とある魔族の成り上がり

小林誉

第19話 氷の矢

対峙する雪狼を睨み据え俺は攻撃の機会を窺う。上空では奴の牙が届かない高度でリーシュが旋回し続け、雪狼の動きが止まる瞬間を今か今かと待っていた。基本的に翼人の強みはその立体的な機動力であり、地上での戦いには向かない。なぜなら地上では数々の恩恵をもたらしてくれる翼が返って邪魔になり、正面切っての戦いでは不利になるからだ。


「ウオウッ!」


雪狼が鋭く吠え、突如としてこちらに突進してきた。流石に速い!足にまとわりつく雪を物ともせず、その強靭な脚力で地面を抉りながらあっと言う間に距離を詰めてくる。俺は槍で迎撃すると見せかけて素早くスキルを発動させると、突進してくる雪狼を抱きとめるような形に意識の触手を展開させた。


「ガアッ!?」


触手が奴の体に触れようとした正にその時、雪狼は何かを察知したかのように真横に向けて跳ぶ。どうやら俺がスキルを使うのを感づいたらしい。勘の鋭い奴だ。横っ飛びして着地した雪狼に対して、急降下してきたリーシュが槍を突き出しながら奴の横腹に襲い掛かる。それを避けようとした雪狼は一瞬反応が遅れたものの、なんとか回避し尻の肉を抉られただけでその場を飛び退いた。仕留めきれなかったリーシュは舌打ちしながら再び上空に舞い上がる。


俺達の攻撃はどちらも決定打を欠いたが、奴を負傷させる事には成功した。このままいけば勝てる。そう確信した俺を嘲笑うかのように、突如雪狼の周囲に氷の矢が空中にいくつも出現したのだ。まずい!奴のスキルだ。初めて見る攻撃だが何となく予想はつく。あれは明らかに飛び道具だ。


「ウオオッ!」
「あぶね!」


再び吠えた雪狼から撃ちだされた氷の矢は、凄まじい勢いで俺を串刺しにしようと殺到してくる。咄嗟に地面に伏せた俺の頭上をかすめながら、いくつもの矢が通り抜け背後にある巨木に深々と突き刺さっていた。その威力にゾッとする。あんなものをまともに食らえば、買ったばかりの鎖帷子などまるで役に立たないだろう。


「どうする…?このままじゃまずいぞ…」


雪狼は俺に近づく事無くスキルだけで勝負をつけるつもりなのか、再び複数の氷の矢を出現させて俺を睨み据える。走って近寄ろうにも雪上では奴の方が圧倒的に速く、スキルで絡めとろうにも遥かに射程の外だ。こうなったら一か八かリーシュと二人で一斉に攻撃するしかないと決断し、上空のリーシュに合図する。次に奴が氷の矢を放った時がチャンスだ。


「ワオン!」
「やるぞリーシュ!」
「応!」


雪狼が吠え、再び氷の矢が発射された。今度は何処へ逃げても当たるようにする為か、集中して放っていた矢を分散して撃ち出して来た。地面に転がり雪にまみれながら必死に回避行動をとり全て躱したと思った瞬間、少しタイミングをずらして放たれた矢が俺の目前に迫って来ているのが見えた。駄目だ。当たる。絶望に固まりそうになる体を声を上げる事で無理矢理動かし、俺は手に持った槍を力いっぱい横薙ぎに振り回した。


「こなくそおおっ!」


ガキンッ!と固い物が割れる音が森中に響き渡ると同時に、俺の両腕に衝撃が襲い掛かる。自分でも信じられないが、俺の振り回した槍は偶然矢を迎撃する事に成功していたようだ。生き残った幸運を噛みしめる間もなく、俺は取り落としそうになった槍を握りしめ、雪狼向けて全力で投擲した。


「いけえええっ!」


自慢の氷の矢が全て外れたのがショックだったのか、雪狼は飛んでくる俺の槍を躱すのが少し遅れた。だが上空のリーシュにとってはその一瞬だけで十分で、彼女は急降下しながら懐に入れていたこぶし大の大きさの石を雪狼向けて投げつける。全く無警戒だった方角からの投石をまともに食らった雪狼は、頭に直撃を受けて完全にその場に足を止めてしまった。そこに飛来した俺の槍が雪狼の脇腹に深々と突き刺さる。雪狼は絶叫を上げながら口から血を吐き出し、なんとかその場を逃れようと最後の悪あがきを始めた。


「まだ殺すなリーシュ!スキルを奪うのが先だ!」


止めを刺そうとするリーシュを制止し、俺は全力で暴れる雪狼に駆け寄る。せっかく見つけたスキル持ち。ただ殺すのはもったいない。成功するかどうか解らない幻術よりも、確実に攻撃手段と出来るこいつの氷の矢の方が絶対に使い勝手が良いはずだ。俺は残り少ない体力で倒れ込みそうになる体を鞭打ちながら、最後の力を振り絞って雪狼へと近づき、右手に出現させたナイフを振り下ろした。


「ギャワン!」


死にかけていた雪狼は今の一撃で完全に動かなくなる。一瞬吸収に失敗したのかと思ったがそんな事は無く、俺の体に徐々に変化が訪れた。目線が少し高くなり、腕も足もそれに伴い伸びていく。体全体が筋肉の鎧で覆われていき、さっきまで感じていた鎖帷子の重さも気にならなくなっていた。静かに目を閉じてスキルを確認すると、瞼の裏に『氷の矢』と言う文字が浮かんでいた。吸収成功だ。


「ケイオス…なのだな?驚いた…これが吸収と言うスキルなのか。まさか体の変化まで起きるとはな…」


いつの間にか隣に降り立ったリーシュが変化した俺の姿を無遠慮に観察していた。太くなった俺の腕や体をスケベ親父のように撫でまわし、物珍しそうに見ている。


「そう言えばリーシュの目の前で使うのは初めてだったか。今回はたまたま人の形を取っているが、酷い時は下半身だけ獣とか性別が変わった事もあったんだぞ」
「そこまで変化するのか?ふむ、機会があれば女になったケイオスを見てみたいものだな」
「進んで女になりたいとは思わないね」


俺達二人はそうやって話をしながらでも手を動かすのを忘れなかった。今回は予想外にほぼ無傷の雪狼と言う獲物が手に入ったので、これを放置する手は無い。まだ痙攣を続けている雪狼の足を縛り木に吊るした後、首を斬り裂いて血抜きをする。はじめて狩る獲物だから組合がどんな値段で買い取ってくれるのか解らないため、血を抜いただけで内臓はそのままにしておく。夏場と違って簡単に腐る事は無いだろう。


その後は周囲に散らばるゴブリン達の死体から、討伐の証である奥歯を抜き取って行く。歯を磨く習慣の無いゴブリン達の口臭に顔をしかめつつ、彼等に一本だけ生えている奥歯を抉りとるのだ。他の部位でもいいような気はするが、この奥歯が一番特徴的なので確実なのだ。


「こっちは終わった」
「こっちもだ…やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、なんとか依頼達成ってところかな」


後は村に戻って残ったゴブリンの死体から奥歯を回収し、村長に報告して終わりだ。俺は疲れた足を引きずりながら、再び今来た道を戻り始めた。

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