とある魔族の成り上がり

小林誉

第67話 研究室

ラビリント――迷宮を意味する名を頂いたこの都市は、名前の通り複雑な造りをした街だった。少し歩いただけで街を仕切る壁にぶつかり、真っ直ぐ進む事がほとんど出来ず、街を構成する通りが曲がりくねった道ばかりだ。その為初めてこの街を訪れた旅人は例外なく道に迷い、宿まで辿り着けずに行き止まりで夜を明かす事も珍しくないと言う。


「長年住んでいる者でも迷う事がありますから、決してはぐれないようにしてくださいね」


船を降りた俺達を出迎えてくれた案内役の男は、そんな事を言いながらいくつもの角を曲がって行く。彼の話によると、この街はもともと地中に埋もれていたダンジョンだったらしい。ダンジョン自体は珍しくないものの、ある日珍しい鉱物や希少な植物が見つかったことで状況が一変した。欲に駆られた人々が殺到し、ダンジョンに潜るのが面倒だと、どんどん地面を掘り返していったらしい。その元気な連中が寝泊まりしている内に商売を始める人間も集まり始め、みな好き勝手に店を出すものだから、長い年月をかけてこんな歪な街が出来上がったんだとか。


「てことは、この壁はダンジョンの名残ですか」
「ええ。取り壊す事も検討されていますけど、縄張りを主張する人が多すぎて話が進んでいないのが現状です」


少し疲れたようにため息をつく男。なるほど、一度人が集まりやすい場所に店を出した連中が、今更立ち退きに応じる訳がないか。それにしても複雑な地形だ。これなら襲撃する側、逃げる側、どちらも困難になるに違いない。襲撃者達が完全に諦めたとは考えられないので、一応警戒はしておきたいんだがな。後でリーシュに頼んで、上空から地図でも書いてもらうとしよう。


「さあ、ここです。ここが我々の研究施設です」


案内されたのは頑丈な石造りの建物だった。三階建てでかなりの大きさがあり、均等な間隔で窓が並んでいる。恐らくあの一つ一つが部屋であり、各自の研究室なのだろう。男は正面にある入口のドアを押し開け、俺達を中に手招きする。


「うっ!」
「なに、この臭い……?」


思わず口元を覆う程建物の中は異様な匂いが立ち込めていた。だが中に居る人間にとっては慣れたものなのか、誰も気にした様子が無い。ひょっとすると嗅ぎ過ぎて鼻が馬鹿になっているのだろうか?


「こちらです。どうぞ」


男の案内で上へと続く階段を登って行く。時折すれ違う研究者が何人か居たが、みな部外者が来ていると言うのに気にも留めず、資料片手にブツブツ言いながら通り過ぎるだけだった。どうやらここの人間は変人だらけらしい。今まで出会った事のない種類の人間に最初は戸惑っていたものの、次第に気にするのも面倒になったので、こちらも気にしないようにした。やがて俺達は建物の最上階にある一番奥の部屋の前に辿り着いた。そこは他の部屋と違って少し広いのか、両開きの扉になっている。


「どうぞ中へ! ここが我等サイエンティアの最先端技術を研究する実験室ですよ!」


男が誇らしげに宣言し勢いよく扉を開けると、部屋の中の様子を一望する事が出来た。毒々しい色の液体が入った謎のガラス瓶や何かの標本らしき動物の死骸、死体の様に床でいびきをかく研究員や、何かの資料が山積みになた机など、まさに混沌。ラビリントの街並みも酷かったが、この部屋の中も大概だ。だがそんな事はどうでもいい。この案内の男、今とんでもない事を言わなかったか?


「あの……最先端の実験室って聞こえたんですけど……」


恐る恐る問い質す俺に、男は胸を張って答える。


「その通り、ここは現在秘密裏に進められている新兵器、火の粉の実験室なのですよ!」


冗談かと思って他の研究員を観察してみたが、誰一人ニコリともしていない。それどころか全員渋い顔をしている。……おいおい、どうやら本当らしいぞ。最も秘密を守るべき立場の者が、外部の人間にベラベラ軍事機密を喋った事実に俺達全員は空いた口が塞がらなかった。


「おい! なぜここに部外者が入っている!」


突然背後から聞こえてきた怒鳴り声に慌てて振り向くと、そこには軍服を着こんだ険しい表情の男が立っていた。男の後ろには彼の部下と思われる兵士達が数人、武装したまま直立不動で立っている。男は俺達を一瞥し、さっき誇らしげに秘密をばらした男を睨みつける。


「ヴァイセ! これは一体どう言う事だ!?」
「これはトルエノ将軍、ようこそいらっしゃいました。今ちょうど研究に協力してくださる方々が街に到着したんで、案内していたところなんですよ」


悪びれもせずにそう言い切ったヴァイセにトルエノと呼ばれた男は血管が切れそうな程顔を赤くしている。やはりと言うか、予想通り。俺達部外者が入っちゃいけない施設だったらしい。


「案内していたじゃない! 全く、何度言えばわかるのか……! おいお前達! 悪いがしばらくこの施設を出す訳にはいかんからな!」


一方的に宣言した男がサッと腕を上げると、男の部下達が一斉にこちらに武器を向けてきた。やれやれ、一難去ってまた一難か。

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