とある魔族の成り上がり

小林誉

第58話 尾行

借り物の装備を身に着け、次に俺達が向かったのはグルトが目にしたという闘鶏場だ。食用でもある鶏を品種改良し、気性が荒く闘争心に溢れた鶏を繁殖させ、互いに戦わせる事でどっちが勝つかを賭ける遊びだ。この大陸ではどこにでもある賭け事であり、人族領や魔族領問わず普及している。それはこの湖に浮かぶレイク・ヴィクトリア号でも同じのようだ。


無一文でただ眺めるだけでは楽しむどころではないので、俺は各自に銀貨一枚だけ預けて自由に使わせる事にした。儲けた分は自分の小遣いにして良いが、無くしたらそれまでだ。俺から小遣いを貰った奴等が早速胴元の下へ掛け金を支払いに走って行く。そんな俺とイクスの側に残ったのは、リーシュとラウの二人だけだった。


「イクスさんは賭けないんですか? お金なら俺が出しますけど」
「ううん、いいの。賭け事には興味ないし。皆が賭けるのを見てるだけで十分よ。それに、博打は胴元が儲かる仕組みになってるしね」
「確かにな。それに気がつかんあいつ等はいいカモと言う訳だ」


イクスとリーシュはなかなか堅実な性格をしているようだ。俺も彼女達同様あまり博打に興味はない。儲けられる魅力よりも手元の資金が目減りするのが嫌なだけなのだが……。賭けに参加した奴等はそれぞれの性格がよくわかる賭け方をしていた。ハグリーは最初に銀貨一枚分を全て賭けて全財産摩り、レザールは三回に分けて少しだけ増やして終了。ルナールは細かく何回も賭けて収支が微増。グルトはハグリーと同じような賭け方をしていたのに資金を三倍ほどに増やしていた。


「さて、もう十分遊んだだろ? そろそろ昼飯にしようぜ」
「もう少し元手があれば儲かったのに……おいグルト、ちょっと俺に貸してくれないか? 倍にして返すから」
「やだよ! 絶対返って来ないだろ!」


博打にハマって破滅する人間が、必ずと言っていいほど口にするセリフを吐くハグリーの申し出はあっさりとグルトに却下されていた。賭けに参加せず見ているだけの俺達も、鶏同士が戦う様子を眺めていたので退屈する事は無く、むしろ金を失う緊張感を感じ無い分ハグリー達より楽しめたかもしれない。


その後は大通りへと移動し、全員で昼食だ。午前中だけという約束で出てきているので、昼飯には少し早い時間帯だったが遅れて帰って船員達と揉めるのも避けたい。いくつか並ぶ飲食店には全て魚の看板がかかっており、どの店も魚料理が主なメニューなのだと入らなくてもわかる。どれを選んでも大差ないので適当に選んだ店に入ると、まだ早い時間の為か客足はまばらだった。奥に並んでいた三つあるテーブルに別れて座り、注文を取りに来た店員にオススメを人数分注文すると、それほど時間もかからず店の奥から料理が運ばれてきた。


「これ……生だぞ」
「生ね……」
「生の魚なんか食べて大丈夫なのか?」


出てきた皿の上には、明らかに生の魚の切り身と思われる食べ物が綺麗に盛り付けられていた。山奥育ちの俺が見るのも聞くのも初めてなのは当然だが、リーシュやイクスも似たようなものらしい。特に気にせずいきなり口に運ぶハグリーやレザール、そして喜々として食べているルナールなどが変わっていると思いたい。


「……! これ、意外といけるぞ」
「本当だ。まさか生魚がこれほどの美味とは……」
「食べて見るものね。なんだかハマりそうだわ」


勇気を出して口に運んでみると思ったより美味かった。というか、今まで食べてた食い物より明らかに美味い。黒くて変わった味のソースにつけると更に味わい深い物になったのが驚きだった。


「いや~、美味かったな!」
「珍しいものが食べられてよかったわ! みんなもいい気分転換になったみたいだし」


イクスの言うように、ラウを除いて全員宿を出た時よりいい表情をしている。ライオネルの狙い通りになったようだ。後はこれで敵の襲撃がなければ最高なんだが、さっきから後をつけている気配がある事に俺を含む何人かが気づいていた。


「ケイオス」
「わかってる。後ろを振り向くなよ。何人居るかわかるか?」


短く発したリーシュの声には若干の緊張が含まれていた。俺はあくまでも世間話を楽しんでいる様に笑顔を浮かべつつ、さりげなく周囲を探る。すると、露店の影から少しだけ体をのぞかせている人影を見つける事が出来た。


「多くても五人程度だな。殺気が感じられないのでただの見張りだろう」
「同感だ。既に俺達の宿はバレてると思った方が良いな。下手に撒こうとしたら襲撃される危険があるし、このまま人通りの多い道を通って宿に戻ろう」


そう言って、俺達はイクスを中心に輪を狭める。飛び道具で狙われる危険もあるので、念のためだ。


「……連中、仕掛けてくると思うか?」
「わからん――が、その可能性は低いと思うぞ。やるなら闘鶏場でやってるだろう」


俺達が警戒している事を察したのか、しばらくすると尾行する気配は消えた。宿に戻って一息つくと、ちょうど二階から降りてきたライオネル達と鉢合わせする形になったので、一応今の気配の事を報告しておく。


「やはりこの船の中にも敵の手が紛れていましたか。こちらも何か手を打った方がよさそうですね」


難しい顔をして考え込むライオネルは、そのまま船員達と共に宿を後にした。何をする気かは知らないが、俺達は宿に居る限り安全だ。ややこしい事はライオネル達に任せるとして、もうしばらくの間休みを満喫させてもらうとしよう。

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