とある魔族の成り上がり

小林誉

第14話 盗賊

掲示板の前には人混みなど無く、他の賞金稼ぎ達がまばらに立っているだけだった。現れた俺達を横目でチラリと見ると、途端に興味を無くした様に依頼書に向き直る。この事務所内に居る人間だけがこうなのかは解らないが、賞金稼ぎとはあまり他人と関わろうとしない人種なのか?


リーシュと共に掲示板に張り付けられている依頼書を順番に見て行くが、村を悩ませている害獣退治や、商家から金品を盗んで逃亡した者を生きたまま捕まえろとか、あまり金にならなそうな依頼ばかりだった。俺達としては多少危険ではあるものの実入りの良い仕事を求めているので、ちまちました依頼は眼中に無い。そんな中で特に報酬の高い依頼書が目に入る。内容を確認してみると、時々街道に現れては金品を強奪して逃げていく盗賊達の退治だ。何度か追手を差し向けたものの煙に巻かれたように消えて無くなるので、連中の中にはスキル持ちが居ると予想された。


「これ、良さそうじゃないか?」
「相手の人数にもよると思うが…やってみる価値はあるだろうな」


消極的だがリーシュも賛成の様だ。依頼書を手に受付へと赴き手続きを終わらせると、そのまま二人で事務所を後にした。今回の依頼に罰金などは特になく、期限は一月と時間の余裕もある。目撃情報から察するに、敵は多くても10人を下回る少人数との事だった。報酬が高いのは相手が強いからと言うより、その逃げ足の早さが理由なのだ。


マシェンド同盟の自治都市は円を描くように等間隔で各都市が存在している。盗賊達が目撃されるのは今俺達が居る都市と南にある都市の間の街道。このまま南下すればいいだけだった。被害に遭った者達の特徴としては少人数で移動している商人や旅人など、あまり大金を持っていない連中が多い。腹の立つ事だが、俺とリーシュの二人は連中の標的として格好の的のはずだ。


ここから南の都市までは歩きで片道十日ほど。単純に一往復半している間に敵が仕掛けて来なければ依頼は失敗になる計算だ。こちらから探そうにも連中が潜伏している場所の見当すらつかない。時間の無駄に終わりそうなのでその案は最初に却下された。


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最初の一往復は何事も無く南の都市まで辿り着いてしまった。そこで今度は大きめの道具袋を担ぎ、少しだけ上質な服を購入して身なりを整え、再び出発点である元居た都市に戻って行く。少しは金を持っている様に見せた方が獲物として狙いやすいと思ったのだ。残金の少ない状態でこの出費は痛かったが、どの道このままではじり貧なのだ。他に選択肢はない。


その甲斐あってか、その夜、街道脇で野宿をしていると相棒であるリーシュに叩き起こされた。


「ケイオス!奴らが来たぞ!」


交代で見張りをしていたリーシュの鋭い警告の声に飛び起きる。矢で狙われる事を防ぐためにたき火に水をかけて明かりを消し、街道を挟んだ反対側の森を凝視すると、確かに木々の間に動く影が見えた。こんな時間にわざわざ森の中に入る物好きな旅人も居ないだろうから、盗賊と考えるのが自然だろう。俺はその場で剣を抜き、リーシュは上空に舞い上がる。俺はあくまでも囮兼スキルでの撹乱、本命はリーシュによる一撃離脱戦法だ。


『おらあああぁ!』


既に気づかれた事を察した盗賊達は木々の間から飛び出して来て、大声を出しながら武器を振りかぶりこちらに殺到してくる。交渉も無しでいきなり殺す気とは、賞金首になるだけあって凶暴な奴等だ。だが正面から出て来てくれたのは有り難い。狙いをつける必要も無く並んで襲ってくる盗賊達を視界に収めて『幻術:弱』を使う。


正面から襲い掛かってきたのは5人。情報通り十人以下の盗賊団なら、これで半分の戦力と言う事になる。奴らは幻術に捉われると、その場で武器を振り回して同士討ちを始めてしまった。これは俺も予想外の効果だ。今までの実験では個別にしかスキルを使わなかったから、まとめて幻術にかけるとこんな事になると初めて知った。


