とある魔族の成り上がり

小林誉

第47話 研究素材

中継地点である国家『エスクード』にある港、カーベルデ港に到着したのは出発してから一週間が経った頃だった。船上での生活にも慣れ、退屈していた俺達一行は、陸に上がるなり一斉に背伸びをし始める。やはり大地が揺れないのは素晴らしい。四六時中足元がグラついてると平衡感覚が狂いそうだったからな。未だに揺れてるような錯覚もするが、それもじきに収まるだろう。ここから俺達は半数に別れて、それぞれが船とライオネルの護衛を務める予定だ。


俺達と違って船旅に生れた船員達は元気な物で、さっそく次の航海の為に船へ補給物資を積み込む作業を開始している。そんな中、いつもと変わらない格好のライオネルは腰に一本の短剣を差し、軽い足取りで待機していた俺達の下に近寄って来た。彼の後ろには研究素材を運ぶためだと思われる船員が付き従っている。


「お待たせして申し訳ない。では行きましょうか」


ライオネルに同行するのは彼の部下である船員が四人と、俺、ハグリー、グルト、ラウの四名だ。リーシュも連れていきたかったが、街中の入り組んだ場所では彼女の機動力が活かせないので、今回は留守番をしてもらう事にした。


この面子では新入りである人族のグルトとエルフのラウだが、グルトの方は特に反反抗的でもないので時間さえかければ打ち解けられると思う。だが問題はエルフの女、ラウの方だ。彼女はまだ自分の境遇に納得していないのか、旅の間中常に反抗的な態度で俺に接していた。今も俺の少し後ろを歩きながら、憎々し気に俺を睨んでいるのだ。いい加減鬱陶しくなってきたな。


「おいラウ。俺が気に入らないならそれでもいいが、足を引っ張りやがったらタダじゃ済まさないからな。その辺頭に入れとけ」
「……うるさいわね。話しかけないでよ」


いざ戦いが始まって邪魔をされたらたまったものじゃないから一応釘を刺しておいたが、相変わらずだ。ライオネルはそんな俺達を横目でチラリと見て、すぐ正面に視線を戻す。特に口を挟む気は無いのだろう。依頼に関係しない事には我関せずってところか。こっちとしてもその方が助かる。そんな俺とラウのやり取り以来誰も喋らなくなったので、しばらく無言で歩き続ける事になった。そして三十分ほど歩き、辿り着いたのは大きな商館だ。


「ここが素材を受け取る予定のドゥーリン商会です。もう先方には話が通っているはずなので、私の後について来て下さい」


そう言うと、ライオネルは周りの人間に忙しく指示を出している商会の番頭らしき人物に話しかけた。声をかけられた男は一瞬驚いた顔をした後、笑顔でライオネルに駆け寄る。どうやら彼等は顔見知りらしく、肩を叩きながら再会を喜んでいた。


「久しぶりだなライオネル! 元気そうで何よりだ」
「お前こそなコーヴ。まだしぶとく生きてて安心したぞ。久しぶりに再会したんで酒でも飲みたいところだが、まずお互いにやるべき事をやろうじゃないか」
「その通りだな。時は金なりだ。お前さん達が何の目的でここに来たかもわかっている。さっそく例の物まで案内しよう。ついて来てくれ」


どうやら研究素材とやらはここまで持って来てくれる訳ではないようだ。取りに行くのは面倒な気もするが、商人らしく責任の所在を明確にしておきたいのかも知れない。荷さえ受け渡せば、例え誰に奪われようがドゥーリン商会に責はなく、イグレシア商会――ライオネルの責任になるのだろう。


ドゥーリン商会の商館はイグレシア商会と造りが似ている。しかし、地下に降りた途端雰囲気がガラリと変わった。炭鉱でも無いので石造りなのは当然だと思うが、鉄格子に閉ざされたいくつもの檻が並んでいるのだ。


「まるで牢獄だな……」
「昔の名残ですよ。我が商会がこの土地を購入した時、ここの上には監獄が建っていたのです。地上部分は取り壊して商館を建て直しましたが、地下の牢獄は金庫代わりに使えると言う事で、そのまま使っているんです」


俺の小さなつぶやきに先頭を歩くコーヴが答えてくれた。なるほど、もと牢獄なら保管しておきたい物を置いておくには持って来いだろう。部外者が商館の中に入る事は困難な上に、牢屋の前に見張りでもつけておけば、ちょっとやそっとじゃ盗み出せはしない。


そんな牢獄の林の中を歩いて行くと、一つだけ特別に頑丈そうな扉の前に、三人の見張りが立っているのが見えてきた。全員屈強な体つきをしていて、一目で堅気じゃないとわかる。その鋭い眼光は荒事を生業にしている人間のものだ。そんな強面の男達はコーヴを目にした途端背筋を伸ばす。


「ご苦労さん。異常は無いか?」
「コーヴ様。はい。なにも問題ありません。ネズミ一匹見落としていませんよ」
「それはよかった。その中の物を引き取りに客人がやって来たんでな。開けてもらえるか?」
「わかりました。一応規則ですので、コーヴ様の身分証を確認させていただきます」


真面目な事だ。コーヴの方も文句も言わずに身分証を差し出して、彼等の気の済むようにやらせている。これぐらい厳重にするって事は、改めてこれがヤバい代物なのだと認識するな。


「確認しました。では中にどうぞ」


男達の内の一人が扉についている四つある鍵を順番に開けていく。そして重たい扉が軋みを上げながら開かれて行くと、中から少しヒンヤリした空気が流れてきた。


「では入りましょうか」


コーヴの後にライオネルが続き、その後から俺達が牢の中に足を踏み入れた。さあ、いよいよご対面だ。

「とある魔族の成り上がり」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く