とある魔族の成り上がり

小林誉

第5話 兎

村を後にしたのは良い。だが具体的にこれからどうするかを決める必要がある。幸い今の俺にはスキルがあるし、街で仕官の口でも探せば雇って貰えるかも知れない。都会は今まで住んでいた村程ハーフの差別は酷く無いとワイズも言っていたし、その低い可能性に賭けてみるべきだろうか? だがその前に、どうしても確認しておかなければならない事があった。


「スキルの事を調べないとな……」


ヴォルガーのスキル『身体強化:弱』の効果は大体想像できる。自信の筋力アップと肉体強度の底上げ。後は心肺機能なども強化されているようだ。だが肝心のユニークスキルについては全くと言っていいほど解っていない。例の短剣で相手のスキルを吸収出来るとは思うが、次々と吸収できるのか、それとも今あるスキルに上書きされるのか、街に行く前にそのあたりは調べておく必要がある。なのでせっかく辿り着いた街道をそのまま横切り、山岳地帯を目指して歩き続けた。


山や森は平地より動物や魔物が多く生息しているので、その分スキルを所持している生物と遭遇する機会にも恵まれる。スキル持ちの魔物と遭遇する事は、戦う術を持たない者にとってそのまま死を意味するのだ。そんな危険な場所は物好きや仕事で立ち入る者以外は寄りつこうとしないので、人目を避けて修行したい俺みたいな奴にはありがたい環境だった。


もう冬が近いので山の中に木こりの姿は無い。ひょっとしたら獲物を求めて彷徨う猟師が居るかも知れないが、滅多な事で遭遇しないだろう。草木をかき分けて急な斜面を登って行くと、彼等が仕事で使う山小屋を発見できた。毎年使うので取り壊されずに残っていたらしい。固く閉ざされたドアを強化された肉体で軽々蹴りで破り中に足を踏み入れる。中には寝具一式と囲炉裏がそのままにされおり、空になった水瓶と鍋まで発見できた。


「これならしばらく問題ないな」


村では散々狩りや薪拾いなどを糞親父達の代わりにやらされていたので、特に戸惑う事も無くここでも生活できるはずだ。


「何は無くともまず水だな」


放置されて転がっていたバケツを手に取り、水瓶に水を溜めるべく近くの水源を探すために山小屋を後にした。長年森の中で暮らしていたおかげか、俺の鼻は他人の物より性能が良いらしく、水の匂いと言う物が何となく解るのだ。鼻を頼りに山を歩いていると、次第に水の匂いと共に微かに聞こえていた水音が大きくなってくる。川が近くにあるのだろう。そのまま歩いて行こうと思ったが、何者かの気配を感じて慌てて茂みに身を隠した。


「おいおい……幸先が良いのか悪いのか、判断に迷うな」


気配の正体は角の生えた兎だった。もちろん普通の兎に角など生えているはずが無いので、あれは兎によく似た魔物でしかない。大きさも中型犬ぐらいはある。目を凝らして観察すれば、体がほんのりと光を発しているように見える。間違いなくスキル持ちの反応だった。さっそく巡ってきたチャンスを無駄にする訳にもいかないので、俺は右手に短剣を生み出し、いつでも飛び掛かれるように息をひそめて魔物の動きをじっくりと見定める。


魔物は草食性なのか、地面に生えている雑草を夢中になって食べており、その姿は隙だらけに見えた。抜き足差し足で極力音を立てず、呼吸すら普段よりゆっくりとした流れに抑えながらに背後ににじり寄ると、草を食べていた兎の耳がピクリと立ちあがった。これ以上は無理だ。そう判断した俺は、思い切って茂みから飛び出し無防備な魔物の背中に短剣を突き立てた。


「ピギーッ!」


深々と突き立てられた短剣に驚いたのか、はたまた急に現れた俺に驚いたのか、魔物は驚いて逃げようとするが、スキルを奪った時のヴォルガー同様動きが止まり、次第に体が縮んでいく。それと同時に俺の体にも変化が訪れた。さっきまで筋肉で張り詰めていた逞しい腕は見慣れた細腕へと戻り、上半身もいつもの俺と変わらないほど貧弱になっていく。そんな中、一部分だけが違う形に変わり始めていた。


「なっ!?」


履いていたズボンが引き裂かれ、足の付け根あたりの部分が次第に分厚い毛で覆われ始める。足の形も兎の物と同じに変わっていく。履いていた靴を突き破るほど大きくなった足の大きさは五十センチぐらいあるだろうか。その形状はつま先立ちで歩く兎そのものだった。


変化が終わったと本能で察し短剣を引き抜くと、角も無くなり普通の兎にまで体が変化した魔物が、その場を逃げ出して行くのが見えた。だが今はそんな事より自分の体を観察するのが先だ。さっそく目をつぶってスキルを確認してみたところ、『吸収』に変わりはないが『身体強化:弱』が無くなって、代わりに『脚力強化:弱』と言うスキルが備わっていた。どうやら次々と吸収して無限に増やせる訳でもないらしい。今回の事で解ったのは、新たに一つスキルを得た場合持っていたスキルを失う事。そしてスキルに応じて体が変化する事の二つだ。


「しかしこれは……」


今の俺の身体は、たんに元の体に兎の下半身がくっついているだけの、不細工で奇妙な格好にしか見えなかった。魔物のような姿に若干気が滅入るが腐るのはまだ早い。次のスキルを狙うのは色々試してみてからでも遅くは無いはずだ。さっそく脚力強化の影響を試すべく俺はその場にしゃがみ込み、思い切り力を籠めて垂直に跳び上がった。


「うおおっ!」


高い! 十メートルはあろうかと言う大木の天辺と同じ位置まで跳び上がっている。普段の自分からはありえない程の高さまで跳び上がった事に恐怖を感じたのだが、不思議と問題なく着地出来ると理解していた。タンっという乾いた音と共に着地するが、足や骨に痛みや異常はない。今のでも大体凄さは解ったが、次は実際に走った速度がどの程度なのか検証してみる事にした。


一つ深呼吸をした俺は、地面を抉りながらその場を駆け出した。景色が凄まじい速さで後ろに流れて行く。矢の様にとは正にこの事か、今の俺なら誰と競争しても余裕で勝てそうだ。だが、良い事ばかりでは無い事がすぐに判明した。いくらも走らない内に息が上がり始めたのだ。そう言えば兎も瞬発力はあるが持久力の無い動物だったと、今更ながらに思い至る。


ぜえぜえと荒い息を吐き、ゆっくりとした足取りで山小屋まで戻って行きながら新たに得たスキルの事を考えてみる。『身体強化:弱』と比べての利点と言えば、やはりこの圧倒的な速度だろう。短時間なら身体強化スキル持ちを翻弄できると思う。だがやはり戦闘力と言う点で考えれば疑問符が浮かぶ。なにせ上半身はもとの貧弱な体なのだから、走ってる時にこけたり何かとぶつかったり、跳び上がった時にバランスを崩したりすればそれだけで死にかねない。それに防御力も弱っているだろうから、正面から戦うのには向いていないはずだ。


「結論として、次を探した方が良いな」


ただ足が速いだけではこの先やっていくのは厳しいだろうから、別のスキルに期待した方がいいだろう。だが今回の事で俺の持つ『吸収』と言うスキルの能力が解ったのは大きい。今回は期待外れだったが、格上のスキルを奪うことが出来れば、飛躍的に強くなるのも可能な筈だ。次からはそんな相手を狙う事にしよう。

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