とある魔族の成り上がり

小林誉

第24話 獣人

街に戻った俺達は依頼の経緯を話すために賞金稼ぎ組合へと出かけると、アウルムに書いてもらった手紙を見せつつ職員に事情を話した。依頼人が報酬を用意していなかったとは言え、こちらから依頼を放棄した形になるので、何らかの罰があるのかと身構えていたがそんな事はなく、手続きは淡々と終了し俺達はあっさりと解放された。


「拍子抜けだな」
「そうだな。もっと突っ込まれるかと思ったが」


職員は特に根掘り葉掘り聞く事も無くさっさと仕事を終わらせたので、俺達の様に仕事を放棄する者は結構いるのかも知れないな。


いつもならこのまま掲示板に足を運んで次の依頼を探すのだが、今回は別に行く所がある。以前俺がリーシュを買った時と同じように奴隷商に用があるのだ。今は手持ちの金も少ないし、実際に買う予定はない。ただ相場を調べに行くだけだ。宿の女に簡単な地図を書いてもらい、あまり治安のよくない地域へと足を踏み入れる。こんな所に住んでいるのは人族だろうが魔族だろうが同じような連中ばかりで、余所者を鋭い視線で無遠慮に観察してくる。正直気分は良くないが、無用なトラブルを起こす必要もないと思い努めて無視していた。


そんな治安の悪い裏路地を地図を片手にしばらく進むと、視線の先に目的地らしい建物が見えてくる。武骨な石造りの建物にはいくつか鉄格子付きの窓があり、外からでも奴隷を閉じ込めておく施設だと言うのがわかる。建物の入り口には見張りらしき屈強な男が二人腕組みしながら立っており、近づいて来る俺達をギロリと睨み付けてくる。そんな彼等を気にも留めずに建物まで辿り着いた俺達に、見張りの一人が凄味のある声で話しかけてきた。


「ここは餓鬼が来る所じゃねえぞ。遊ぶなら他所へ行って遊びな」
「俺達は客だよ。これでも賞金稼ぎでな。戦力として使える奴隷が居ないか探しに来た」


挑発的な男の言葉に気の短いリーシュが言い返そうとするのを手で制し、俺は組合に発行してもらった身分証を提示する。すると不承不承と言った感じの態度で男達は道を開け、俺達を建物の中へと招き入れた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」


入口に陣取っていた二人組とは対照的に、入口正面のカウンターに座っていた男は丁寧な物腰で俺達に対応する。その落差に若干戸惑いながら来訪の目的を告げると、男は帳簿を片手に俺達を奥へと案内した。


「戦闘の出来る奴隷ですか…男女年齢を問わないのであれば、結構数は揃っていますよ。…この牢の中に居る者達などがそうですね」


男の指さす牢を覗き込むと、中には四、五人ばかりの襤褸を纏った男達が閉じ込められていた。年齢層は一番若いので三十前半。最も歳を食ってそうなのが白髪の目立つ六十代ってところだろうか。種族は人間と獣人が半々といったところだが、全員に共通しているのはその鋭い眼光だ。人の命など草を刈るように刈り取る覚悟と行動力があると、その凶悪な目つきが教えてくれる。そのいかにも強者と言った雰囲気に納得しつつ、俺は男に問いかける。


「値段はどんなもんなんだ?」
「そうですね…全員犯罪奴隷で見た目も悪いですから、お安くしておきますよ。似たような経歴なんで年齢によって値段が違います。一番若いので一人当たり…」


男の提示した金額は、正直言って予想以上に安いものだった。リーシュを買った時の十分の一ほどの値段だったので、いかにスキル持ちが貴重なのかを実感できた。もっともリーシュの場合はその外見も高値の原因なんだろうが…そんな俺の内心を知ってか知らずか、奴隷達を観察していたリーシュが口を開く。


「どうするケイオス?」
「この値段なら手持ちでも三人は買えるな。後で装備を整えさせる事を考えると、ここは一人だけ買っておくとしよう」


買う予定はなかったが、これだけ安ければ話は別だ。人が増えればそれだけ高難度の依頼をこなせる様になるし、手持ちの金を増やす事で再び人を増やせもする。人が増えれば傭兵団設立もそれだけ早まり、俺の目的にも近づくと言うものだ。投資するなら早い方がいいだろう。


「あの獣人を買う」
「まいどあり」


礼を言う男に懐から出した代金を支払う。今俺が買ったのは四十代ぐらいの獣人だ。貧しい奴隷の食生活だと言うのに筋骨隆々で、その肉体だけでも並の魔物なら蹴散らしてくれそうだと期待できる。厳つい顔と鋭い目つきに似合わず、彼の頭には可愛らしい動物の耳が生えている。どこか笑いを誘うその男は、特に抵抗する様子も見せずに淡々と契約の儀式を済ませていた。


「あんたが今日から俺の主って訳か。ま、よろしくな。とりあえずメシ食わせてくれねえかな?」


牢から出てきた第一声がそれだ。その太々しい態度に俺もリーシュも言葉が無い。自己紹介もまだだったんだが…仕方ない。こうなったら食事をしながら男の身の上話でも聞くとしよう。新たな仲間を加えた俺達は、大通りを目指してもと来た道を引き返すのだった。



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