とある魔族の成り上がり

小林誉

第36話 森を後に

俺の指示を受けてそれぞれがバタバタと動き始めた。シオン達は天幕を片付けてこの場から去る準備に入り、俺達三人とシードは街に引き返す。各々の背中にはシオン達から分けてもらった食料や水の入った麻袋が背負われていた。行きは馬車で移動できたので楽だったが帰りは歩きになることが確実なため、食料は必須だろう。


ハグリーを先頭に、リーシュ、シード、俺と言った順番で森の中を街に向かって戻って行く。朝日が差して来た森の中は静謐な空気に満たされていて、歩くだけでも気分がいい。


「それにしても……色々あり過ぎてちょっと頭が混乱してるんだよな」
「全くだな。しかもケイオスは性別まで変わっているし、最初見た時は誰だかわからなかったぞ」


先頭を行くハグリーがぼやくように口を開く。後ろに続くリーシュも同様だ。特にハグリーは今の俺の姿が気になるのか、背後に居る俺の方をチラチラと盗み見ている。


「ハグリー、さっきから何なんだよ。何か言いたい事でもあるのか?」
「いや、別に文句とじゃなくてだな……何と言うか、今のケイオスは俺好みの女だから」
『!』


少し顔を赤らめながら言うハグリーの言葉に彼以外全員が絶句する。自分で言うのもなんだが、確かに見てくれは悪くないと思う。そこそこボリュームのある胸とくびれた腰、背中にかかるぐらいの髪は姿が変わったおかげなのかサラサラだ。絶世の美女とまでは言わないものの十分美人の範疇に入る容姿だろう。しかし体が変化したからと言って性的趣向が変わった訳ではない。俺に男色の趣味は無いのだから。


「……何を言ってるんだお前は。姿は変化しても中身は変わってないんだぞ。気持ち悪い事言うなよ」
「いや、まあ……それは自分でもわかってるけどさ」
「それにリーシュの方が美人だろう。俺と違って生まれた時から女だ。普通はそっちに興味を持たないか?」


ハグリーがリーシュに視線を向けると、彼女は少し警戒するように後ずさる。リーシュは俺が買った時から男に対して警戒感が強かったからな。これだけの美人だし、声をかけられたのも一度や二度ではないはずだ。それに昨日同行した賞金稼ぎにも粉をかけられていた。そのモテっぷりは羨ましいぐらいだ。だがハグリーはそんなリーシュを上から下まで観察した後、盛大にため息をついた後首を左右に振った。


「リーシュは駄目だ。美人だけどがさつだから、男と話している気分になっちまう。」
「なっ!? 失礼な事を言うな! この筋肉ダルマが!」
「まあまあ二人とも! そのへんで止めておこう」


激高したリーシュがハグリーに詰め寄り危うく取っ組み合いになりそうになりそうなのを止めたのは、意外な事に仲間になったばかりのシードだった。自分の立ち位置を手探りで探っている状態なのに、少しも気後れする事無く気の強い二人の間に入るなんて、流石に賞金稼ぎ達をまとめていただけの事はある。


「それよりシード。マシェンド同盟に参加している自治都市の中で、セイス以外にお前が繋ぎを取れる奴は居るか?」


おかしな空気になりかけたのを強引に元に戻す様に俺はシードに問いかける。セイスはこの後の面会で直接顔を合わせるから問題ないが、他の議員と顔を合わせる機会があるなら、是非支配のスキルを試してみたい。上手くいけば自治都市の大半が俺の言いなりに出来るはずだ。


「残念ながら、私はただの護衛だったのでそんな力はありません。セイス殿ならそれも可能でしょうが……」


やはり世の中そんなに上手くはいかないか。セイスを支配できれば他の議員と顔を合わせる事自体は難しくないだろうけど、失敗すれば自分で何とかするしかない。それに問題はまだある。今のところ将来会えるかどうかわからない議員達よりこっちの方が重要だったりする。


「俺がセイスに会うのに適当な理由をでっち上げないと駄目だな。それに組合に対する誤魔化しも必要だ」


俺の言葉に他の三人が首をかしげる。だが察しの良いシードとリーシュはすぐにその理由に思い至ったようだ。


「確かに今のケイオス様を見て、依頼を受けた同一人物とは思えないでしょうな」
「組合の誤魔化しはさらに難しいぞ。組合が発行した身分証には似顔絵が書かれてているんだから」


二人の言う通り、このままでは報酬の受け取りどころではなくなる。のこのことセイスの下に顔を出せばお前は誰だと言う話になるし、報酬の請求でもしようものなら衛兵に捕まって豚箱行きになるかもしれん。


「……なら、とりあえず現地で出会った協力者と言う事にしておきましょう。協力者――ケイオス様の事ですが。協力者のおかげで多数の犠牲を出しながらも我々は敵の指揮官に手傷を負わせ、魔族達を撤退させる事に成功した。そしてリーシュ殿とハグリー殿の主人であるケイオス様は生死不明。主の居なくなった二人の身柄はとりあえず私が預かる事になった……と言ったところでどうでしょうか?」
「ふむ……」


筋書きとしては悪くない。俺の扱いを生死不明にしておけば、男に戻った時賞金稼ぎとして動けるようになる。


「セイス殿は何とかして私が誤魔化しますから、安心してください」
「ああ、頼りにしている」


言われてすぐにある程度の筋書きを思いついたシードに感心する。やはり使える男だ。この男に任せておけば何とかなりそうだ。



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