく、暴風に後押しされた槍はぐんぐん加速し、狙い違わず無様に逃げるミストラルの背中を貫いた。


「がはっ!?」


たたらを踏んでその場に立ち止まったミストラルは、自分の腹から生える槍の存在に驚愕の表情を浮かべると、口から血を溢れさせながらその場に力なく倒れ込んだ。


「族長が!」
「なんてことだ!」


頭を失ったエルフ達は一気に統制を失い、武器を捨てて我先にと逃げ始めている。まだまだ数の上ではこちらの数倍はいたはずなんだが、思いの外エルフは根性が無いらしい。まあいい、逃げるなら放っておくさ。俺達の目的は奴らを全滅させることじゃないからな。 

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