とある魔族の成り上がり

小林誉

第52話 船上

前回の襲撃と違い、乗り込んで来た男達は顔を隠す事無くこちらに向かって来る。絶対勝てると言う自信の表れなのか、それとも捕まっても身元を調べられる事は無いと確信しているのか、理由はわからない。一つ確かなのは、相手は俺達を殺すつもりだと言う事だ。


襲撃者達は全員動きやすそうな皮鎧か、体の一部だけを守る鉄製の胸当てなどを身に着けている。動きやすさを優先したのだろう。槍の類は持っておらず、皆手に持っているのは長剣か短剣の類だ。


俺達の中で一番足の速い獣人のルナールが腰に差した短剣を引き抜き、一番先頭にいた敵に向けて斬りつける。素早くそれを躱した男の横合いから別の男がルナール目がけて剣が突き出したが、それを走り込んだグルトの剣が跳ね除けた。それを皮切りに船上の至る所で斬り合いが始まった。


人数的にはこちらの方が少し多いものの、味方で荒事を専門にしているのは俺達賞金稼ぎだけなので、戦力的には敵の方が上だろう。現に彼等と切り結んでいる船員達は劣勢に立たされているし、この短時間で何人かが負傷して倒れ込んでいた。


「おらあああ!」


そんな中、目立った働きをしているのがハグリーとレザールだ。ハグリーはその圧倒的な腕力で、レザールは尻尾も使った奇抜な戦い方で確実に敵を追い詰め、一人、また一人と確実に仕留めていく。手練れ相手だというのに大したものだ。乱戦のさなか、船室へと繋がるドアに駆け寄る敵の一人を目撃した俺は慌てて後を追う。奴の狙いは間違いなくイクスだろう。彼女を連れ去るか、最悪殺す事が出来ればラビリントの新兵器開発はとん挫する為、甲板で戦いが行われている最中に目的を遂げるつもりなのだ。


「ファウダーさん! イクス殿を頼む!」
「任せてください!」


敵と鍔迫り合うライオネルの声を背中に浴びながら、俺は船内に消えた敵の後を追った。初めて乗り込む船だと言うのに、男は迷うことなく最下層を目指している。確かにこの船の一番下にはイクス専用の部屋が用意されていたが、なぜわかる? この動きは事前に情報を得ていたとしか思えない。イグレシア商会に内通者が居るのだろうか?。


男の動きはかなり早く、まるで軽業師のように身軽だ。男の時ならいざ知らず、女に変化して筋力の落ちている今の体では、ついていくだけで精一杯だった。しかし男の目的地――イクスの部屋の前に辿り着いた男の動きが止まっている。それもそのはず。イクスの部屋は外だけでなく中からも鍵がかかる造りになっていたからだ。彼女の部屋のドアは分厚い作りになっており、斧や槌を叩きつけてもそう簡単には壊れない造りだ。ドアその物の破壊を諦めて外側の鍵を素早く破壊した男だったが内側の鍵はどうする事も出来ず、その間追いついてきた俺の気配を感じたのか、剣を構えて振り向いた。迎撃を優先させることにしたらしい。


殺気を放ちながら、さっきと同じ勢いで狭い素早くこちらに向かって走り寄る男に対して、俺は通路いっぱいに拡散させた氷の矢を放った。いつも放っている大きさに比べれば槍とフォークぐらい大きさに差はあったものの、その数の多さは男の動きを止めるのに十分だった。


「ぐああっ!」


無数に降りそそぐ氷の槍に対して狭い通路では逃げ場などある筈もなく、男は咄嗟に頭を庇ってその場に倒れ込んだ。全身で攻撃を受けるよりマシだと思ったのだろうが、全身の肉を細かく抉られて苦痛の呻きを上げている。軽装が仇になったと言う訳だ。そんな隙だらけの状態を見逃してやるほど俺も甘くない。男が立ちあがる隙を与えず渾身の力を籠めて繰り出された槍は、狙い違わず立ち上がりかけた男の胸板を貫いた。


「がはっ!」


男の身のこなしから予想できたが、正面から戦えば恐らく俺に勝ち目は無かったろう。しかしいくら腕利きでも、この狭い通路と俺のスキルの合わせ技にはなす術もなかったと言う訳だ。


「ちょっと! 何がどうなってるの!? 誰かそこに居るの!?」


突然ドアの鍵を破壊された事でイクスは混乱しているのか取り乱し気味だ。音や振動で襲撃されている事ぐらい予想はついても、のぞき窓もないせいか、こっちの状況はまるでわからないからな。


「イクスさんはそのままそこに居て! 俺達の誰かが戻って来るまで、絶対にドアを開けないように!」
「その声はファウダーね。わかった! 絶対開けないから!」


ひとまず船内に潜入した敵は排除した。急いで戻って加勢して、甲板上に居る残りの敵も排除するとしよう。

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