とある魔族の成り上がり

小林誉

第72話 準備

「この街を抜け出す?」
「そうだ。監視の緩い今の内に逃げる。その事でイクスにも協力してもらわなければならないんだ」
「いいけど……何をすればいいの?」
「ああ。実はな――」


研究施設を見学に行って戻って来たイクスに早速相談を持ち掛けると、彼女は多少驚きながらではあったものの同意してくれた。そんな彼女に俺は提案する。まず、イクスには現在完成してある火薬の隠し場所を探ってもらう。次にそれら周囲の監視体制や兵の数など、出来る限りだ。人目につかない潜入ルートなどがわかればなお良い。後で忍び込むのが楽になるからだ。俺達も手助けしたいところだが、今のところ研究施設に自由に出入りできるのはイクスだけだからな。


「――つまり、火薬庫を爆破して混乱を起こし、その間に逃げるって言うの?」
「そう言う事。普通に逃げるより、それが一番成功率が高いと思う」


火薬庫が吹き飛べば敵も姿を消した俺達の事など後回しになるだろう。追手が皆無と言う訳にはいかないだろうが、数が減るのは確実だ。問題は、火薬庫を吹き飛ばす事でどの程度の被害が出るかだった。例えば樽にいくつか詰まっているだけでもそこら一体を更地にする威力はあるはず。なら直接火をつけるなど論外で、どうにかして遠距離から着火させるしかない。


「わかったわ。なら明日にでもヴァイセに案内してもらう。トルエノ達が邪魔するかも知れないけど、私が協力するって言えば断れないはずよ」
「頼む。その間にこっちはこっちで準備しておく」


イクスには決行の日まで奴等の動向を探ってもらうとして、俺達は俺達でやる事があった。まず、俺達の宿を取り囲んでいる見張りを何とかしなくてはならない。あの連中が見張りに立っているおかげで、今のところ買い出しにも行けないからだ。『支配』のスキルで俺の支配下に置ければいいんだが、確実に成功する保証も無いので止めておくのが賢明だろう。となれば、奴等が見張りを交代する隙を突かなければならない。


「後はライオネル達だな……」


同じ宿にはライオネル達イグレシア商会の面々も寝泊まりしている。最終的には彼等を置き去りにする訳だし、こっちの動きを彼等にも悟られる訳にはいかなかった。事を起こす時は最悪力ずくで排除しかないと思っていたのだが、事態は意外な所からのクレームで動き始めた。イクスに火薬庫の場所などを調べさせ、リーシュ達が深夜窓から抜け出してペガサスの厩舎を調べ終わり、いよいよ結構日時を決めようとしている段階で、宿を囲む見張り達が突然姿を消したのだ。


「イグレシア商会からの船が到着した?」
「はい。予定よりかなり早く到着したと、さっき連絡がありました。それと同時に我々が監禁状態にある事も商会が知ったようでして、ラビリント側に抗議してくれたようです。そのおかげで我々は自由行動が出来る様になりましたよ」


安堵した様なライオネルと船員達。ずっと狭い宿に押し込められていた彼等は、いつトルエノの気分次第で牢屋行きになるか不安だったのだろう。


「と言う訳なんで、ファウダーさん達もすぐに出発する準備をしておいてください。船は今日中に出港準備を整えておきますので、出発は明日です」
「その事なんですが……ライオネルさん。私達はもう少しこの街に滞在して、帰りは我々だけで帰ろうと思っているんですよ」


俺の突然の申し出に、ライオネルが怪訝な表情を浮かべた。当然だ。護衛対象であるイクスをこの街に送り届けたとは言え、まだ依頼は半分しか終わっていない。ライオネル達の帰りを護衛するという仕事が残っているのだから。しかしライオネルは何を勘違いしたのか、一人うんうんと頷き、俺の肩にポンと手を置いた。


「確かにうちの船員達と今更長期で航海するのも辛いでしょうね。わかりました。イクスさんがこの街に匿われているのは敵の間者も知っているでしょうし、今更我々が狙われるとも思えない。ならファウダーさん達に守ってもらわずとも安全だ。もう別行動でも問題ないでしょう。その代り――」
「ええ。依頼料が減額されるのは覚悟しています」


俺の返答にライオネルはニッコリと微笑んだ。厳つく見えても彼はあくまで商人。商会側の損さえなければ、俺達が残って何をしようと特に突っ込んで来ないはずだ。イクスを連れて来た次点でイグレシア商会とラビリントの取引は成立しているのだから。俺達がイクスを連れて逃げた後、仮にラビリントがイグレシア商会に抗議したところで無駄だろう。仮にも各国に支店を構える大商会だ。知らぬ存ぜぬを貫き通すに違いない。


「わかりました。では我々は今後別行動と言う事で。ここまでの報酬はイグレシア商会自治都市支部まで引き取りに来てください。あ、そうそう。ファウダーさん。貴女が今後何をするつもりかは知りませんが、当商会は一切関知しませんので悪しからず」
「……ええ。お世話になりました」


差し出された手を握り返し固い握手を結ぶと、彼は手を振って部屋を後にした。ライオネルの事だ。俺が何をするつもりなのか薄々感づいているのだろう。そんな彼に迷惑をかけない為にも、行動を起こすのは船が出発した後になる。今の内に準備を整えておかなければ。

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