とある魔族の成り上がり

小林誉

第44話 金貨の一欠片号

フロッシュの後に続いて歩き、行き着いた先は多くの船が停泊する港だった。そこには商船だけでなく、軍船や漁船と思われる様々な船が軒を連ねていて、それらの船の乗組員達でごった返している。


「我々の船はあれです」


そんな中フロッシュの指さす方向を見てみれば、停泊している他の商船に比べて、明らかに一回りは大きい商船が停泊していた。帆の数は三つ。船体の高さは見上げる程で、船の全長は四、五十メートルはあるだろうか。船首と船尾が大きく盛り上がった形は、俺のように船に詳しくない者からすれば少し奇異に見える。商船の為か武装の類は一切見当たらない。なるほど、流石は各国に支店を持つ大商会の船だと納得できる威容だ。


フロッシュは感嘆のため息をつく俺達を流し見て満足そうに頷いた後、でっぷりとした体をゆさゆさと揺らしながら船に近づき、そこで船員達に指示を出している一人の男に話しかけた。


「精が出るなライオネル」
「フロッシュ様! なぜここに……あぁ、例の護衛が集まったのですね?」
「その通りだ。彼等がお前と行動を共にする賞金稼ぎの方々だ」


ライオネルと呼ばれた男は、商人と言うより船乗りと言った方がしっくりくる外見だった。日に焼けた褐色の肌に引き締まった体。黒い目と白髪が特徴の、目つきの鋭い男だ。彼は荷運びする人夫同様、まだ冬だというのに薄い肌着を一枚着ただけの姿なのに汗をかいている。


「初めまして皆さん。俺の名はライオネル。このイグレシア商会ディマンシュ支店が誇る商船『金貨の一欠片』号の船長でもあり、交易路を管理する責任者でもあります。長い船旅になりますが、仲良くやっていきましょう」


ライオネルは、その厳つい外見と相反する親し気な態度で俺達に挨拶をよこした。無言で頭を下げるだけの俺達の態度を気にした様子もなく、フロッシュとの会話を再開する。


「フロッシュ様、現在出航の準備は八割がた終わっています。後三時間もすれば荷も積み終わるので出航できるでしょう」
「なるほど。ではファウダーさん、特に用事が無ければこのまま船内で待機と言う事でも構わないかな? こちらも時間が惜しいのでね。船は停泊させているより動かした方が金になる」
「こちらとしては問題ありません。今からでも乗船可能です」


もとよりそのつもりだ。今から街に戻るのも面倒だし、余計な暇つぶしをする必要が無いだけマシと思うべきだろう。こちらの了承を得たフロッシュは、顎についた贅肉を細かく揺らしながら何度も頷く。


「ではライオネル。早速皆さんを船内に案内すると良い。積み込みが完了次第出発してくれ」
「承知しました。では皆さん、私について来てください。我が商会の誇る豪華客船の内部にご招待しよう」


芝居がかった大袈裟な仕草で一礼をしたライオネルがニヤリと笑い、俺達に手招きをして桟橋を渡り始めたので後に続く。船内の通路は外見から想像できない程狭く、人がすれ違うのがやっとと言った感じだ。恐らく居住スペースを犠牲にしてでも、荷を積むための設計なのだろう。初めて船に乗る俺からしたらこんなものかと思うが、これでも他の船より随分と広いんだろうな。船体全てが木造で出来ているため、歩くたびに床が軋みを上げている。随分と年季の入った船のようだ。


「さあ到着だ。ここが皆さんがしばらくの間寝泊まりする部屋だよ」


階段を降りて通路の一番先に行き当たった部屋の扉をライオネルが開け放つ。てっきり個室が用意されているのかと思っていたのだが、そこには大部屋が一つあるだけだった。この人数で寝泊まりするのは少々手狭なものの、野宿に比べれば随分マシだろう。


「みなさんの仕事は研究素材の護衛なんだが、航海の間は順番で甲板での見張りも頼みたい。そして陸に上がった時は半分に別れて、研究素材を迎え入れるために船の護衛をする事と、私に同行して研究素材を受け取りに行く事だ。食事は一日二回、回数は少ないが量は多めなので我慢してもらいたい。なるべく水を節約しなきゃならんからな」
「承知しました。こちらも準備をしておきます」
「頼む。出向前にまた呼びに来るから、その時から見張りを始めてくれ」


当初の予定にない船の護衛を押し付けられたが、それぐらいは言われなくてもやるつもりだった。自分達や研究素材を守るためには当然のように襲撃者達から船を守らなければいけないし、タダ飯食べてライオネル初め船員達に恨まれたくもない。仕事の続きがあるらしいライオネルがいそいそと姿を消した後、俺達は文字通り肩の荷を下ろす。


「初めての船旅か……少し楽しみだな」


知識として知っていた船での旅に、俺は少し心が躍っているのを自覚していた。

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