とある魔族の成り上がり

小林誉

第65話 援軍

敵船はこちらよりも小さい。と言う事は、大きさから考えて一隻当たり十人も乗っていないだろう。ならここで最善の手はなんだろうか? 俺は瞬時に思考をまとめ、舵を持つライオネルに大声を上げた。


「ライオネルさん! 一番近くの敵船に向かってください!」
「どう言う事です!?」
「囲まれる前に各個撃破するんです! 有利に戦えるうちにこちらから仕掛けましょう!」
「な、なるほど! わかりました!」


こちらを包囲するために間隔を大きくとっていたのが幸いして、敵船はそれぞれ離れた位置に居る。上手くいけば三対一ではなく、一対一の戦いを三回繰り返すだけで済むかもしれない。ライオネルが舵をグルグルと勢いよく回すのに反応して、船は進路を大きく変える。浸水が進んでいるので速度が徐々に落ち込んでいたが、敵船がこちらを迎え撃つように突っ込んで来たので、それほど時間もかけずに二つの船は接触する事になった。


破れかぶれに突っ込まれてはかなわないと思ったのか、敵船は巧みな操船でこちらの船に横づけし、鉤爪のついたロープを投げ込んでくる。素早く乗り込もうと船のへりを飛び越えてくる男達の頭に、ラウの放った矢が立て続けに突き刺さる。瞬時に二人も倒され動揺する襲撃者達。その動揺を見逃さず、その真っただ中にこちらから乗り込んだハグリーとレザールの二人が突っ込んでいった。


「おらあああ!」
「これでもくらえ!」


相変わらず二人の戦い方は凄まじい。凄まじい腕力で斧と槍を力いっぱい振り回す様はまるで暴風だ。二人の大振りで隙を見せた敵にルナールとグルトが斬りかかった。ハグリー達が場をかき乱し、ルナール達がけん制して、俺とラウの遠距離攻撃で確実に仕留めていく。だが、もっと凄まじい戦いぶりを見せる強者が一人居た。シーリだ。彼女は半分に別れた敵集団目がけて単身で突っ込むと、腕を一振りさせてスキルで生み出した衝撃波を放って数人を昏倒させ、残った敵を剣であっと言う間に切り伏せてしまう。俺と戦った時は手加減でもしていたのか、その剣技は凄まじいの一言。彼女と相対した敵は、数合も持たずに血しぶきを上げながら物言わぬ骸と化していく。


「ケイオス様! 私の戦いぶりはいかがです!?」
「ああ……うん。凄いよ」
「……凄えな、あいつ」
「うむ。一対一で戦えば危ないかも知れん」


あまりの戦いぶりに俺は唖然とするばかりだ。ハグリーとレザールの二人もその戦い方に圧倒されている。敵船と接触してから五分と経たずに、襲撃者達は全員血の海に沈んだ。シーリと言う予想以上の強者の出現で、苦戦を覚悟していたのに無傷の勝利だ。この調子なら無事に生き残れる――そう確信したのも束の間、敵は俺達が思っても居ない行動を取り始めた。


あっと言う間に味方の船が制圧された事を知ると、直接やり合っては不利だと悟ったのか、一定の距離を保って火矢を放ちだしたのだ。矢が俺達に当たれば儲けもの。外れても船体に刺さればいずれ燃え上がり、船は航行できなくなる。船が無くなれば俺達の戦闘力など封じられたも同然で、体一つで湖に浮かぶ者を確実に射殺できると言う訳だ。こちらも俺とラウが飛び道具で応戦するが、数の違いはどうしようもないし、飛んで来る火矢を剣や槍で叩き落とすのにも限度がある。捌ききれなくなった火矢が突き刺さった個所から徐々に火の勢いが強くなり、やがて俺達の船の甲板は炎に飲まれてしまった。


「マズいわよこれ! みんな乗り移って!」
「怪我人を見捨てるな! 全員で生き残るんだ!」


ルナール達敵船に乗り込んだ面子が早く避難するように残った船員達に呼び掛ける。その間にも断続的に火矢は放たれ、俺とラウは迎撃するのに精いっぱいだ。なんとか敵船に乗り移ったところで事態は大して好転せず、敵はさっきと同じ攻撃を続けてくる。このままではこの船も沈む――誰もが最悪の事態を思い描いた時、突如敵船が動きを乱した。


「なんだ!?」
「あそこ!」


グルトの指さす方向から複数の船が近づいて来る。普通の船とは明らかに違う形状、船の両側からはいくつもの大きな櫂が突き出され、水面を激しく叩いていた。逆風だと言うのにグングンと近づいて来る所から見て、あれはガレー船と言う奴だろうか? 確か人力で櫂を動かして、風のある無しに関わらず動く事の出来る船だったはず。あんな船を使う個人や商会があるとも思えないので、まず間違いなく軍船と考えていいだろう。


「リーシュ達が連れてきた援軍か!?」
「わからんが……そうとしか考えられんな」


燃え上がる船と、それを囲む様な動きを見せながら火矢を放つ謎の船。その二つを見れば、誰でもどちらが無法者であるか理解できる。慌てて離れていく襲撃者達の船を追って数隻のガレー船が俺達の乗る船の横を通り過ぎて行った。そして最後尾を航行していたガレー船が俺達の船の真横に止まり、その船べりから見慣れた顔が姿を現した。


「無事かケイオス!」
「リーシュ! やはりお前だったか!」


やはり先にリーシュ達を逃がしておいたのは正解だった。ギリギリ、首の皮一枚で全滅を免れる事が出来たな。乗り移るために降ろされた梯子を見ながら、俺は命が助かった事に安堵していた。

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