「なんだこの化け物が!」
「人の言葉を喋るな化け物!」
「なんでこんなとこにオークが居るんだ!」
「お、おい!お前等しっかりしろ!」
「くそったれ!スキル持ちだったか!」


混乱に陥ったのは五人中三人。後の二人は味方であるはずの盗賊の攻撃から必死で身を躱していた。そこに走り寄った俺の一撃が深々と盗賊の背中に突き立てられる。口から鮮血を溢れさせた盗賊が後ろを振り返った瞬間、混乱した他の盗賊に止めの一撃を加えられてその場で絶命した。


「クソガキが!」


斧を振り上げて俺の頭を割ろうとした盗賊の背中に、突如飛来した槍が突き刺さるとそのまま腹を貫通して地面に突き刺さる。痙攣しながら地面に倒れた盗賊の上に高空からリーシュが着地すると、槍を回収して再び空に舞い上がった。残りの盗賊達は勝手に自滅しているので放っておいても良い。ただ問題なのは、まだこちらに来ていない盗賊達だ。形勢不利を悟ったのか、森に居る何人かは踵を返して元来た方向に移動している。だが今逃せば次に見つける事はほぼ不可能なので、見逃す訳にはいかなかった。


「リーシュ!頼む!」


上空に居るリーシュに追跡を頼むと、彼女は森の方に向かって羽ばたいて行く。この闇夜の中上空からの追跡は困難だろうが、今は彼女に頼るしかない。ドサリと何かが倒れる音がして振り向くと、同士討ちをしていた盗賊達の最期の一人がちょうど地面に倒れたところだった。


すぐに追跡に移るより、俺は俺でやる事がある。倒した盗賊達から証拠を回収しなければならないのだ。組合の方針では、倒した対象の体の一部を持ち帰る事で成功したとみなされる。魔物などは指定された部位を確保しないといけないので難易度が高いが、対象が人の場合は至極簡単。両耳を切り取って持ち帰ればいいのだ。大人数の首など斬りとれば重さで身動きが取れなくなるが、耳なら軽いし小さいので持ち運びに適していた。


鮮血に顔をしかめながら倒れた盗賊達の耳を順番に斬り取っていく。動物の解体に比べればマシだが、やはり初めて人間の体を切り取るのは精神的にきつかった。


「ふう…」


額の汗をぬぐい、リーシュの後を追う。木々の間から遠目に見える彼女の姿を頼りに、ひたすら森の中を奥へ奥へと駆け抜けて行く。そしてリーシュが上空で旋回している場所まで辿り着くと、そこには洞窟の口がぽっかりと穴をあけていた。どうやら奴らはここに逃げ込んだらしい。だが罠が仕掛けてあるかもしれない敵の本拠地に飛び込むほど俺達は無謀では無い。周囲から枯れ木を集めて洞窟の入口に敷き詰めると、火を放って中の人間を燻りだそうとしたのだ。


すると洞窟の奥から激しく咳き込む何人かの息遣いが聞こえたと思ったら、すぐに連中は洞窟の入口に向かって飛び出して来た。そこをすかさず幻術で捉える。飛び出してきた盗賊達の数は三人、その内二人は幻術にかかったが、残りの一人がまだ残っている。その人影が俺に向き直ったと思ったら、突如として視界から消え失せたのだ。正に消えて無くなったとか、幻でも見ていたかのように居なくなった。これが依頼書の報告にあった例のスキルか?どんなスキルか知らないが、近くに居ては危険だと判断してすぐに距離を取る。だが、いくらも経たない内に「ぎゃっ」と言う悲鳴がして、俺の前にはリーシュと彼女に取り押さえられた人影が現れた。


どうやら敵のスキルで影響を受けたのは俺だけだったらしく、上空のリーシュにまでは効果が及ばなかったようだ。幻術にかかった二人の盗賊達は相打ちにより倒れたので、残るはコイツ一人と言う事になる。止めを刺そうかとも思ったが、コイツのスキルにはまだ用があった。殺すには早い。俺は尋問を開始すべく、リーシュ達に近寄った。



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