とある魔族の成り上がり

小林誉

第48話 イクス

牢の中に足を踏み入れると、そこには俺が全く想像もしていないものがあった。女だ。一人の女が豪華な調度品に囲まれた牢の中で、椅子に腰かけている。それもただの女ではない。人族と同じ肌色に緑色の瞳――俺と同じハーフだ。ハーフと言うのは大抵迫害されているので、成長する前に命を落とす者が多いため、ハーフ同士が顔を合わせる事は滅多に無い。初めて出会った同族の女の存在に驚いている俺と同様に、女も俺を見て驚いていた。


「窮屈な思いをさせて申し訳ないイクス殿。ようやく迎えが来ましたよ」
「……結構かかりましたね。やっとここから出られる訳ですか」


コーヴの言葉にハッとした女は、笑みを浮かべながら返答している。今の口ぶり、どう言う事だ? ひょっとして研究素材ってのはこの女に関連する事なのか? 気になって意識を集中させて女を見たところ、女からはスキル持ちの反応が現れていた。素材と言うなら人体実験でもするのかと思ったが、そんな対象にわざわざこんな豪華な部屋は用意しないだろう。外の見張りや分厚い扉で逃げ出さないようにはしているが、調度品の山を見る限り、出来る限り配慮しようとしているのはわかる。て事は、外の強面は監視兼護衛だろうな。


「あの、話が見えないんですが」


訳がわからないまま放置されてはたまらないので疑問を口にすると、ライオネルが申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「すみませんファウダーさん。彼女が我々がラビリントまで運ぶ研究素材、イクス殿ですよ。なるべく情報を漏らしたくなかったので、こんなギリギリになってしまいました。申し訳ない」


この女が護衛対象? て事は、ついてきた船員達も運び役と言うより護衛目的で連れてきたんだろう。――いやまて、この女が本命だとすると、俺達が囮を務めるって話はどうなったんだ?


「それは良いんですが、我々は囮じゃなかったんですか?」
「裏の裏をかく……というやつです。一番目立って手薄な我々が実は本命なんですよ。他の運び役はそれっぽい物を馬車に積み込んで、今頃どこかを走っているでしょう。そのために色んな欺瞞情報を流しています。荷は本であるとか、動物であるとか、はたまた食材、鉱石、いくつもです。それらに目を向けさせてから、一番機動力のある我々が船で湖を突っ切り、最短でラビリントまで辿り着く予定になっていました」


なるほどね。護衛役にまで情報を伏せているとは徹底してるな。こっちとしては動かない荷物より、自分の意思で逃げ隠れしてくれる人間の方が助かるし、仕事の内容自体は変わらないので文句も無い。守れと言われたら物でも人でも守ってみせるさ。だが一つ気になる点がある。なぜ、そこまでしてこの女を守る必要があるのかだ。


「話せないなら無理に聞き出すつもりは無いんですが、彼女が襲われる理由って何です?」


俺の当然の疑問にライオネルとコーヴが顔を見合わせて黙り込んだ。やはり口止めされているのだろうか? こりゃ聞き出すのは無理かなと思った時、当のイクスが口を開いた。


「私が狙われるのは、私の持つスキルに理由があるのよ」
「イクス殿! それは……!」
「良いでしょ別に。それに、身を守ってもらうんだもの。ある程度の信頼関係は必要だと思うけど?」


イクスの言葉に彼女を制止しかけたライオネル達が黙り込む。こんな部屋に閉じ込められているものの、どうやら立場的には彼女の方が上らしい。


「話を続けるわね。私の持つスキルは『生成 白』って言うんだけど、自分の周囲の何もない空間から白い石を生み出す事が出来るのよ。それをある物と混ぜ合わせると、とんでもない武器が出来上がるらしくてね。なんでも、初めて実験した時に実験施設が吹き飛んだらしいわ」
「施設が吹き飛ぶって……どんな武器か想像もつかないな」
「私も直に見た事無いからわからないんだけど、これだけ人と金が動くって事は、相当なものなんでしょうね」


確かにな。戦闘用のスキルを持つ者なら、ひょっとするとそれ以上の攻撃力を持っている奴も居るかも知れない。しかしここで重要なのは、材料さえ揃っていれば、誰にでもスキルと同等かそれ以上の攻撃手段が確保できるようになると言う点だ。建物を吹き飛ばすような武器を末端の兵士までが揃えた軍隊――それは他国にとって脅威でしかない。


「……初めて事態の深刻さが理解出来ましたよ。確かにそんな武器を量産されればサイエンティアが大陸の覇者になるのも夢じゃない」
「ファウダーさんが察しの良い方で助かります。彼女を無事に送り届ければ、依頼達成後我々イグレシア商会とドゥーリン商会にはサイエンティアから莫大な報酬を受ける事ができ、イクス殿もラビリントで何不自由ない生活が保障されているのです。あなた方の責任は重大ですよ。ファウダーさん」


冗談めかしてはいるが、ライオネルの目は少しも笑っていない。失敗すればどうなるかわかっているんだろうなと言わんばかりだ。


「理解しているつもりですよ」


ここまで話を聞いて途中で降りると言おうものなら、今度は俺達が両商会から命を狙われかねないからな。せいぜい気合を入れるとしよう。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品