とある魔族の成り上がり

小林誉

第46話 囮

「ファウダーさんは……他の賞金稼ぎ達が依頼を断った事はご存じなんですか?」
「……ええ、まあ。理由までは知りませんが」
「なるほど、通りで……」


俺の返答を聞いたライオネルは、さっきまでの厳しい雰囲気が影を潜め、どこか哀れみさえ感じさせる表情になっていた。その落差に思わず不安になってしまう。


「あの、何か理由があるなら教えてもらえますか?」
「そうですね……何も知らないままじゃ流石に可哀想だ」


自分のカップを手に持ったライオネルが、まだ熱いお茶を少し口に含んで喉を潤し、静かに語り始めた。


「簡単に言うと……我々は囮なのです」
「囮?」
「ええ。最初から説明します。実は我が商会では――」


ライオネルの説明によると、依頼にあった護衛と言う部分に間違いはないそうだ。しかしその実態は大きく違う。船は一旦北上してエスクードに停泊して研究素材を積み込むと聞かされているのだが、この研究素材と言うのが厄介な代物らしい。


この船の最終目的である都市ラビリントでは現在新型の大量破壊兵器を開発中であり、今回運ぶ研究素材と言うのがその開発に不可欠な代物だというのだ。もしそれが完成すれば各国のパワーバランスは大きく崩れ、学術国家サイエンティアの戦力は飛躍的に増大する。当然他の国がそれを黙って見ている訳がなく、兵器の情報を掴んだ各国の密偵が、素材の奪取か破壊を目論んでいるらしいのだ。


「――当然こちらもそれは理解していますので、実際に荷を運ぶ者を複数に分けて敵の目をくらませる手はずになっています。中でもこの船は一番速度も速く目立つので、襲撃を受ける可能性が最も高いはずです」
「……つまり、我々は各国の腕利きに付け狙われると言う事ですか?」
「簡単に言うとそうなります。だから商会としても大事な商会員でなく、いくらでも替えが効く――っと、失礼。あなた達賞金稼ぎを雇ったという理由です」


話しを聞き終わり、俺は思わず天を仰いでしまった。何か裏があるとは思っていたが、まさかそんなヤバい話だったとは……。こんな大きな商船を囮に使ってまでやろうとするのだから、成功すればイグレシア商会には莫大な金が転がり込むに違いない。羨ましい話だが、今重要なのは俺達の事だ。


それだけの金が動くとなれば、襲撃してくる輩もかなりの腕利きが揃っているだろう。人通りの多い街中ならともかく、ここは周りに誰も居ない湖の上だ。やろうと思えばいくらでも襲撃出来てしまう。


「……依頼を断った他の賞金稼ぎ達は、どこからその情報を?」
「ある程度の噂は我々自身が流しました。密偵の耳に入れる必要もありましたし、勘の良い者ならそれだけの情報で依頼の内容を推測する事も可能でしょう」


つまり俺達は目の前の餌にほいほい飛びついた間抜けだったって訳だ。頭にくるが目の前のライオネルに文句を言っても仕方ない。この船に乗っている中で一番危険な立場に立たされているのは間違いなく船長である彼だし、依頼を放棄した場合俺達は陸に上がりさえすれば最悪罰金を払うだけで済みそうだが、彼の場合は逃げ場がないのだ。


「事情は理解しました。……正直そんな大事だとは思っていませんでしたよ。知ってれば最初から断っていたのに」
「心中お察しします」


しかし、セイスもシードもそんな兵器の事は少しも話していなかったな。まるで情報を掴んでいなかったのか? それとも金でも握らされていたんだろうか? いろいろと気になる点は多いものの、もう仕事も受けているし、船の上に居る以上は仕事を全うするしかない。ため息をつく俺を気の毒そうに見ていたライオネルは、慰めるように言葉を続ける。


「まあ、襲撃があるとしたら積荷を積んだ後になります。それまではゆっくりと船旅を楽しんでください」


そう言って、話は終わりだとばかりに席を立つライオネル。船長室を後にして船室に戻った俺は、怪訝そうに見て来るリーチとラウを無視すると、そのまま狭いベッドの上に身を投げ出した。全身の力を抜いて深く息を吐き、今後の事を考える。


ライオネルの話はどこまでが本当だろうか? 俺達が襲撃されるのは確実なようだが、囮は他で本命が一番手薄で目立つこちらだと言う事も考えられる。もちろんその逆もだ。情報が錯綜しているため襲撃者の数は減るだろうが、はたして連携もろくにとれない寄せ集めの俺達が生き残る事が出来るだろうか? 最悪の場合、何人か死ぬ事も考慮に入れないといけないなと考えつつ、俺は眠気に任せて意識を手放した。

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